心地よい音楽(cozy pop)で魅了するaron!が初来日。
Music Sketch 2025.07.18
この6月にEP『cozy you(and other nice songs)』でデビューしたばかりの新人シンガーソングライター、aron!(アロン!)が初来日した。cozy pop(居心地のいいポップ)と呼ばれる音楽は、たとえばレイヴェイの音楽に通じるものがあり、aron!本人も穏やかで心地よい雰囲気を醸し出す。マイアミで学生生活を過ごしたことも、彼の音楽をまろやかにしたのかもしれない。ボサボサにしたままの髪がお気に入りで、「友人からスタジオジブリの映画『崖の上のポニョ』のポニョに似ていると言われて、実際に映画を観て、そこからポニョや女の子が大好きになってしまった」と、うれしそうに話す。にこやかな表情を絶やさない、チャーミングなaron!に話を聞いた。
2003年6月、ノースカロライナ州シャーロット出身。8歳からギターに夢中になり、ジャズギターの先生との出会いをきっかけにジャズに傾倒。地元の芸術高校ではクラシックを学び、全額奨学金で進学したマイアミ大学の音楽科でジャズボイスや映画音楽を専攻し、才能が広く知られるようになる。ひとつの曲をギターの弾き語りとピアノの弾き語りという、違ったニュアンスで伝えられるのも魅力ひとつ。photograpy: Isabel Crist
両親はグランジロックが大好きだけど、僕はメロウな音楽に惹かれた。
――曲調もそうですが、Lyric Videoを観ていても、とても穏やかな性格のように感じます。最初はロックが大好きなご両親の影響でロックに親しんでいたそうですが、現在の音楽スタイルに辿り着いたきっかけは何だったのですか?
両親はレッド・ツェッペリン、それからパール・ジャム、アリス・イン・チェインズ、ニルヴァーナといったグランジ系、あとトゥールとかも好きなんだ。そういう環境で育ったから、違うものに惹かれたんだと思う(笑)。いまのメロウな感じになったのは14歳になった頃かな。
――もしかして、それって初恋が原因だったりする?
実際、たぶん......、それだったと思う(笑)。
――ギターの腕を磨こうと思ったのと、シンガーソングライターを目指したのは同時期ですか?
違うよ。ギターが最初で、次が歌、それから曲作り、コロナ禍にはピアノに専念......という順番で、その時々に夢中になっていった。曲を書こうと思ったのは、僕が10歳くらいの時に、両親から「自分で曲を書くべきじゃない?」って言われて始めたんだ。
――「marigolds」という曲は1分ほどの尺なのに、音遣いの面白さや遊び心、アイディアにあふれていて、あなたの脳を覗いた気分になります。いろいろな曲をサブスクにアップしていますが、どういった基準であげているの?
えっ、あの曲を聴いたの?(笑) あれは結構変わっているほうだけど。何でもアップできるから、特に考えないでアップしているよ。
――なるほど、その緩さや自由さがあなたの魅力のひとつになっている気がします。影響を受けたアーティストとして、フランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、ジョン・メイヤーの名前を挙げていますが、それぞれどのあたりから?
エラ・フィッツジェラルドはボーカリストとして本当に歌が上手い。フランク・シナトラはひと言ひと言に込める言葉の解釈が好きなんだ。ジョン・メイヤーはちょうどいい具合の古さと新しさを感じさせるソングライティングの面が好き。
――ボサノヴァやクラシックの影響も感じますが、どのようにして吸収していったの?
ボサノヴァは昔からクールな音楽だなと思っていたし、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲は全ていいと思っている。クラシックは高校時代に学ばなきゃいけなかったから、そこで学んだよ。
――曲を書くこと、音楽を演奏することは、あなたにとって癒しのようなものですか?
たぶんそうだと思うけど、自分的にはやらずにはいられないものっていうか、そんな感じがする。
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同世代の大学生たちが作成した動画が、曲の魅力を引き立てる。
――曲はもちろんのこと、あなたの曲の魅力をさらに引き立てているLyric Videoのセンスもとても好きです。プロデュースしている°1824とは、どういうスタッフですか? 自分の意向も伝えているの?
°1824はユニバーサルミュージックグループの中で、18歳から24歳までの、自分と同じ世代の若いクリエイターを中心としたネットワークで構成されているんだ(アメリカの大学生が対象)。彼らの方から「こんなアイディアでどう?」って提示されて、僕が「あっいいよ」って言っている。
父親は白人、母親はスリランカ系マレーシア人で、ひとりっ子だそう。
――「table for two」のMVも楽しかったのですが、あのアイディアやキャストもおまかせ?
