時には私生活を犠牲に......フランスの女性SPの日常に潜入。

Society & Business 2024.01.07

大物政治家や命を狙われた人々の身辺を黙々と守るフランスの女性SPたち。まだ人数は非常に少ないが、常に危険にさらされ、時には私生活を犠牲にすることも辞さない。そんな彼女たちの仕事ぶりを垣間見た。フランスの「マダム・フィガロ」のリポート。

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SP700人のうち、女性は50人に満たない。illustration: Marc Grenier/Shutterstock

彼女たちはダークカラーのパンツスーツにフラットシューズを履き、髪をポニーテールにまとめ、周囲に目を光らせている。国際サミットや閣僚の外遊、国賓の来訪の際には目立たないように背景に溶けこむ。イヤホンや、ジャケットの襟についた徽章だけが、彼女たちが何者なのかを告げている。彼女たちはフランスの女性警察官だ。ただし国家警察総局警護部(SDLP)に所属し、極秘任務、いわゆるSP(セキュリティポリス;フランス語ではofficier de sécurité=OSと呼ぶ)業務についている。この精鋭エリート集団は男性優位の職場でもある。700人いるSPのうち女性SPは50人に満たない。

32歳のジュスティーヌは、毎日140人のVIPの警護を担当する部署の一員になったことをとても誇りに思っている。この職務に就くことは、11年前に警察官に採用された時から彼女の生きがいであり、最終目標だった。「SDLPに所属すればそれまで自分が生きてきた環境とは全く違う世界や場所を垣間見られる。旅行の機会も増える」と彼女は志望動機を語る。ブロンドヘアにヘーゼルナッツの瞳を持つジュスティーヌは貧困率の高い地域として知られるセーヌ・サン・ドニ県勤務を経てパリ警視庁 コマンド対策部隊(BAC75N)所属となった。この精鋭部隊に女性はほんの数えるほどしかいない。一年前から彼女は米国大使デニース・キャンベル・バウアーの警護を担当している。イギリス系で英語を完璧に喋るジュスティーヌはまさに適役だ。物騒なパリ郊外から歴史を感じさせるアメリカ大使館へ移るまでの間には、SDLP選抜試験の試練を乗り越えなければならなかった。2013年に創設されたSDLPの前身、「公式旅行サービス部」(通称VO)の古き良き時代のように現役メンバーによる推薦で候補者が選ばれることはなくなり、現在では明確な採用基準による選抜が実施される体制が整っている。根っからのスポーツウーマンであったジュスティーヌは5ヶ月間を試験の準備に打ち込み、有酸素運動、格闘技、水泳を組み合わせた集中的なトレーニングで自らを鍛えた。

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クロスフィットとアサルトライフル

ジュスティーヌは2021年5月に受験した。試験ではずっと走り続けなくてはならない。合間にクロスフィット・エクササイズ、プールの底で溺れている"仮想敵"(エキストラ)の救出、ボクシング、射撃、ハイスピードでの運転などのテストが実施される。もちろん、悪名高い"ストレス・コース"も含まれている。これは重いヘルメットとベストを装着し、目隠しをしたまま、試験官からの容赦ない叱責を受けながら黙々と動き続けるものだ。この他に一般常識テスト、英語とコンピュータのテスト、そして口頭試問でも意地悪な質問が飛んでくる。たとえばある女性受験者に出された質問はこんな内容だった。「もし、大臣から家の食器を洗ってほしいと言われたらどう対応しますか?」

しかも試験中は寝る時間すらほとんどない。明け方までドアの前で見張りをするのもテストの一部だからだ。女性受験者の身体能力テスト基準はやや低めに設定されているとはいえ、「精神的なタフさが評価されるだけでなく、疲労にも負けない耐久力や警戒心が試されている」とジュスティーヌ。彼女は、この時に選考試験を受けた女性3人のうち、唯一の合格者だ。受かってもくつろいでいる暇はない。学ばなくてはならないことは多いからだ。「警察学校で警護のやり方は教わりません。なので一から教える必要があります」と、元SPのベテラン警視正、エレナ・トマは指摘する。

