ジェイ・ローチ/映画監督・プロデューサー
1957年、アメリカ・ニューメキシコ州生まれ。スタンフォード大学で学んだ後、南カリフォルニア大学の映画芸術学部でMFA(芸術修士)の学位を取得。大学在学中に監督した短編映画で学生アカデミー賞にノミネート、97年に『オースティン・パワーズ』で監督デビュー。
現実的で困難な状況との格闘が、優れたコメディの醍醐味。
現代コメディ映画の名手として、ジェイ・ローチは欠かせない存在だ。「オースティン・パワーズ」(1997年〜)や「ミート・ザ・ペアレンツ」(2000年〜)などの人気シリーズを手がける一方、プロデューサーとしても『50回目のファースト・キス』(04年)や『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』(06年)といったヒット作を生み出している。そんな彼の新作は、マイケル・ダグラスとキャスリーン・ターナーが熾烈な夫婦喧嘩を繰り広げ、世界にヒットした『ローズ家の戦争』(1989年)のリメイク、『ローズ家〜崖っぷちの夫婦〜』だ。主演にベネディクト・カンバーバッチとオリヴィア・コールマンを迎え、仕事で失態を犯した建築家の夫に代わりシェフの妻が世界的に成功するジェンダーパワーの逆転による夫婦の軋轢を描き、現代的にリニューアルしている。
「トニー・マクナマラ(『哀れなるものたち』(2023年))が書き上げた脚本の現代性に惹かれました。私自身、仕事で成功した多忙な妻(アメリカの音楽グループ、バングルスのボーカル、スザンナ・ホフス)と長年一緒で、山あり谷ありを経験しているので、とても共感したのです。私は彼女の活動のファンでとても尊重しているし、音楽的に彼女が私の映画に協力してくれることもある。それでもふたりでセラピーに通ったことがないわけではない(笑)。映画の主人公テオと同じです。彼も最初は妻の仕事を賞賛しますが、だんだんとエゴによってふたりの関係が微妙になる。現在共働きのカップルは少なくないので、それは多くの人が共感できると思いました」
カンバーバッチとコールマンは一見意外な組み合わせに思えるが、英国的辛辣なユーモアに満ちた掛け合いは絶妙だ。もともとふたりが共演したい、ということで始まった企画というのも頷ける。
「彼らの共演を観るのは本当に楽しかった。ふたりとも舞台で鍛えられた、イギリス的な熟練した俳優です。オリヴィアはとても反応が早くてコメディの才気にあふれている。一方ベネディクトはこれまであまりコメディをやっていませんでしたが、実はユーモアに満ちた俳優。特に感銘を受けたのは、彼のフィジカルなコメディのセンスです。普段はとても男性的な雰囲気なのに、この役では脆さを曝け出すことを恐れず、その演技が真実味のあるおかしさをもたらしてくれた。ひとたびふたりが対決すると、その化学反応はまさに見事でした」
これまで多くのヒット作を放ってきたローチだが、彼が考える優れたコメディのポイントとは何だろう。
「なるべく現実的で困難な状況を設定することでしょうか。そこから抜け出そうとすればするほど悪化していくさまが、おかしくも感動を誘うのだと思います」

『ローズ家~ 崖っぷちの夫婦~』
建築家のテオと料理家のアイヴィは、順調なキャリアと完璧な家庭生活を送る理想的な夫婦。しかしテオの事業が破綻したことから、ふたりの関係は音を立てて崩れ始め......。
TOHOシネマズ 日本橋ほか全国で10月24日から公開。
© 2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
*「フィガロジャポン」2025年12月号より抜粋
text: Kuriko Sato