進化し続ける、ねごとの最新作『SOAK』の意思と癒しと
Music Sketch 2017.12.21
今年で結成10周年を迎えたねごと。当初は幼馴染や高校の友人同士でプロを目指す気持ちもなく楽しく始めたが、大学在学中にデビューし、 常に進化した音楽を追究し続けている。
『VISION』までの軌跡についてのインタビュー→
https://madamefigaro.jp/culture/series/music-sketch/vision.html
2007年の高校2年生の時に千葉で結成。10代限定のロックフェス「第1回閃光ライオット」で審査員特別賞を獲得し、注目された。
今年1月に4枚目のフルアルバム『ETERNALBEAT』を発表した勢いのまま、この12月には5枚目となるフルアルバム『SOAK』を完成させた。新たな代表曲となる「DANCER IN THE HANABIRA」を今年6月に、映画のタイアップ曲「空も飛べるはず」(スピッツのカヴァー)と「ALL RIGHT」を8月にリリース。「ダンスミュージックである前者とバンドサウンドの後者という両極端の曲をアルバムに入れることが最初から決まっていたため、その“双方共に嘘のないねごとらしさが感じられ、サウンドでもアルバム全体を通してしっかり伝わるようにしたい”というのがキーワードになっていました」(沙田瑞紀)という。結果、バンドらしいライヴ感も加わった魅力満載のアルバムになった。
■ 4人4様の歌詞で、リアリティある心象風景を描く
最初に聴いて、何より心地いいのが蒼山幸子の歌声だ。以前は張り上げるような声もあったが、今回はウィスパーに近いミドルトーンで、それが前半のエレクトロなサウンドにまさにSOAK(浸透)していく。心に優しいうえに、時には甘く、儚く、センシュアルにもなり、癒しのヴォイスにもなる美しい声。そこへ“強くなりたい”、“生き残りたい”といった意思の強い言葉が心に残していく余韻もいい。ロックバンドがメッセージを伝えるように熱唱することは珍しくないので、逆にこの方が沁みる。
また、「WORLDEND」の歌詞に“働くことに疲れて”といったフレーズが登場するように、リアルな歌詞が顕著になった。ねごとはバンド名から想像できるようにファンタジー的な歌詞が目についたが、今回はリスナーとの距離を近くに感じさせ、親密性も増した。
「リスナーと近くありたいと思うようになってきていますね。元々ドリーミーだったり、ファンタジーだったり、聴いてもらえたらどこかにトリップできるような感覚があるバンドでいたいからこそ、今は現実の中で聴いた時に“仕事を頑張ろう”とか思えたり、ちょっとへこたれそうな時に、直接的な“頑張れ”ではなくて、“そういう瞬間、私もあるよ”みたいな感じで寄り添えたらいいなと思って」(蒼山)
(写真左)ヴォーカルとキーボードを担当する蒼山幸子。
その変化について、蒼山はバンドの在り方も含めて次のように話す。
「私はこのバンドを、“カッコイイな”と自分たちで自信を持って思える音楽を毎回作って、そこに聴いている人たちを巻き込んで付いてきて欲しいなという思いでやっています。あと今の自分の年齢で感じることですけど、例えば他の人の音楽を聴いた時、10代の頃のバンドをやっていた時とはまた感じ方が違ったりするんです。自分がリスナーとして聴いている時、例えば自分が“癒される、救われるな”と感じる曲が必ずしも前向きな曲とは限らなくて、優しい気持ちや明るい気持ちよりも、同じ痛みみたいなものを感じられた瞬間に私はちょっと元気になれたりするんですね。だから自分が作る曲も、そういう形で聴いてくれる人に寄り添えたらいいなって思っています」(蒼山)
ベース、コーラス担当の藤咲佑。
藤咲佑が作詞した「undone」はリスナーに答えを委ねる。
「今までの書き方とは変えて、リスナーの生きている世界で歌を広げてもらいたいなと思い、“あなたにもこういうことはあるかな?”というところで、あえてストーリーを完結させないようにしました。実は“騙して”という言葉を使いたいと思って書き始めたんです。どういう意味にでも捉えられるなと思ったし、いろんな感情が聴いてくれる人にとって生まれるんじゃないかなと思って」(藤咲)
