パリの激安ドラストの美容部員に、乾燥肌を認めさせられた瞬間。

私は乾燥肌だ。でも長らく「自分は乾燥肌だ」という事実を認められなかった。いったいなぜだろう?おそらくそれは「乾燥肌なんて嫌だから」ということではなくて「こんなにTゾーンがテカテカなのに乾燥肌だなんて納得がいかない」という理由だと思う。そう、私はテカテカなのである。

「そういう人はインナードライといって水分と皮脂のバランスが悪く乾燥する場所とテカテカする場所が混在しているんです!」

「皮脂が過剰に出る? 実はそれも乾燥が原因!」

そういった賢人たちの言葉はじゅうぶんに承知している。雑誌にも無茶苦茶書いてある。なんなら毎号書いてある。それでも、「こんなにテカテカなのに」という思いは頭で考えたことではなくほとんどが感覚によるものだ。指で触れればこんなにテカテカであるものを、脳が「それも乾燥」などと結論付けることを許さないのである。

しかし本当の自分(の肌質)をごまかし続けることなんてできない。いつかは覚悟を決める時がやってきて、年貢を納めなくてはならないのだ。そしてその時は思いがけず、突然にやってきた。

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photography: shutterstock

ある日私はパリの中でも激安なことで人気の、観光客もわんさか訪れるドラッグストアに入った。この店では化粧品がお安くなっているので、お客さんのほとんどはそれを目当てにしているのだが、その日の私はこの店でも別に安くはならないビタミン剤を買うため急ぎ足で入った。風邪気味だったのである。

店内は混雑していて少し迷っていた私は、制服を着た1人のアジア人女性店員と目が合った。バチィッと音がしそうな、ちょっとした運命を感じてしまいそうな合い方だった。そして私がビタミン剤のある棚を見つけて移動しようとすると、その女性がサッと近寄ってきて「あなた韓国人かタイ人じゃない? 私、韓国語とタイ語喋れるけど!中国語もちょっと喋れる!」と我が自己肯定感に不足なしといった雰囲気で自己PRをしたのだった。

私はちょっと面食らってしまったものの、自分は日本人で申し訳ないがそのどれも喋れないことを伝えた。すると彼女の表情があからさまに曇った。その時私が感じたのは、もしかすると彼女は韓国語とタイ語と少しの中国語を喋れることを大変な強みとしてここに就職したのかもしれないということだった。その強みを生かす機会を与えられなかった私は彼女にとっての残念客であったとしても致し方あるまい。

そう考えるうち、「何を探してるの?」と彼女のほうも気を取り直して私に尋ねた。その問いに私が答える間もなく彼女は、「クリームを探しているんでしょ? あなた、ものすごく乾燥しているから! ちょっとここ皮がむけてるの、わかってる? 乾燥肌を改善するにはね、こんなクリームがいいの!」と私の鼻の頭が皮むけしていると指摘しつつ、いろいろな商品を紹介し始めた。

もし私が、「手の付けられない乾燥肌を自覚しそれを改善しようとしてる」状態ならば、割とすぐにこの剛速球接客も受け入れられただろう。しかし私はまだ、乾燥肌の自分を受け入れてないのである。彼女の剛速球ストレートを受け止める準備などできているはずもなかった。あと私が探しているのはビタミン剤だ。まず風邪を治したい。

「私が探しているのはビタミン剤なんです」と、だから私は彼女に伝えた。「あそこにあるのが見えるので、大丈夫です。ありがとう」、そう言って立ち去った。その時だ。

「あなたはね、乾燥しているの! 皮がむけているんですからね! クリームを買わないと!」

彼女は、私にちょっと悔しそうな顔を向け、大きな声でそう言った。いくらワイルドな美容部員がわんさかいるフランスといえども、ここまでワイルドな接客を受けたことはかつてなかった。

いや、このワイルドさこそがフランス生活の真骨頂なのだ。

そう思いすぐに納得したものの、なんとなくこの出来事は私の心に深く染み渡ってしまったのだと思う。私はこの日を境に、「いくらテカテカでも真剣に乾燥肌対策をしてみよう」と思えるようになってきた。とりあえず肌がきれいになれば儲けものと思い、正真正銘乾燥肌用の基礎化粧品を買った。ほかにも乾燥肌が改善すると言われる方法を徹底的に試した。そのほかの「透明感」とか「ハリ」とかそういうことは一切考えず乾燥だけに向き合うことにした。

正直いって、「乾燥肌用」と書かれたなんらかの商品を買うのは私にとって勇気のいることだった。「乾燥肌ではない」という一種プライドのようなものをかなぐり捨てなくてはならなかったからだ。別に脂性肌だと主張することを誇らしいと思っていたわけではないのだが、不思議なものである。

これまで、自然派志向だったため通常の基礎化粧品をほとんど使ってこなかった私には、この「純粋に乾燥肌を改善するための基礎化粧品」はバチバチに効いた。もしこれまで私が普通に化粧品を使い続けていたとしたら、ここまで効果を感じることはなかったと思う。透明感が出て、毛穴が目立たなくなり、ザラつきがどうしてもとれなかった部分がなくなった。自分史上最高の状態になったのだ。

いまとなっては、あの時あのタイミングでパリの激安ドラストに入って本当に良かったと思っている。すぐ近くに別のドラッグストアもあったのに、なぜかあの時あの店に入ってしまったのだ。あの女性店員は、私に"これが最後のチャンスだ"と叫び訴える乾燥肌の妖精だったのかもしれない。

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text: Shiro

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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