フランスの新鋭ミカエル・アース監督が手がける『アマンダと僕』が全国公開中。テロ事件で突然、姉を失ったダヴィッドが、シングルマザーだった姉の7歳の娘アマンダとともに、喪失を乗り越え再生するエモーショナルな人間ドラマだ。
昨年の第31回東京国際映画祭で東京グランプリと最優秀脚本賞を受賞するなど、高く評価された本作に主演するヴァンサン・ラコストが、今月行われた「フランス映画祭2019」への出席のため来日。新境地ともいえる本作について話を聞いた。
ヴァンサン・ラコスト。「フランス映画祭2019」が行われた横浜のホテルにて。 photo : AKEMI KUROSAKA
−−来日は2度目だそうですね?
昨年の夏に、友達と旅行で来たんです。まず東京に来て、それから箱根の温泉に行って、京都に行きました。観光客っぽいルートですよね(笑)。
――日本の旅は楽しめましたか?
ええ。日本のファンなんですよ! 仲間たちと一緒だったので騒々しい旅でしたけれど(笑)。あの旅は本当に素晴らしくて感動しました。東京はパリと同じ都会ですが、とても清潔できれいな街ですね。食べ物もおいしいですし。
――和食も好きなんですね。
串揚げや寿司、ラーメン、神戸牛など、いろいろ食べましたよ。神戸牛は鉄板焼きでしたが、その調理の仕方も興味深かったですね。
穏やかな生活を送っていた青年ダヴィッド(ヴァンサン・ラコスト)は、突然の悲劇により、姪であるアマンダ(イゾール・ミュルトリエ)の世話を引き受けることになる。
――ところで、あなたが主演したミカエル・アース監督の『アマンダと僕』が今回のフランス映画祭2019で上映されました。2018年秋に開催された東京国際映画祭で東京グランプリと最優秀脚本賞をW受賞しましたが、その際は監督だけで、残念ながらあなたは来日されませんでしたね。今回はアース監督と一緒にいらしてくださって本当によかったです。
僕はアルジェリアで撮影中だったので来られなかったんです。本当に残念でした。
――『アマンダと僕』は素晴らしい作品でした。主役のダヴィッドを演じたあなたの演技も高く評価されていますね。この作品に出演した経緯は?
まずミカエルから話があったんですが、迷わず出演を快諾しました。いままで演じてきた役とまるっきり違う役なので、とてもおもしろいと思ったんです。彼の前作『サマーフィーリング』(2015年)を観ていたのですが、美しく、とても繊細で大好きな作品でした。
『アマンダと僕』の脚本も綿密に練られていて、とても興味深かった。それまでは、コメディ作品に出演することが多かったので、こういったジャンルの作品に出たいと思ったんです。テロ事件や親しい人を亡くすといった重いテーマを、光が輝いているかのように描くところが魅力的でした。
アマンダを演じたのは、本作が初演技となる新星イゾール・ミュルトリエ。
――本作は、悲惨なテロ事件が冒頭に起こります。2015年パリで起きた同時多発テロ事件がひとつのモチーフになっているわけですが、あの事件があなたに与えた衝撃はどういうものだったのでしょうか。
あの時は、パリにいました。当時、(襲撃された)バタクラン劇場の向かい側のアパルトマンに住んでいたんです。金曜日の夜だったので、友達と近所のカフェにいたところ、銃声が聞こえたので、驚いて自宅に帰りました。TVを見て、事件を知って本当にショックを受けました。被害に遭ったレストランもよく行くところだったのです。
――銃声も生で聞こえるほと近くで起こったのですね。
ええ、若い人が多く住んでいる地域です。現場には翌日から多くの花が捧げられていました。
ダヴィッドの恋人レナ役は、『グッバイ・ゴダール!』(18年)でゴダールのミューズだったアンヌ・ヴィアゼムスキーを演じて注目を浴びたステイシー・マーティン。
――アース監督は、本作は観光名所でなく、監督もあなたも住んでいた11区のような普通のパリで撮影を行ったと話していました。
そうですね。あの時、ミカエルも僕も住んでいたなじみのエリアでしたし、テロも起こったし、そういう意味でも11区で撮影したかったのだと思います。
ダヴィッドとアマンダが住むパリの街の日常風景も見どころ。
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自分をさらけ出すことへの怖さがなくなった。
ヴァンサンはダヴィッドに重なる繊細な表情と、快活で明るい雰囲気を併せ持っていた。 photo : AKEMI KUROSAKA
――アース監督はどんな演出をされるのでしょうか?