これは2013年にバンドで作っていた曲で、当時は“ふつふつとしたちょっとダークサイドな感じのロック曲”だったそう。それを藤咲が今回やりたいと言い出し、ベースの音作りもひどく歪ませるほど実験的に繰り返して完成させたという。
ギターの他にコーラスやプログラミングも担当する沙田瑞紀。
沙田瑞紀は「Fall Down」について、「私はストーリーチックに書くよりも、自分自身の周りのことを書きます」と話す。
「これを作っている時は、割と罪人な気持ちで作りました。別に罪を犯したわけではないんですけど。私は基本ポジティヴですけど、ネガティヴな部分を受け入れているからこそのポジティヴだと思っていて、取り返しのつかないことも今までたくさんしてきたけれど、そういうことを全部ひっくるめて自分が続いていかないとならない。そういう意味でも“fall down”なんだけど、“負けるな”だし、それが自分の中に混在しているので素直に書いた歌詞です。“あなたはどこまでも行ける”というのは、自分にでもあるし、他人にでもあるし、聴いてくれた人に届くといいなと思って書きました」(沙田)
ドラムスとコーラス担当の澤村小夜子。サポートの活動も多い。
これまでユニークな歌詞を書いてきた澤村小夜子による「シリウス」は、意外なほどストレートなポップ感に溢れている。
「初めてストーリーぽいのを書きました。いつも面白いと思える歌詞を書きたいと思っているから、誰かに乗り移って書くのが好きなんです。今回は高校生だった時のBUMP OF CHICKENが好きな私みたいな人に乗り移って書いてみました。タイトルは、シリウス(おおいぬ座の1等星の一つ)の光が地球に届くまで7、8年かかるらしく、ねごとはちょうどデビューから7、8年だから、いいかなぁと思って」(澤村)
■ アレンジ力の向上で、サウンドスケープの細やかさも引き立つ
アルバムの前半はエレクトロなダンスサウンドで牽引し、後半はバンドサウンド色が強くなる。ただ、沙田がほとんどの曲のプリプロダクションをプログラミングで行なっていたので、全体のトーンに統一感があって心地よいし、何よりその細やかさに魅了される。『VISION』と『ETERNALBEAT』では外に向かって装飾音が散りばめられていたが、『SOAK』では曲の軸はシンプルながら、内側に潜るほどに様々な音が見えてくるのだ。まず、澤村のドラミングに関しては説明不要だろう。プログラミングされた音とシンバルなどの生音との競演は聴いていてアートのようだし、それはライヴでさらに楽しませてくれる。ダンスミュージックのドラムパターンは一辺倒だと思っている人がいるかもしれないが、澤村のドラムは本当に心底楽しい。
小さな体に似合わず5弦ベースでステージ上を飛び回る藤咲は、昨今はシンセベースも弾きこなす。レコーディングではそのシンベを生かした曲が増えた。沙田による「WORLDEND」での細かいベースラインのアレンジに加えた藤咲の音作りには魅せられるし、「moon child」では人力を中心に考えているというROVOの益子樹のアドバイスもあり、曲の途中のサビで生音に切り替えている。ダンスミュージックだからこそ可能なベースの面白さに挑戦している。
今回は蒼山が歌に集中し、レコーディングでは鍵盤を弾いていない。その分、沙田がプログラミングしていったので、ベースやギターのアレンジが細かくなっているのだろう。そして曲全体を支えるように存在するギターの変幻自在な演奏が素晴らしい。特筆すべきはさらに磨かれたカッティングだ。沙田には元々はオルタナ系のギタリストというイメージがあったが、今はファンキーなグルーヴにも傾倒し、その先の工夫も感じられる。
「ナイル・ロジャーズ(シック:70年代後半のディスコブームで人気のグループ。最近ではダフト・パンクとの共演でも話題)の演奏を見ながら“どういう音をしてるんだろう”というチェックはレコーディング中にやっていました。結構そういう曲が増えてきて慣れてきたし、16分(音符)で刻まれていくと4つ(四分音符)では感じられない細かいグルーヴや、その波に乗れる感じがすごく好きで、最近はさらに多くなってきましたね」(沙田)
■ ねごとならではの、和風感とクラップ感
