和歌山・熊野で体験する、時空を超えた神秘的な瞬間。
在本彌生の、眼に翼。 2026.01.17
写真家の在本彌生が世界中を旅して、そこで出会った人々の暮らしや営み、町の風景を写真とエッセイで綴る連載。今回は和歌山・熊野の旅。

熊野本宮大社から車で10分ほど離れたところにあるお滝さんは、地元の人に聞いたとっておきの場所。森の深さと多様な水の姿に心が洗われる。映画『軽蔑』でも、主人公のふたりが海や川、水辺に佇むシーンが印象的だ。高良健吾と鈴木杏の演技が生々しく殊更に素晴らしい。
水と森と神と人。
vol.36 @ 和歌山・熊野
法事のため夫婦で和歌山に出かけた。夫も私も和歌山にルーツを持っているので、もっと和歌山を知ろうと、この機会に熊野まで足を延ばすことにした。熊野といえば古道と中上健次が描いた路地が頭に浮かんで、那智勝浦、本宮、新宮と少し駆け足で回ることに。仕事でご縁をいただいて、私は一時期頻繁にこの地域を撮影していたが、夫にとっては初めての熊野だった。まずは早起きして熊野那智大社のさらに奥にある飛瀧神社を目指す。古道のほんの一部を歩いただけで結構な運動量。それでも那智の滝(一の瀧)の水量の豊かな流れを目の前にすると心躍る。いくらでも変化する水の姿を眺めていられるようだった。熊野本宮大社の旧社地である大斎原(おおゆのはら)は、清々しい気が通る場所、傍にさらさらと流れる熊野川の澄み切った水に触れてみた。いずれの場所でも水が強く印象に残る。とっておきの小さな滝、お滝さんは神秘的で、いまがいつでここがどこなのか、一瞬わからなくなるような魔力があった。こういう時空を超えた場所がとても好きだ。新宮では熊野速玉大社を参ったあと、中上氏の小説にも登場する火まつりで知られる神倉神社の急な石段を踏みしめる。このとんでもない傾斜の石段から暗がりの中、松明を持って駆け降りるとはにわかに信じがたい。日が傾いた頃、中上健次が暮らした路地周辺を探索した。すぐ脇を列車が走る。秋の終わりにもかかわらず日差しが強く、白い壁の家々に濃い影が落ちる。光の具合が中米あたりのどこかの街角のようだった。

神倉神社の石段。お燈まつりでは538段の石段を白装束の男たちが駆け降りる。女たちは男たちが無事に下りてくるのを祈り麓で待つ。

中上健次が生まれ育った路地の周辺を歩くと、生家の場所を示す案内板を見つけた。紀州の土地と人を取材したルポルタージュ『紀州 木の国・根の国物語』ではここに生きた人々の私的な体験を聞き取り綴られ、土地の色が強く浮かび上がる。
監督/廣木隆一、脚本/奥寺佐渡子
2011年、日本映画、136分
配給/角川映画、U-NEXTなどで配信
『紀州 木の国・根の国物語』
中上健次著、角川文庫
¥748
東京生まれ、写真家。
いつにも増して出張が重なり、最近、目が覚めた時、一瞬どこにいるかわからない朝があった。意識的に生活することを忘れずに過ごさねば。
*「フィガロジャポン」2026年2月号より抜粋
photography & text: Yayoi Arimoto







