「フェムテック」の生みの親たちが語る、その未来。

Society & Business 2024.03.08

近年さまざまなアイテムが登場し、盛り上がりを見せている「フェムテック」。女性の心身の健康課題をテクノロジーで解決するプロダクトやサービスを指すこの言葉の生みの親が、デンマーク出身の起業家イダ・ティンだ。

イダは2012年、ドイツ・ベルリンを拠点に生理周期管理アプリを開発する「Clue」を共同創業。Clueはいまや世界190カ国に1100万人のユーザーを抱えるまでに成長し、イダは世界でフェムテックの重要性を積極的に発信している。

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フェルマータ代表のAmina(左)とClueの共同創業者、イダ・ティン。

2月9〜11日まで東京・六本木で開催された「Femtech Fes!(フェムテック・フェス!)」に参加するため初来日したイダ。本記事では、彼女の起業の物語とフェムテックという言葉が生まれた背景を聞いたインタビューとともに、「フェムテック・フェス!」の生みの親、fermata(フェルマータ)CEOのAminaとの対談をお届けする。

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自分の出産に主体性を持つことの意味。                                                                  

――イダさん、あなたの経歴にとても興味があります。Clueを始める前は母国デンマークでお父さんが経営していたバイクショップを手伝っていたそうですね。

イダ・ティン(以下、イダ) 私がどうやってモーターサイクル(バイク)の世界から女性のサイクル(周期)の世界へ入ったかを知りたいんですね(笑)。

そもそもは、(子どもの人数や出産の時期を考える)家族計画にはどうしてイノベーションが生まれないのだろう、と疑問を持ったことがきっかけでした。16歳から異性と付き合い始め、妊娠しないように気を付けていたので、自分自身にとって排卵のサイクルを知るのは大切なことだった。

それに、子どもの頃から両親とバイクで世界中を旅して各地の女性の生き方を見てきたから、女性たちが自分の出産に主体性を持つことは、自分の人生をどう構築するかを決める本当に軸となる部分だと感じていたんです。

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幼少期から両親とバイクに跨り、旅に出ていたというイダ・ティン。旅を通して世界の女性の生き方を目の当たりにしてきたという。photography: courtesy of Ida Tin

人間は月に降り立ったし、インターネットだって発明したのに、女性が妊娠しやすい日を知る方法がないなんて。もし簡単にそれがわかれば、世界が変わる。それなら私が作ろう、と。

私は医師でも、エンジニアでもなく、起業家になるために必要な技術はないけれど、アイデアだけはありました。本当はハードウェアを作りたかったんです。唾液中のホルモンを測定することで、生理の周期を正確に把握できるというもの。自分の排卵日を知れば、いつ妊娠しやすいのかが自分でわかる。

一緒に作ろうと言ってくれる人との出会いがあって、その後にもう1人、さらにもう1人と出会い、4人で会社をスタート。ハードウェアを作るのは大変なので、まずは生理を記録できるアプリを作ってユーザーを獲得し、市場を把握したらどうかというアイデアが出ました。それから10年、生理周期を管理する「Clue」はFDA(米食品医薬品局)に登録された世界初のデジタル避妊デバイスになったというわけです。

――あなたは周囲を巻き込んでいくのが得意なんですね。仲間を集め、モチベーションを高めて、チームを作っていく。

イダ そうかもしれない。起業したい人は、まずは難しい課題に取り組むのがいいと思う。世の中の小さな問題を解決するために起業するのも、大きな社会問題を解決するために会社を興すのも、仕事という点では変わりはない。けれど、より大きな課題に取り組むほうが、同じように考える人たちが集まり、仲間になってくれやすい。みんな世の中にインパクトを与えるようなことに取り組みたいから。私の場合もそう。みんな大きなストーリーの一部になりたいものですよね。

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イダ・ティン 起業家、作家。デンマークで生まれ、家族とともに世界中をバイクで周遊。その時の経験をもとに2009年に執筆した『Direktøs』はデンマークでベストセラーに。13年、ドイツで仲間とともにClueを共同創業。https://helloclue.com/

