青山のアパレルショップで店長を務める女性が、仕事に限界を感じて、ふとしたきっかけからSNSの裏アカウントに過激な自撮り写真を投稿。瞬く間にフォロワーを増やし、称賛を得ることで充足していく――。映画『裏アカ』はTSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2015で準グランプリを受賞した、加藤卓哉の監督デビュー作だ。
瀧内公美演じる主人公、伊藤真知子が作り上げたセクシュアルな別人格がSNSの中で承認され、やがて表のパーソナリティを侵食していくさまを描く問題作。その真知子の裏人格に興味を持ち、積極的にアプローチしてくる危険な男を演じるのが神尾楓珠。ネクストブレイクは確実といわれる彼に、これまでと違うアダルトな役柄について聞いた。
どちらが素の顔なのか、観て感じるままに判断してもらえたら。
取材はコロナ禍で取材がままならなくなる少し前。出演作が相次ぐ忙しいスケジュールの合間を縫ってインタビューに臨んでくれた神尾楓珠。
――『裏アカ』で神尾さんが演じたのは、SNSでは「ゆーと」という名前で女性たちの心の中に分け入って、誘惑する青年役です。スキャンダラスな役どころについてどう感じられましたか。
これまでラブシーンに関しては、ドラマ「恋のツキ」(2018年/テレビ東京系)で31歳の女性と付き合う高校生を演じて、その時はリードしてもらう役だったんです。でも、今回はリードしなくてはいけなくて、それがとても難しかったです。
――最初はゆーとというフランクで人懐っこいキャラクターで出てくるのに、中盤、本名で仕事を通して真知子と再会する時は、まったく違う人間かというくらい顔が変貌していて。
どちらが素なのか、それは観た方が感じるままに判断してもらえたら。ただ、種明かし的になりますが、僕としては初めてヒロインの真知子と会う時のゆーとのほうが作っているキャラクターだと思っていて。それは一度きりの使い捨てのパーソナリティだからフランクになれたというか。その後、偶然再会しますが、彼としては2回目以降の出会いはないと思っていたから、ゆーとのままでは接することはできなくなったのではと思います。
真知子(瀧内公美/右)は、裏アカウントに積極的にアプローチをしてきたゆーと(神尾楓珠/左)と会い、惹かれていく。
――俳優という表に出る仕事をされているので、自身では裏のアカウントを持って何かしら発信するのは厳しいと思いますが、表に出しているパーソナリティだけで判断されるのことの難しさを感じることはありますか?
そうですね。SNSが発達して、何でも発信できるんですけど、その発信した言葉の裏をどんどん推測する人たちがいて、本当はそういうことじゃないのになって思うことはあります。いちいち、それは違うと説明できないし、あ、そこに引っかかるんだ、と逆に僕が引っかかるというか。だからSNSで何かを発信する時は、言葉の使い方にとても気を使いますね。
『裏アカ』はSNSを通して知り合う男女の話ですけど、文面だけではその人がどういう人なのかわからない。周囲からアドバイスとしてよく言われるのは、けっこうひどい言葉を投げかけられても、向こうは別に重い感じで文字を打っているわけじゃなく、何かしながら打っていることが多いんだから気にするな、と。でも、文面だけ見ると、めっちゃ恨まれているように感じちゃうんですよね。
質問にしっかりと向き合い、落ち着いたトーンで丁寧に話す様子が印象的だった。
――加藤監督はこれが初めての監督作ですが、非常に攻めた題材ですね。
以前、短い映像の作品でご一緒したんですけど、その時はLGBTの題材を取り扱っていました。刺激的で、チャレンジする脚本が多いなと思います。
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いろんなポジションから周りを観察するのが性に合っている。
白いシャツに黒のパンツというシンプルなスタイルに、足元は何と素足。ストレートな言葉には、『裏アカ』の裏とも表とも別の素顔が垣間見える。
――真知子役の瀧内公美さんは昨年、『火口のふたり』(19年)で服を着ている時間が本当に少ないという体当たりの演技で数々の賞を取られた方ですが、ふたりのシーンが多くて、どうでしたか?