「WORLDEND」や前作の「シグナル」に象徴されるように、ねごとの音楽に時折“和風テイスト”が、入ってくる点について聞いてみた。
「『ブレードランナー』や『攻殻機動隊』といったSF映画の世界に和風のもの、未来都市に必ず和服の人とかなぜか出てくる。それを観た時に、ねごとの世界に和風が入っているのが後から理解できたんです。意識して入れたわけじゃなくて、異質なのを加えるのは自分が音楽を作る時も入れている要素であって、メロディが和風という曲に対してジャジーなコード進行をぶつけたりとか、別物を入れて楽しい曲にしたくなる。私はSFがすごく好きなので、その共通点を見出して、一人で面白いなと思っていたんです」(沙田)
普段は笑顔が絶えないが、音楽の話になるとクールな表情になることが多い
クラップの入った曲は多いが、その音でも印象は変わってくる。ただ、傑作「サタデーナイト」でのいわゆる手拍子風のクラップは気になった。
「どんどんスパークしていく感じの曲なので、そういう意味で硬いクラップではなく生っぽさというか、みんなで叩いて人力を入れたんだと思います」(沙田)
「中野(雅之)さん(BOOM BOOM SATELLITES)が手掛けたんですけど、ゴスペル的というか、みんなで歌ってる場所もあるし、ちょっと華やかなさみたいのを足したいみたいなことでクラップを入れたと話していた気がします。内省的な歌ではあるけど、繋がりたい歌でもあるし、一緒に歌ってもらえたりしたらいいね、というところもあったんだと思います」(蒼山)
ライヴでどういった効果を生んでいくか楽しみだ。
■「水中都市」と『SOAK』
「ALL RIGHT」を作るにあたっては、事前に映画『トリガール!』のタイアップが決まっていて、英勉監督がとても気に入っていた「sharp ♯」(2013年)を、使いたいというシーンに乗せて送ってくれたほどだったそう。よって、そこから当時の初々しい疾走感溢れる感じを今のねごとでどう表現するか考えながら制作した。
このアルバムの中で私が一番好きな曲は「水中都市」。宇宙や夜をイメージさせる歌詞が多く並ぶこのアルバムのラストを飾るのにふさわしい楽曲だ(ボーナストラックを除く)。
「海というイメージはどこかの水中ではなくて、夜のベッドルームの雰囲気が“闇が満ちてきて水みたいになる”という感じで書こうと思って書きました。寝る時に部屋の電気をパッと消した後に、光が青く浮かんでいるんですよ。それが水中から見る月みたいに感じたりして。あとは心地いい人と居る時の空間の感じとか書けたらいいなと思って」(蒼山)
“覚めない青”という言葉が心に沁みる。
「青って、たぶんいろんなものを象徴しているんですけど、水中都市の世界の中での水の青というのもあるかもですし、覚めないで欲しいと思っている気持ちというものもあると思うし。私は青という色に対してあまりブルーなイメージがなくて、もう少し純粋なものだったりとか、凛としている青さの青だったりとか、ちょっと心が澄んでいる時に見えるというイメージがあるんです」(蒼山)
ワンマンツアー2018「SOAK」は2018年2月9日(金)から全国15カ所16公演実施。※女性・子供向けのエリア有り
『SOAK』というアルバムタイトルは、「普段の日常の中で聴いても沁み渡ってくれるような楽曲が多い」(蒼山)から付いたという。インタビューの最後に4人にこのアルバムのキャッチコピーを考えてもらった。
「HUG and SURVIVE」(蒼山)
「心がどんどんやわらかくなってゆく、カンジ」(沙田)
「あなたの世界と繋がる」(藤咲)
「寝言が営むゲルマニウム温泉」(澤村)
ぜひ、年末年始にこのアルバムを聴いて、1人でも多くの人が心から気持ちよくなれますように。
(写真左)『SOAK』初回生産限定盤(CD+DVD)、(右)通常盤(CD)。ソークとは“沁み込む”という意。
ねごとのHP→http://www.negoto.com/index.html
撮影:山本佳代子(アーティスト写真を除く)
*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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