カタツムリは遅いんじゃない、自分のスピードで生きている。

インタビュー 2020.08.13

From Newsweek Japan

発売2カ月で7刷。韓国の人気イラストレーターによるエッセイ『怠けてるのではなく、充電中です。』が、日本でも話題を呼んでいる。ベールに包まれていた著者のダンシングスネイルさんに、名前の由来、そしてこの本を出した理由について聞いた。

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大変なことが起きてもう生きていけないと思うときでも、大切な人と笑いとばしてしまえば、結構なんてことなくなるんです(2019年3月11日)

怠けてるのではなく、充電中です。』(生田美保訳、CCCメディアハウス)は、すばらしい「絵」と「共感能力」で多くのベストセラーを生み出すも、これまでベールに包まれていたイラストレーター「ダンシングスネイル」の初のエッセイ。

死にたいけどトッポッキは食べたい』(ペク・セヒ著、山口ミル訳、光文社)、『そのまま溢れ出てしまってもいいですよ』(未邦訳)、『一人でいたいけど寂しいのは嫌』(未邦訳)など、見ているだけで癒される絵で多くの読者から絶賛された作者が初めて自分の話を綴った。

長い間無気力症とうつを患い、カウンセリングを受けてきた作者は、無気力とうつは病気ではない、特別なことではないと言う。風邪を引いたら体を労わるように、無気力症にかかったときもそうやって心をケアすればいいんですと、経験から編み出した「心の充電法」を伝授する。

「なにもしないのが役に立つ」という作者の言葉のように、この本に紹介された心の充電法は決して大げさなものではない。小さくてつまらないことにみえるが、ときにはくだらないアイデアや日常の中の些細な行動が思いがけない癒しと楽しみになると作者は言う。そしてこう問いかける。

「空っぽの心を満たしてくれるあなただけの小さな儀式は何ですか?」

(編集部注:以下、ダンシングスネイルさんのインタビュー)

――ベールに包まれたイラストレーター界の秘密兵器、ダンシングスネイルさん! 名前が印象的ですが、どんな意味なのでしょうか。

生きていく中でいつも私の足を引っ張るのは「遅い」ということでした。学校でお昼を食べるときはいつもクラスで一番ビリだし、しゃべるのもゆっくりで、理解も遅く、文章を読んだり絵を描くのも遅かったんです。友達とおしゃべりしているときも、みんなが笑い終わってから一人笑ったり。そんな自分が「カタツムリ」みたいだなと思いました。

韓国で「のんびり屋」というアイデンティティを持って生きることは決して簡単なことではありません。心の中では常に焦りを抱えて生きることになります。そんなとき、遅いものを見ると友達のように思えて、心が楽になり、なぐさめられました。私だけじゃないんだ、という気がしたんです。

みんなカタツムリは遅いと考えますが、実はカタツムリは自分にちょうどいいスピードで生きているんです。私もそんな風に生きたくて「スネイル」をペンネームにしたんですが、遅くても、踊るように楽しく人生を生きたいという思いから、踊るカタツムリ、「ダンシングスネイル」というアイデンティティを作りました。

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心の充電にも体の充電にも休むのが一番、でも休める時間が絶対的に足りない

――『死にたいけどトッポッキは食べたい』から始まって、2018年によく読まれた本にはいつもダンシングスネイルさんのイラストがありました。今回の本は、今までとイラストのテイストがちょっと違うように思いますが。

私はたいてい何事においても遅い人なんですが......。遅いというと、なんだか慎重で凝り性のように思うかもしれませんが、実は、散漫なところもあって、飽きっぽいほうなんです。絵を描くときも同じ材料や技法を繰り返すのが苦手で。

それで、いろんな材料を使って作業をします。絵の具を使う日もあれば、色鉛筆を使う日もあったり、またあるときはオイルパステルを使ったり。

これまで表紙の仕事をするときは発色のいい絵の具を主に使いましたが、今回の本はカットイラストでストーリーを展開していくので、ぬくもりのある色鉛筆を使いました。最大の理由は、色鉛筆のほうが簡便ではやく描けるので、たくさんのカットを描くのに向いているからです。

色を塗らない「ラインドローイング」方式にこだわったのも、実ははやく描くためです。色を塗りながら全てのストーリーを描いていくには私の手では時間がかかりすぎるので。

――本に紹介されている「空っぽの心を充電する私だけの小さな儀式」(編集部注:計12の儀式が載っている)が共感できて面白いです。本に出ているもの以外にも、最近ご自身の心を満たす充電法がありますか。

多くの方が同意なさると思いますが、実は万病の根源って「仕事」じゃないですか。仕事さえ辞めればすべて解決するように思うんですが、私も家賃収入で食べていけるビルのオーナーとかではないので、そんなことはできません。

心の充電にも、体の充電にも、休むのが一番だということは知っていますが、休める時間が絶対的に足りないのが問題です。だから、自分に与えられた休息時間をどう活用するかがカギだと思います。

かれこれ10年くらい、私にとって一番の特効薬は「部屋にこもって一人でアメリカのドラマを見ること」です。普段から考え込みやすく神経質なほうなので、意識的に頭を空にする時間を作らないと、過負荷になってすぐにバーンアウトしてしまうんです。

だからドラマも、新しいものではなく、前に見たものを繰り返し見るタイプです。新しい内容を見ると、理解するために脳が活発に運動しなくてはなりませんが、知っている内容を見るのなら、脳がぼーっと休めるので。