びっくりしました。初めての顔合わせの現場で加藤監督に、「ここで全部脱ぐんですか?」とさらりと聞いていて、そういう構え方で現場にいらしていたので、こっちもやりやすかったし、躊躇なく演技ができました。僕にちょっとでも恥じらいがあったら、観客にも、あ、やらされているのかな、と受けとられてしまうけど、瀧内さんのおかげでそういうのがまったくなかったので。
もうひとつ印象に残ったのが、僕ってそれまで会ったことのない人から、あまりいい印象を持たれないことが多いんです。多分、目付きが悪くて、尖っている奴だと思われがちなんですけど、瀧内さんから「会ってみると、意外とフラットなんだね」って言ってもらえてほっとしました。
最初の出会いのシーンでは、瀧内さんの表情を見て、目を見て、その対応を見て演じましたが、2回目以降はもう、女優としての瀧内さんを無視して演じられました。ちゃんと時系列どおりに撮影してくれて、監督が演出を細かく言う人じゃなかったので、瀧内さんのリードもあり、本当に自分勝手に演じました。
真知子(瀧内)はゆーとに会えないことで心に不満が募っていくいっぽう、表の世界では店の売り上げ不振回復に自身のアイデアが採用され、大手百貨店とのコラボレーションが決まるなど充実していく……。
真知子はコラボレーションする百貨店担当者・原島努(神尾)に出会う。その原島が、あのゆーとだった。
――私も会って怖い人だったらどうしようと思って来ましたが、えくぼの可愛い方でした(笑)。フィガロジャポンでは齊藤工さんの連載ページに女装で登場し、妖しい魅力を振りまいていたので。
役柄によって顔が変わるとよく言われますね。偶然なんですけど、僕は過去に二度、斎藤工さんの中高生時代の役を演じる機会があって。それがあったから、認知してもらっているという感覚があります。
「齊藤工 活動寫眞館」では、誰もが息を呑むほど美しい女性の姿と、荒々しく男っぽい表情を披露した神尾。
――話を映画に戻しますが、裏アカで知り合った女性たちと一度きりの出会いを繰り返すゆーとのキャラクターに関しては、何かしら共感できる部分はありますか?
別に恵まれているとは思わないのですが、僕自身、ゆーとと同様、物欲がないというか、強烈に何かを欲することがないというか、何を活力にすればいいのかわからない、そういう部分はわかります。
僕はいま21歳ですけど、僕らの世代は“さとり世代”といわれて、諦めが早かったり、これは無理だなって思ったら「じゃあ、ほかの道で」となったりすることがけっこう多い。怒られ慣れていない世代なんです(笑)。母にも以前、「あんたは怒るとすぐ心を閉ざすから、怒れない」って言われたことがあります。無駄なことは言わないというか、確信したことしか言わない。定型文とかあまり言えなかったりしますね(笑)。この仕事を始めた時も、ちょっと暇つぶしにやってみようかという感じだったんです。
――どこから、おもしろさを感じ始めましたか?
「アンナチュラル」(18年/TBS系)の頃からですかね。芝居がおもしろい、と完全に思えたのは「恋のツキ」。メインで出るのが初めてで、それまでのどの作品と比べてもいちばんがむしゃらで、地上波の主人公という使命感もありました。仕事を始めてからどんどんおもしろさに目覚めたという感じです。
加藤監督と瀧内のおかげで“自分勝手に”ゆーとを演じられた、と語る神尾をスクリーンで観られる日が待ち遠しい。
――『裏アカ』はアパレル業界の話ですが、神尾さんは普段、どういうスタイルですか?
毎日黒のTシャツを制服化して着ている状態です。12年間サッカーばかりしていたので……。
――まだフィールドから街着に戻ってないんですね(笑)。
ファッションの話から離れちゃいますけど、サッカーをやめてからいっさいサッカーに興味を持たず、ボールにも触れず、テレビで試合も見ず、それまで読んでいたサッカー漫画も手に取ってなかったんですけど、コロナ禍の自粛前に4年ぶりにフットサルを俳優仲間たちとやって、楽しさを思い出したところです。僕は器用貧乏で、ここがうまいというタイプじゃなく、平均的にどこのポジションもできて、飽き性で、試合当日、コーチから「今日はこのポジションをやってくれないか」と言われて、わかりましたというのが僕の性に合っていた。いろんなポジションで、周りを観察するのが好きなので、それがいまの仕事に役立っています。そこまで我が強くないんですよ、僕(笑)。
――いま、見えているビジョンはありますか?
昔よりも、考えられるところが深くなったと思います。昔はいっぱいいっぱいで。だからよく、過去に演じた役をいまのスキルでもう1回演じたらどうなるだろうと想像することはあります。「恋のツキ」もそう思うし。でもあれは、あの時期の僕だからよかったのかも。『裏アカ』もいまの僕だから出せたものがあると思うので、ぜひ観てほしいです。
はにかんだような笑顔も魅力的!
東京都出身。2015年に俳優デビュー。テレビドラマや映画に出演するほか、19年10月には『里見八犬伝』で舞台初出演。池田エライザとW主演したMBS系ドラマ「左ききのエレン」でドラマ初主演、高い評価を得る。20年はテレビ朝日系ドラマ「鈍色の箱の中で」、NHKドラマ「いいね!光源氏くん」、読売テレビ・日本テレビ系ドラマ「ギルティ〜この恋は罪ですか?〜」などに出演。21年2月初旬よりhuluオリジナルドラマ「マイルノビッチ」に出演。映画では21年2月5日公開『映画樹海村』が控える。
●監督・共同脚本/加藤卓哉
●出演/瀧内公美、神尾楓珠、市川知宏、SUMIRE、神戸浩、松浦祐也、仁科貴、ふせえり、田中要次ほか
●2020年、日本映画
●101分
●配給/アークエンタテインメント
●2021年4月2日公開
www.uraaka.jp
© 2020 映画『裏アカ』製作委員会
photos : AYA KAWACHI, stylisme : KEN SAGAE (Emina), coiffure et maquillage : MAKI, interview et texte : YUKA KIMBARA