パリとオペラ座、そして自分らしく生きること――『ダンサー イン Paris』

パリらしさ、フランスらしさを表すものってなんだろう? 
美しい街並み、おいしいグルメ、自然体なパリジェンヌ、恋人たち、多様な人々、パリ・オペラ座……。

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これらすべてがみっちり入ったセドリック・クラピッシュ監督作『ダンサー イン Paris』が9月15日から日本で公開される。そもそも、セドリック・クラピッシュこそ「パリらしさ」を描く達人。上流階級の狭い世界観ではなく、生き生きとしたパリの市井の人々、日常の風景の表現者である。パリの暮らしへの憧れをクラピッシュ監督作で膨らませている人は多いと思うし、私自身もそういうところがある。実際に取材やプライベート含めて訪れた時に感じるパリの日常が、『ダンサー イン Paris』にはあふれている。

ただし、パリ好き、フランス文化好きでなくても、本作にシンパシーを感じるであろう人が多いと予想するのは、ひとりの女性の再生の物語だからだ。

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主人公は、恋人の浮気を目撃してしまった精神的な惑いも手伝って、観客の目の前=舞台上で足をくじいてしまうダンサー、エリーズ。医師からは2度と踊れなくなる可能性もあると告げられ、オペラ座のバレリーナを続けるのか葛藤し、施術で身体を調整しながら、違う人生も体験しようと友人カップルの調理アシスタントとしてブルターニュのアーティスト支援施設に赴く。そこでコンテンポラリーダンスの騎手ホフェッシュ・シェクターと団員たちの練習を見て、自分の中の新しい可能性にゆっくりと自然に気づきを得て、進化していく。

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自身もオペラ座のプルミエール・ダンスーズであるマリオン・バルボーが、俳優としてエリーズを演じている。
傷んだ足首の調整のために施術を受けるシーンでマリオン・バルボーは、タンクトップにショートパンツ姿。マリオンの強靭な太ももの筋肉や、伸びやかな膝下から爪先までのラインがじっくり観察できた。筋肉がしっかりした人は肌艶も美しいが、マリオンもまさにそう。美しく動けるということが、きれいなシルエットや肌質の基盤であることの証明だ。

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9月6日、バレエダンサーの上野水香さんを招いて特別試写イベントが渋谷のユーロライブで行われた。パリの街、そしてパリ・オペラ座に対し、上野さんご自身も熱い想いを抱いている。

上野水香、私の愛するバレエ人生。

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『ダンサー イン Paris』では冒頭シーンで、バレエ演目『ラ・バヤデール』の舞台でニキヤ役を踊るエリーズが足を挫くまでのBTS(behind the scene)が、見事なカメラワークと編集で描かれている。BTSを真俯瞰から、左右袖から、ダンサーの息遣いを感じるような寄りのカメラから、息もつかせぬリズムで繋ぎ合わせ、ダンサー同志の、観察、連携、そして主役が怪我にいたるプライベートな内幕などが背景として描かれる。
上野さんはこの『ラ・バヤデール』をラストシーンで再び起用したクラピッシュ監督に言及した。冒頭でヒロインである舞姫ニキヤに注力し、ラストで『ラ・バヤデール』の真骨頂と言われるコール・ド・バレエ(群舞)を街中で踊らせる。このラストは、大舞台への挑戦直後のエリーズの妄想シーンでもあるが、「クラピッシュ監督の限りないバレエ愛と解釈の深さを感じた」と上野さんは絶賛。「あの群舞はすべてニキヤの分身なんです。だからエリーズの分身でもある」と。新しい自分をどう生きていくか、エリーズが過去の自分の上に築き上げ、未来を思索していこうとする前向きな思いが宿っているシーンだと思う。

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photography: Mitsuhiro Yoshida

そして、『ラ・バヤデール』は、オーレリー・デュポン前芸術監督がコロナ禍で公演を試みて2020年末に準備した演目。結局、無観客配信という結果にならざるを得なかったが、そこで新エトワールが誕生したりと、パリ・オペラ座とパンデミックを考えた時に重要な演目でもあるのだ。

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主人公の気持ちの表現やストーリーがはっきりしているクラシックバレエと、コンテンポラリーダンスの表現はちょっと異なる。上野さんが語っていた言葉を借りれば「動きそのものを観る楽しさがある」コンテンポラリーダンスが個人的にはより好きなのだが、映画のなかで、オペラ座のバレリーナたちがおしゃべりしながらふたつの違いを説明するシーンがとても興味深かった。
クラシックバレエは飛び立つような宙に浮遊するような動きであることに対して、コンテンポラリーは大地を感じる、下に重心がある動きなのだ、とそれぞれの魅力を語っている。こうして明確に言語化されると、異なる角度からダンスの魅力に気付けて、ガラ公演などでクラシックとコンテのミックスしたプログラムを観たくなった。

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自然体のパリジェンヌを感じるシーンとして見逃せないのが、パリの空を感じながら、路を挟んで向かい合わせの建物のアパルトマンのベランダでエリーズが親友のバレリーナと話す場面。パリの建物では最上階は女中部屋と呼ばれて部屋が狭い。若いうちは最上階に住まうケースも多く、そんなふたりがバレエやプライベートのことをパリの街の空気を感じながら会話するシーンには心和む。

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エリーズは新しい場所で新しい恋もつかむ。友情も育み、ブルターニュではたくさんのカラフルな野菜が皿のうえで躍るようなおいしい料理や食事の場面も。そして家族の絆、父との関係においても次の扉を開く。つまり、この映画は限りなくハッピーエンドだ。
でも、挫折(というより休止)状態にあるエリーズが、人生の大先輩のような女性、ジョジアーヌからかけられる言葉に、この映画のいちばん大切なメッセージを聞いた。「いい機会よ。いままで運がよかった。才能があり、美しい世界にいた。みんながそうじゃない。あなたには“順調”が当然でも、そうじゃない。“順調”は運しだいよ。それどころか特権なの。そうじゃない人たちを見ることはあなたのため」

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イベント登壇時に上野水香さんが、「もうバレリーナを辞めようと思ったことがある」と言った。あのマラーホフにそれを話しながら大泣きしていたら、こう言われたそうだ。
「何言ってんの、辞めちゃダメだよ。君が自信がないって、なんなんだ? 君が自分を信じられないなら、私を信じなさい。君の頭を洗濯するよ!」
その言葉で目が覚めたとか。
上野さんはこのイベントの最後に、「自分らしく生きていきたい。自分らしくないことはやりたくない。その都度、目の前にあることを全力でやりたい。明日がわからないからこそ、いま目の前にある舞台を頑張り、いい未来に繋げたい」と話した。この上野さんの言葉が、『ダンサー イン Paris』という映画の本質を突いていると思う。

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観たらハッピーになれる。ハッピーとは、「いまを感じながら、未来を信じられること」だと思える。そんな作品だ。

 

 

『ダンサー イン Paris』
●監督・共同脚本/セドリック・クラピッシュ ●振付・音楽・出演/ホフェッシュ・シェクター ●出演/マリオン・バルボー、ドゥニ・ポダリデス、ミュリエル・ロバン、ピオ・マルマイ、フランソワ・シヴィル、メディ・バキ、、スエリア・ヤクーブほか ●2022年、フランス・ベルギー映画 ●118分 ●配給/アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル ●9月15日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネ・リーブル池袋ほか全国にて順次公開
© 2022 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINEMA Photo : EMMANUELLE JACOBSON-ROQUES

 

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