見習いSPたちは6週間に及ぶ研修を受ける。たとえば警護対象者から最も近いSPや運転手の隣に座るSPにそれぞれ呼称があり、警護対象を3人のSPで囲んだ体制を"警護の三角形"、あらかじめ現場に到着して確認する"先着警護"と言うことなど独特の言葉遣いから近接保護技術まで、さまざまな内容を幅広く学ぶ。SDLP特有の武器である特殊警棒、グロック拳銃、H&K G36アサルト・ライフルの使い方の訓練も受ける。新人SPが最初に配属されるのは臨時任務課だ。フランスを訪れる外国人観光客や要人、ジャーナリスト、政治家、宗教家などで一時的に(しかしながら時には長期にわたり)脅威にさらされた人を警護する。一例として、原理主義者から狙われるフランスの風刺新聞、シャルリー・エブドの漫画家たち、あるいは、フランスで顔を隠すヴェール着用禁止法案に賛成したことで批判されたイスラム教の導師、ハッセン・チャルグーミが挙げられる。「この部署には60人ほどのSPが所属し、女性は合わせて4名だ」と、SDLPで2年半を過ごしたサブリナ巡査部長(33)は言う。
浅黒い肌にダークな髪のサブリナは、担当した警護対象者から「管制塔」というニックネームをつけられたことがある。「死角がない」働きぶりを見せたからだ。サブリナは変化に富むこの仕事が大好きだと言う。たとえばフランス国家と警察を代表してイスラエル首相夫人サラ・ネタニヤフの警護を数日間担当した。2023年6月には中国の李強首相のパリ初訪問では警護のための大規模な作戦でチームの一員として働いた。脅威レベルは2、すなわち急襲の恐れがある最高レベルの1よりも1ランク下で、特定の対象への脅威が高まっていることを意味する。「仕事は週替わり。移動して別な場所に行き、興味深い人たちと出会う」とサブリナはうれしそうに自分の仕事を説明した。

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憧れの任務

昨年、全仏オープンテニス観戦にプライベートジェットでパリをふらっと訪れた王族のように、外国の要人が何の前触れもなくパリに到着した場合、急遽対応しなければならないこともある。「ひと晩で翌日の準備をしなくてはならなかった。警護バイク、不審物除去の手配をし、現場のチェックもできないまま、避難経路などのシミュレーションを行なった」と、その日の当番だったジュスティーヌは慌ただしかった準備を振りかえった。

他のSP要員同様、サブリナもジュスティーヌも、いわゆるレッドウィークと呼ばれる7日間連続勤務の週と、グリーンウィークと呼ばれ、欠席者の代わりや臨時の増援任務を務める傍ら、訓練や研修に充てられる週とが交互にやってくる。どの訓練を選ぼうかなんて悩んでいる暇はない。「みんなモチベーションが高いので、射撃や近接保護の講習は争奪戦となる」とサブリナはその理由を説明した。取材時、彼女は人気の高い護身術講習をゲットできて喜んでいた。

こうしたさまざまな講習を修了し、最終選考を通ればSPにとって憧れの任務、近接保護部隊に配属されることも夢ではない。警護対象者、例えば首相や内務大臣、法務大臣、軍事大臣、外務大臣に付き添い、身辺警護することが任務だ。毎月数百ユーロのボーナスが支給されることもあり、「このような任務に誰もが憧れ、狙っている」とある女性警察官はこっそり教えてくれた。

ナディア主任巡査部長は47歳。2008年にSPとなった。2012年5月、フランスの外務大臣に就任したローラン・ファビウスの身辺警護チーム約20名の一員となった。ファビウス外務大臣とともに彼女は世界各国へ赴いた。アフガニスタンとサウジアラビアで現地当局から女性SPだからと彼女が拒否されたとき、大臣が絶対譲らなかったことをいまでも感謝している。だから「2016年にファビウス氏が憲法評議会議長に就任したとき、彼の警護を引き続き受けました。そして今も継続中です」とナディアは言う。「SPに対して親しげに振る舞いながらその実、下っ端にしか見てないお偉いさん」に違和感を感じてきたナディアにローラン・ファビウスの礼儀正しい距離感は響いた。自分の経験を振り返ってナディアは他の女性SPにこんな言葉を贈った。「SPの一番の資質は目立たず控えめな存在であることです。私たちは警護対象者のことをすべて知っていますし、ホテルでは隣接する部屋に寝泊まりし、どこへでも付き添います」。なので過度な接触は避けること。「言い寄られても、自分がSPであることをきっぱり告げてください」とナディア。また、この仕事は「私生活への影響が大きい」ことも警告する。ナディア本人が独身で子供もいないのは「自らの選択」だと言う。しかしながら元々「貧困地帯に住むマグレグ系移民家庭出身の女性として移民の社会統合政策の成功者になりたいと思っていた」ので自分の選択を残念に思う気持ちもどこかにある。SPとしてはまだ新人のジュスティーヌもナディアの考えに賛同している。少なくともいまのところは。「朝6時か7時に勤務がスタートし、大使がパーティーに出席するとなると夜10時までかかることもある。子どもがいたらどうすればいいのか。パートナーが主夫でもない限り......」とジュスティーヌはため息をついた。

