自分の喜びのために踊れる、新たなステップ。
マチュー・ガニオ/パリ・オペラ座 エトワール
1984年生まれ。パリ・オペラ座バレエ学校で学び、2001年に入団。04年、『ドン・キホーテ』の主役を踊り飛び級でエトワールに任命される。42歳の定年を1年早め、芸術性と詩情あふれるダンスを発揮できる『オネーギン』で3月1日にアデュー公演を行った。
8月、エトワールのマチュー・ガニオがパリ・オペラ座引退後に初来日し、京都と福岡で踊る。350年以上の歴史と栄光を保つカンパニー、その最高位のダンサーとしてふさわしくあるべく務め、任務を全うした彼は21年間の重任から解放され自由に踊れるいまを謳歌している様子だ。何度かの怪我ゆえに思うようには身体が動かないという精神的拷問にも苛まれ、引退の時まで無事に踊れるか不安があったという。
「それゆえ悔いのない終わり方ができて安堵しました。まだオペラ座から仕事の提案もあり楽屋も使える一方で、こうして外で自分が選んだ作品を踊ることができる。これはおまけで受け取るボーナスのようなもの。いまはたとえ満点の出来でなくても、それは僕の責任。オペラ座の栄誉に跳ね返るものではないので自分の喜びのためだけに踊れるのです」
今回日本で披露するのはこの公演のためにクリエイトされる新作『RENCONTRE(出逢い)』と、『ロミオとジュリエット』の"寝室のパ・ド・ドゥ"である。ロミオがヴェローナから追放される直前、別れの哀しみを抱えながら愛を確認する場面だ。全幕がマラソンならパ・ド・ドゥはスプリントであり、ソロとも違ってダンサーふたりでともに生きる体験だと語る彼。キャリアにおいてパ・ド・ドゥの美しい思い出は多数あるそうだが、アルケミーが作用せずに終わった苦い経験も。誰とでも上手くゆくものではないだけにおもしろいそうだが、いかにしてパートナーと関係を築いているのだろうか。
「ダンスは身体の仕事と思われがちだけど、稽古の段階ではとても多く語り合います。作品や役柄の解釈、テクニック、プラクティスな面などさまざまなことについて。相手へのリスペクトも大切ですね。また僕には身体的適合や音楽性以上に、稽古の進め方が同じであることも大きな鍵なんです」
リハーサルを重ね、ステージ上ではあえて意識することなく自然と相手の瞳の奥を見つめて対話をするように踊り、観客を一瞬のうちに作品の世界へと誘うのである。
この公演で彼はオペラ座のエロイーズ・ブルドンと踊る。昨秋の公演『マイヤリング』で、ふたりは母親の愛を得たい息子と子どもの愛し方を知らない母親という役柄に取り組んだ。母は息子の視線を避けて踊るという振り付けだったので、ふたりにとって今回が初の本格的なパ・ド・ドゥ体験となる。
「彼女はクラシックバレエの美しいダンサーで、オーラがあります。どんな状況でも挫けず真摯に仕事に取り組んでいて、とても謙虚。ダンサーとして人間として、僕は彼女のファンなのです。『マイヤリング』では彼女は僕の目を見つめることもなくフラストレーションがありました。今回やっと彼女が"愛してる!"と言ってくれるんですよ(笑)」

8月3日にロームシアター京都、8月6日に福岡市民ホールで開催される『アーティスト・スペシャルガラ』。マチュー・ガニオはファブリス・ブルジョワ振り付けの『ロミオとジュリエット』から寝室のパ・ド・ドゥと世界初演となる『RENCONTRE(出逢い)』を踊る。
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photography: Ann Ray/OnP
*「フィガロジャポン」2025年8月号より抜粋
text: Mariko Omura