ミカエルはとても謙虚で穏やかな人で、俳優としては、何をやってもいいんだという安心感がありました。彼自身、意識してスペースをつくって、俳優に自由を与えてくれているという感じですね。撮影に入る前は、こうしたシリアスな役は初めてだったので、ちょっと怖かったのですが、信頼してくれていることが感じられたので、リラックスでき、おかげでやりきることができました。
――怖かったとは?
感情をあらわにしたりすることは、滑稽に見えるのじゃないかと怖かったんです。でも、この作品を撮ったことによって、自分をさらけ出すことへの恐怖はなくなりましたね。
ダヴィッドは美しいレナに出会い、幸せな日々を送っていたが……。
――アマンダ役のイゾール・ミュルトリエの演技も素晴らしかったですね。オーディションで100人以上の少女の中から選ばれた、演技経験のない素人の子だそうですが、彼女との共演はどんなものだったのでしょうか?
彼女は、最初から素晴らしい女優でしたよ! 僕の周りには小さな子がいなくて、最初はどうやって接していいのか、まるでわかりませんでした。いろいろ説明してあげたりしたほうがいいのか、と迷いました。この映画のストーリー自体をどう思っているのか、傷ついていないのか、そういったことも心配しました。
でも、実際はほとんど取り越し苦労で、撮影での演技は映画の中で起こることで、現実ではないということもしっかり理解していました。きちんと脚本も読んできて、大人の俳優のふるまいとほとんど同じでしたよ。
僕が7歳の子どもとどう接していいのかわからない、という戸惑いは、ダヴィッドを演じるうえで役に立ったと思いますね。撮影が進むにつれて、お互い打ち解けてきて、仲良くなりました。映画の現場では、子どもが働くのは1日3時間と制限されています。先生が来て授業を受けなければいけないんです。でも、空き時間には、退屈しないようにおもちゃで一緒に遊んだりもしました。
アマンダ役のイゾールは、これが初めての映画出演とは思えないほど豊かな表情を見せる。
――イゾールは、泣くシーンが素晴らしいですね!
最後のシーンでは、何か心に触れるものがあったんだと思います。映画全体がラストに向かって集約していくんですが、母親はもういない、叔父さんと生きていくしかないけれど、その人生もまた楽しいと思えた瞬間なのではないでしょうか。哀しさを抱えながら生きていくことを知るんです。あのシーンは実際に最後に撮影したんです。監督もそのことにこだわっていましたが、彼の計画はとてもうまくいったと思います。
photo : AKEMI KUROSAKA
1993年、フランス・パリ生まれ。2009年にスクリーンデビュー。女優ジュリー・デルピーが監督・脚本・出演を務めた『スカイラブ』(11年)や、『カミーユ、恋はふたたび』(12年)、『EDEN/エデン』(14年)などに出演。若き研修医の成長と葛藤を描いたトマ・リルティ監督『ヒポクラテス』(14年)で主演を務め、セザール賞主演男優賞にノミネート。さらに16年にはジュスティーヌ・トリエ監督『Victoria』(原題)(16年)でセザール賞助演男優賞にノミネートされた。本作ではリュミエール賞とセザール賞主演男優賞にノミネートされた。
●監督・共同脚本/ミカエル・アース
●出演/ヴァンサン・ラコスト、イゾール・ミュルトリエ、オフェリア・コルブ、ステイシー・マーティン、グレタ・スカッキ
●2018年、フランス映画
●107分
●配給/ビターズ・エンド
●シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国にて順次公開中
www.bitters.co.jp/amanda
©2018 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA
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interview et texte : ATSUKO TATSUTA