海外ドラマで英語の勉強をするわけでもないのに、繰り返し同じものを見るのは時間のムダのように映るかもしれませんが、そうやって充電する時間を取らないと、新しい創作ができないんです。

同じ理由で、今年新たに誓ったのは「嫌いな人と無理して会わないこと」です。人間関係のミニマリズムを実践しようと思っています。対人関係においても心理的に疲れやすいほうなので、意味のない関係を維持しようとムリをせずに、その時間をもっと大切な人たちに使って、心を充電したいと思います。

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一人で乗り越えようとすると大変ですが、専門家の助けがあればずっと簡単

――実際にうつと無気力で心理カウンセリングと治療を受けたそうですね。プロローグにポッドキャストを聞いたり、本を読んで癒されたとありましたが、無気力とうつで苦しんでいる人たちにおすすめしたいコンテンツはありますか。

まずは、YouTubeで手軽に見られる「セバシ成長問答」シリーズ(※)がおすすめです。特に「ユン・デヒョン先生」編が好きです。私は対人関係と自己管理についてライフコーチングを受けたこともあるんですが、すごく助けられた先生のYouTubeチャンネル「みんなのコーチング」もおすすめします。

無気力がひどい時に役に立った本は『問題は無気力だ』(パク・キョンスク著、未邦訳)という本です。無気力について長い間研究を重ねて書かれた本なので、実質的に役立つ解決策がたくさん載っています。

ポッドキャスト「生きられるようにはしてあげます」は、より内密な心の動きを理解するのにとても役に立ちました。ポッドキャストがお好きな方は、NAVERオーディオクリップの「精神科医が皆さんの悩みをお聞きします」をぜひ聞いてみてください。

(※編集部注:会社生活、恋愛、財テクなど人生全般にわたり各界の専門家がメンターとなって視聴者の人生相談に答える5~10分程度の番組。セバシは韓国語で「世の中を変える時間」という意味の略語。上記コンテンツはいずれも韓国語でのみ提供)

無気力が実際に生活に影響したり、うつ病になる前の境界線上にいる方、日常生活に支障をきたすほどのうつに悩んでいる方だと、軽い心理エッセイ程度では現実的な変化を期待するのは難しいです。私自身も軽いエッセイより、心理学の人文書や自己啓発書をよく読みます。

自分の口で言うのはちょっと恥ずかしいですが、先ほどおすすめしたコンテンツの中から重要な内容だけを編集したのが『怠けてるのではなく、充電中です。』です。気軽に読めて、かつ、心理専門コンテンツを通して得た気づきをうまく伝えられる本を作ろうと工夫しました。

それから、無気力症がひどい方は、本やポッドキャストなどのコンテンツに触れるのと並行して、できれば実際に専門家の力を借りることをおすすめします。一人で乗り越えようとすると大変ですが、専門家の助けがあればずっと簡単になるので。

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苦しんでいる人への短いなぐさめで終わる、意味のない本を作りたくなかった

――この本の中で一番思い入れのある話はどれですか。

「生きる張り合いがないとき」というエピソードです(編集部注:CCCメディアハウス書籍編集部のnoteにて公開中)。一つ一つがどれも自分の子供のようで大事ですが、一番手がかかる子というか。このエピソードは他の話より多少重いテーマを含んでいますが、この話が本当に必要な誰かに届くことを願う気持ちで入れました。

毎日が忙しく、ガチンコ勝負なのに、生きる張り合いがないと感じるときがあるじゃないですか。そういうときの心をじっと観察してみると、何事からも「意味」を見出せずにいる状態なんです。

無気力やうつが私たちに与える影響の中で一番怖いのも「空虚感」や「退屈感」だと思います。衣食住が解決していて、趣味があって、友達と家族、恋人がいても、私たちは「意味」なしには生きていけません。終わりのない空虚感に苦しむことになります。

そういうとき、生と死について真剣に考えてみる時間も重要ですが、この本のメッセージのように、意識的に体と心を軽くしてあげると意外と効果的です。大変なことが起きてもう生きていけないと思うときでも、大切な人と笑いとばしてしまえば、結構なんてことなくなるんです。

――読者レビューを見ると、「自分の話かと思った」という感想が目につきます。この本がどんな人たちの、どんな存在であってほしいですか。

無気力症を患っている人たちのために作った本なので、そういう人たちがすがれる一本の藁くらいにはなってくれればと思います。苦しんでいる人たちへの短いなぐさめで終わる、意味のない本を作りたくはありませんでした。

重くて暗い話が多数の人から共感を得るには限界があるでしょうが、それでも、本当に苦しんでいる人たちのためになる話を書かないわけにはいきませんでした。私が人生を諦めてしまいたくて、藁にもすがりたい気持ちだったときに助けてくれた人たち、彼らのように私も誰かを助けたかったんです。

この本を読んで、軽い気持ちで共感してくださる方々にも本当に感謝していますが、一番の願いは、本がもっと広まって本当に助けが必要な人たちに伝わるといいな、ということです。

――人生に充実感が持てない読者のみなさんに応援のメッセージをお願いします。

人生に充実感が持てないでいるなら、この本で癒されてください。そういう時期をなかなか抜け出せなくて生きることにうんざりしたり、ときどき死について考えるようであれば、身近な誰かに必ず打ち明けて、専門家の助けを借りてください。エッセイがカウンセラーや病院の代わりにはなれないので。

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『怠けてるのではなく、充電中です。
 ――昨日も今日も無気力なあなたのための心の充電法』

 ダンシングスネイル 著
 生田美保 訳
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

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texte : 채널예스 ch.yes24.com, traduction : 生田美保

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