――2016年にフェムテックという言葉をつくった時のことを教えてください。サンフランシスコで行われたテックカンファレンスに参加していた時のことだそうですね。

イダ 女性の健康に関する討論に参加することになり、ほかの女性パネリストたちがどんな言葉で自分の活動を表現しているかを事前にリサーチしました。するとみんな女性の健康とテクノロジーという近いフィールドで活動しているのに、用語はバラバラ。共通の用語があれば 活動に関心を集めやすくなるし、投資を得やすくなる。とはいえ私が勝手に用語を作ったら、気に入らない人がいるかもしれない(笑)。だから、用語があったほうがいいと思う? と聞いて回ったら、みんな「それはいい考えだね」と言ってくれたんです。

金融(finance)とテクノロジー(technology)を合わせたフィンテック(fintech)や、教育(education)とテクノロジーを合わせたエドテック(edtech)という言葉がすでに存在していた。それなら、女性(female)と合体したフェムテック(femtech)が一番シンプルだと考えていました。

そして、ほかのパネリストに「何がいいと思う?」と尋ねたら、誰かが「フェムテックはどう?」と言ってくれて。「ええ、私もそう思ってた! じゃあ、これでいこう」と話がまとまったんです。

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文化は違ってもアウェアネス(意識)は共有できる。

「フェムテック・フェス!」は、もともとはフェルマータCEOでBWA Award 2021のアワーディでもあるAminaが仲間とともに始めたイベントだ。女性の抱える健康課題は国境を越える、まだフェムテックという言葉が知られていない日本でも必ずニーズはある──そんな思いから始まり、本年で4回目の実地開催となった同フェスには、3日間合計で過去最多となる5000人以上が来場した。

フェムテックへの関心の高まりをうかがわせた今回のイベントを通し、Aminaとイダ・ティンの目に映ったフェムテックの未来とは?

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――Aminaさんは初めてフェムテックという言葉を聞いた時のことは覚えていますか。

Amina 縁あってスタートアップを支援する会社で働き始めた2017年には、すでにその言葉があったと思います。ただ、ショックだったのは、テックという言葉が使われる市場に対しては巨額の投資が行われていたのに、当時フェムテックはほとんど注目されていなかったこと。農業のテクノロジー化や空飛ぶ自動車といった分野への投資は人気がある一方で、フェムテックの会社は10万ドルを集めるのに苦労している。この分野にニーズがあることは明らかなのに、なぜ投資がないの? と疑問でした。だからこそ、ここにビジネスチャンスがある。そう感じていました。

――イダさんはフェムテックはジェンダーの架け橋になると語っていらっしゃいますが、それだけではなく、文化や宗教の架け橋にもなると思われますか。

イダ ええ、そう思います。女性たちは異なるニーズよりも、共通のニーズのほうが多い。製品を成功させるには各文化に適応する必要があり、たとえばエジプトで妊活をサポートする場合、インドやドイツで行うのとは感覚が違うでしょう。

けれども根底となる技術や教育は共通です。文化にフィットさせるためにちょっとした工夫をすればいい。女性の健康の課題に対するアウェアネス(意識)は共有できるし、テクノロジーがあればそれをシェアすることができる。

ちょっと話題がそれるけれど、ビジネスの成功の定義が変わり始めていると思いませんか?

