新連載【石井ゆかりの伝言コラム】第1回「クリスマス」&「ジュエリー」

こんにちは、石井ゆかりです。
今回から新たにこの場で、「伝言コラム」と題しました短いコラムの連載をさせていただくことになりました。
このコラムのルールは、まず、担当編集者の青木さんから「お題」として、ふたつのキーワードを頂きます。それをもとに、私が思いつきでコラムを書きます。言わば、落語の「三題噺」のようなものです。
占いがメインの料理とすれば、本コラムはキャベツやマッシュポテトのような「付け合わせ」として、お楽しみいただければと思っています。

第1回 「クリスマス」&「ジュエリー」

クリスマスもひとつの祭礼、お祭りと言えますが、お祭りには、とても面白いところがあります。それは、その祭礼の「中」に入れる、ということです。ある時間、ある祭りの時空の中に入って、人間がそこに溶け込んでしまえる、ということです。クリスマスの時期には、街のさまざまな場所にクリスマスツリーやイルミネーションが飾られ、音楽が流れ、私たちを取り巻く環境全体が「クリスマス化」します。私たちはその真ん中に立って、自分自身も少し素敵な服を着て、ケーキやお酒で盛り上がります。贈りものを贈り合い、いつもとは違う挨拶「メリークリスマス!」を交わし合い、私たちの外にも中にもクリスマスがあふれ、私たちは「クリスマスの中」に溶け込んでしまうわけです。クリスマスとは何か? という定義を問われれば、西欧の宗教的起源を語ったり、現行の文化的な様式を解説したりすることもできるかもしれませんが、何より「私たちにとって、クリスマスとは何か?」と考えると、自分を取り巻いて溶かし込んでいくあの季節の雰囲気全体が「クリスマス」とは言えないでしょうか。

ジュエリーは人の姿を飾るものですが、あのジュエリーにも、クリスマスに似たところがあります。というのも、それは「人に見せるもの」であると同時に「自分自身の心に入るもの」である、ということです。ジュエリーは、クリスマスツリーのように自分自身を光源とし、同時に自分がそれを着ける前の存在とは少し違う、特別なものになります。祭礼の時は多くの人が普段とは違う装束を身に着けますが、ジュエリーはそれを身に着けただけで、身に着けている時間の間はささやかな祭礼が続いている、といった状態になるように思うのです。空間と時間と自分自身とが、特別な状態に変わるわけです。

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実はクリスマスは、星占いにも関係が深いイベントです。キリストが生まれた夜、「東方の三博士」が聖母子を訪ねてやってきますが、この「三博士」は占星術師であり、彼らがふたりを捜し当てる目印としたのは「ベツレヘムの星」、つまり空に輝く星だったとされているのです。クリスマスツリーのてっぺんに星を飾るのは、そのためです。この「ベツレヘムの星」がどの星だったのかについては諸説ありますが、一説に「グレートコンジャンクション」、すなわち土星と木星がごく近くで輝いていたのではないか、と言われています。実は2020年、その「グレートコンジャンクション」の様子を、私たちもこの目で見ることができます。楽しみですね!

ジュエリーがちょっと関係なくなってきたぞ、と思われるかもしれません。でも、宝石と星とは、ごく古くから繋がりあるものとして考えられてきました。古代の占星術師は、まず大理石で円を描き、そこに星々と関連づけられた宝石を星として置いて、ホロスコープを作成したそうです。宝石を身に着けることは、言わば、星を身に着けるのと同じことです。星は、占星術においては「時間」であり、神様でもあります。私たちは石によって、聖なるものに触れ、特別な時間を生きることができる、ということなのかもしれません。高貴な人々が頭にかぶる冠にも宝石がはめ込まれていますが、あれはまさに「天の星」を刻み込んだものだそうです。「天才」「天職」など、私たちは自分が生まれながらに持っているものを、「天」と結びつけます。「天」は聖なる世界であり、そこに輝いているのは、星なのです。

星と、石と、私たちの生きる時間と。私たちの心の中で、それらは呼び合いながらきらめきを交わして、ひとつの夢のように美しい世界を映し出してくれています。クリスマスツリーの輝き、プレゼントされるジュエリーの輝きは、私たちの心を星の輝き、天の輝き、聖なるものの輝きとして、照らしてくれているのかもしれません。

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Illustration : SHOGO SEKINE

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