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母親SP

母親業との両立が難しいSPの世界で55歳のソフィー・アットは例外的な存在だ。1999年から2002年までは当時首相だったリオネル・ジョスパンの警護担当だった。その後、フランソワ・オランドが仏大統領に就任するとその任期中、警護を担当した。現在は内務省の国際安全保障協力局長として首相官邸に約30人、大統領官邸にその2倍の人数を擁するSP集団を率いる世界で唯一の女性だ。リオネル・ジョスパンからSPとして指名された時、彼女は妊娠8カ月だった。生後5週間で職場に復帰し、すぐに2人目を妊娠した。

12年後、オランド大統領の警備を任されたとき、彼女は3児の母となっていた。運動神経抜群のスリムなソフィーは「専属のナニーを雇い、夜10時までいてもらうこともあった。夫も私も警視正の給料をもらっていた頃の話だ」と大変だった時期を振り返った。ソフィーはもっと多くの女性警察官に「この変化に富んだ職業を選んでほしい」と思っている。「要人の方々は一人ひとりそれぞれ非常に異なっている。男性と同等の仕事もできる。35キロの機材を運んだり、突撃するような仕事ではない。体力とは無関係の技術だ」とも。2000年2月、ヨルダン川西岸地区のビルゼイト大学でパレスチナ人学生による投石の標的となってしまったフランスのリオネル・ジョスパン首相を逃がしたのは彼女だった。

ピエール・フレイサンジェア警視正は個人警護担当部署の責任者の一人として、女性SPの存在がもたらす付加価値を指摘した。「彼女たちは目くらましとしても役立っている」。サブリナも常日頃からそのことを実感している。「よく、警護対象者のアシスタントか広報担当に間違えられる。SPだとは絶対に気づかれない」

100%男性の外国SPとも「問題なくやれている」どころか、「バーレーンのSPからはぜひまた会いたいと言ってくれたわ」とサブリナは冗談めかす。いずれにせよイスラム諸国から、自国の有力者の妻の警護に女性SPが要請されることも珍しくないが、すらりとした長身のブルネット、33歳のセリーヌ警部は言葉を濁す。「女性が指揮を執るのは、必ずしも簡単なことではない。例えばエジプト人からは無視される」

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男性の意見

同僚の男性SPに対してSDLPの女性SPたちは手厳しい。「バズーカ級の荒っぽい歓迎をうけた」と言うのはセリーヌだ。現在はSDLPを離れて警視正になるための研修を受けているが、当時は「女性だから優遇されているとか、今はそれが流行りだからなとか、何度も嫌味を言われた」とセリーヌは不満をぶちまける。もっと大変だったのがナディアだ。SPになりたての時、同じユニットに体重100キロ近い巨漢の男がいた。その男からナディアは、自分のユニットに女性がいることは許せないし、ナディアの前に配属された女性は泣かせてやったと脅された。ベテランボクサーのナディアは、リング対決を提案した。その時のことを思い出すといまでも笑いが出るそうだ。「その男、しまいには"ブラボー、チームへようこそ"って言ったわ」と愉快そうに言う。それでも半年後に同僚女性SPのひとりが辞めた時、彼女も辞めようか迷った。当時の上司のジル・フュリゴの理解を得て一時期ドライバー業務に従事したのち、元の職場に復帰した。

ジュスティーヌは女性らしさを出さないよう、言葉使いや仕草に注意を払っている。それは警察官になるなら不可欠な "中性化プロセス "だと彼女は言うものの、「ミスは許されない。女性は見張られ、有能でなければ評価されない」と愚痴る。男女問わず、SPとなった者には少なくともひとつの共通点がある。他の部署から、あいつらは警察官じゃない、ボディーガードだと悪口を言われることだ。「みんな羨ましがっているだけ。私たちが素敵な場所に行けるから」とサブリナは一蹴した。

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text: Anne Vidalie (madame.lefigaro.fr)

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