Amina そう思います。私がベンチャーキャピタルにいた当時、成功の定義はとても狭く、利益を出せば成功だと考えられる傾向がありました。その意味でフェムテックはとてもおもしろい分野です。どの製品もサービスも、重要な課題を解決したいという思いで作られている。社会課題の解決という点で、フェムテックは先駆者だと思う。

イダ その通りですね。

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Amina 千葉県生まれ。タンザニア、日本、英国で育ち、ドイツの大学で生化学を専攻。東京大学大学院を経て、2017年、ロンドンの大学院で公衆衛生学博士を取得。17年に帰国し、シンクタンクやベンチャーキャピタルに参画。19年、日本で初のフェムテックイベント「Femtech Fes!」を開催したことをきっかけにフェルマータを創業。フィガロジャポンBWA Award 2021 Awardee。https://hellofermata.com/ 

Amina 私の父はマレーシア人で母は日本人、小さい頃はアフリカで育ちました。また、パレスチナにも友人がいたので、難民キャンプに訪れたこともあります。

難民キャンプや男性が周りにいる時にフェムテックの話はしなかったのですが、ある日、その友人の家に招かれたんです。リビングで出会った彼女のお姉さんとお母さんが私の仕事に興味を持って。少しずつ、少しずつ、説明をしてみた。すると、友人のお姉さんたちが近所の人たちに「この女性、すごくおもしろい話をしているから、ちょっと来ない?」って。最終的に20人ほどの女性がリビングルームに集まって、さまざまな話をしました。

その時実感したのは、文化の違いや宗教の違い、規範の違いは確かにある。でも心身の健康課題という根本的なニーズはどこも一緒で、話し合える環境をどう作っていくか、ということ。

イダ そうですね。フェムテックはグローバルでもあると思う。だからみんなで協力して取り組むことで、そうした場所でも何かできるんじゃない? 後押しをしてやることで変化が起きる可能性もある。

Amina  ええ。まさにイダが「フェムテック」という共通言語をつくって私たちを強力に後押ししてくれたおかげで、日本のフェムテックはとても広がりを見せていますよ。

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――いまフェムテックは広がりをみせています。フェムテックが浸透したその先には何があると思いますか?

イダ まだすべきことはたくさんあるので、"ポストフェムテック"がこないことを願っています。女性とテクノロジーは出合ったばかり。将来的には、フェムテックは予防医療や精密医療の世界にまで広がり、もっと私たちの生活に密着したものになっていくと思う。

Amina 私たちのチームでも、よくポストフェムテックの話をします。私たちが目指すのは、女性の健康に関わる製品やサービスがフェムテックという言葉を使わずとも簡単に手に入る、そんな時代です。

イダ 私もそんな時代がくることを願っていますが、生物学的に特有のニーズもあるから、フェムテックという言葉は残ると思う。ただし、言葉の意味が変わってくるんじゃないかな。

Amina そうかもしれない。いまはフェムテックという言葉を使う人たちが自ら定義を限定してしまっている気がします。本当は明確な定義などないのだから、一緒に定義を広げていってくれればうれしいです。

イダ 広げていくとともに、深めていきたいですよね。フェムテックは確実に変容しているし、大きく変化しています。

Amina そう。20年、50年後に子どもや孫が私たちに「まだそんな古い言葉使っているの?」と言う日が来るんじゃないかな、と思っています。

ここ数年、日本でも大企業がフェムテック分野への新規参入や投資に乗り出していますが、当初は女性だけのチームを組んで何か考えなさい、という空気だったのが、最近は性別を問わずにチームが組成されるようになってきました。

イダ それは先進的ね。日本に学ぶべきこともあると思っています。日本では政府がイニシアチブをとってフェムテックに力を入れているとも聞きました。ドイツにはないことだから、とても刺激的。Aminaがドイツに来て政府の人たちに話をしてくれませんか?(笑)

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――フェムテックやフェムケアをはじめ、いま自分が抱える課題を表面化して起業したいという女性が増えているように感じています。彼女たちにメッセージをお願いします。

イダ 一番重要なのは、私たちは課題が何かを知っているということ。それを否定する人もいるかもしれませんが、市場があると考えるのなら、どうか自分を信じてほしい。

Amina 自分がアクションを起こしたら、広い意味でインパクトに繋がるという経験をしてほしいと感じます。自己効力感が大事。自信を持つためにも、ぜひチャレンジしてみてください。

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photography: Mirei Sakaki text: Atsuko Koizumi

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