そうだね。自分は出演はしたけど、アイディアはディレクターが持ってきた。僕もすごくおもしろいと思った。相手役に関しては、候補の顔写真と名前をたくさん見せられて「選んで」と言われたけど、点数をつけるみたいで嫌だったので、誰でも素敵だと思って、そこもお任せしたよ。
――音楽は自由には聴いてほしいと思っているでしょうけど、映像も全てスタッフにお任せしていたとは意外でした。
もう少し自分もキャリアを積んでいったら、「MV全てを自分が作ってコントロールしたい」と思うのかもしれないけど、いまはこのように音楽ができることで十分なんだ。
2025年7月15日にユニバーサルミュージックの社内で開催されたショウケースの模様。
――ミュージシャンになろうと思ったのは何歳の頃? また、ミュージシャンになっていなかったから、何になっていました?
決めたのは14歳くらいかな。(しばし沈黙)たぶん数学者。数学がすごく好きで、その後、音楽にハマったんだよね。
――音楽は譜割りやリズムの視点からも、数学的だというミュージシャンは多いですよね。他にも何か活動していたことはありますか?
マイアミの大学生時代に、アルバイトで"子供たちのバースデーパーティに行って歌う"ということを週に3、4回やっていた。パペットを使いながら歌ったりして、楽しかったよ。
――あぁ、それは何となくわかります。あなたの音楽がLyric Videoを観ても子供から大人まで楽しめるのは、そういった経験から醸し出している雰囲気があるのかもしれないですね。
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近い将来、弦楽四重奏団とツアーをしてみたい。
――スタジオジブリの作品をはじめ、日本のカルチャーが好きだそうですが、初来日して日本に対するイメージは変わりましたか?
来日して今日で3日目なんだけど、来る前の日本のイメージはモノクロ映画くらいだったのが、来てみたらテクノカラーというか、カラフルな映画になった感じ(笑)。
――日本のミュージシャンでは細野晴臣さん、高中正義さんが好きだと聞きました。細野さんはジブリ繋がりもあってイメージが湧くのですが、高中さんのギター演奏はすごいテクニカルですよね。
ギターから音楽に入ったし、実はああいうテクニカルな部分も自分の中では嫌いではないんだよね。
――では読者に向けて、挨拶がわりに、あなたの好きな映画、アルバム、本などを教えてください。
『崖の上のポニョ』(2008年)がまずひとつ。Netflixのドラマ『ギルモア・ガールズ』は、理由はわからないけどずっとハマっていて、さっきも観ていたくらい。直接ではなく遠いところから、変わった形で曲にインスピレーションを与えてくれているかもしれない。アルバムではフランク・シナトラの『キャピタル・イヤーズ』。12枚組で300曲くらい入っているボックスセットだよ。作家でスピリチュアリストのエックハルト・トールの本で、『The Power of Now(さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる)』。これを読んでいると、いまに集中できるんだ。
――スピリチュアリストの本とは意外でした。そのうち、壮大なaron!ワールドが展開されそうです。
いいね。ありがとう!
――ところで、aron!という名前にはどのような思いを込めたのですか?
全部大文字にして!(感嘆符)を付けたらやりすぎかなと思うし、全部小文字にして!がなかったら何もないなと思ったので、その中間にしたんだ。
――名前に!を付けたのは「僕に注目して!」ということ?
そうなんだけど、名前を小文字にしたから、そこまで(自己主張の強い)オレオレではない(笑)。
――最近は、曲名も全て小文字表記ですよね。最後に、今後やっていきたいことを教えて下さい。
近い目標は友人3人とアパートメントをシェアして、ブルックリンに住みたい。音楽的には弦楽四重奏団とツアーをしてみたいな。
取材中もギターの弾き語りを披露してくれた。
柔和な雰囲気ながら、堅実で芯の強さを感じさせる部分を垣間見たようなインタビューだった。ミュージシャンになると決めた14歳の時からYouTubeなどマメにアップしていて、また、学生時代はバンドSunny Side Up!でも活動していた他に、2022年のFrost School of Music主催のコンサートでシンガーとしてレジーナ・ベルと共演していて、注目されていたことがわかる。最近は『フィガロ』本誌2025年7月号で取材したメイ・シモネスのInstagramのストーリーに登場するなど、交流がさらに広がっている様子。日本をとても気に入っていたので、デビュー・アルバムが完成した頃に、また来日してくれることを期待して待っていたい。
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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