「虎に翼」が好評の小林涼子に聞く、自分らしいキャリアの耕し方。
Society & Business 2024.05.17
NHKの連続テレビ小説「虎に翼」で、主人公・猪爪寅子が通う明律大学女子部の先輩、久保田聡子を好演している小林涼子。
俳優としてキャリアを重ねる一方、2021年にはAGRIKO(アグリコ)を起業。都心のビルでアクアポニックス(※)、農業と福祉の連携など社会課題解決を目指す都市型農業にも取り組み、昨年にはフィガロジャポン BWA Award 2023を受賞した。今年4月からはJ-WAVEの新番組「EARLY GLORY」のメインナビゲーターに就任し、ラジオパーソナリティという肩書も加わった。多忙な中でも果敢に自分らしいキャリアを切り拓いている彼女が大切にしていることとは?
※水産養殖と水耕栽培を組み合わせた循環型生産システム。魚などの排泄物が微生物に分解されて植物の養分となり、浄化された水が再び魚の水槽に戻る仕組み。
アグリコが展開する都市型農園のAGRIKO FARM(アグリコ ファーム)。現在、世田谷区新町と品川区東五反田の2カ所で、ハーブや野菜、エディブルフラワーの栽培、淡水魚の養殖などに取り組んでいる。
―「虎に翼」が好調です。寅子たちを見守る先輩・久保田聡子役にどんな印象を持っていますか?
久保田役を、皆さん好意的に受け止めてくださって良かったです。全国どこへ行っても「見たよ!」と声をかけていただくので、朝ドラはこんなに注目されているんだなぁと改めて思いました。
撮影は昨年10月からでしたが、最初に久保田役をもらった時、台本には「〜〜だ」「〜〜である」「〜〜したまえ」みたいなセリフがすごくあったので、正直「この役がどうして私に?」という疑問もあったんです。これまでもうちょっと、はかなかったり、哀しかったり、切ない役が多かったので、闘う女性みたいなイメージのある久保田をどう演じればいいのか、最初はすごく悩みました。
でも、監督とお話するなかで、男性への憧れもどこかにあって、一生懸命虚勢を張ってがんばらなくてはと思ってはいるけれど、ふとした瞬間に女性の一面も出てしまうバランスがあるといいね、と言われていたので、堂々としたリーダーであり、「後輩のみんなを守らなくては」というお父さんのような気持ちでいる一方、女性的な感じもうまく出るように意識しました。
「虎に翼」で小林さんが演じる久保田聡子。頼もしく凛々しい姿がSNSでも話題だ。©NHK
―以前、アグリコの取材をした時に、「みんなのお父さんになる」と発言されていたことを思い出します。涼子さんの現在地と久保田役は重なりますか?
そうなんですよ! いざ演じてみると、「これ、起業家としての私っぽいな」と思う瞬間がいっぱいあったりして(笑)。そういう意味では、本当にスタッフの皆さんは俳優のことをよく見ていますよね! 私自身、自分でこういうキャラだとは思っていませんでしたが、会社でも一緒に働いている社員を守らなきゃ!みたいな気持ちは当然あるし、自分が負けちゃいかんという気持ちもあります。女性が増えてきたとはいえ、起業家の世界もまだ男性社会で、私もそこでいま開拓中ですから、久保田と通ずるところはあるだろうと、一生懸命共通点を見つけていきました。
―4月からJ-WAVEの日曜朝の新番組「EARLY GLORY」のナビゲーターも務めています。俳優、ラジオパーソナリティ、起業家とご多忙だと思いますが、3つのキャリアを掛け持ちするコツはありますか?
うーん、なんでしょうね。24時間しかない1日を、2つないし3つの仕事にわけていくと、寝る時間を削らないと成立しないことは結構あって、大変だなと思う瞬間ももちろんあります。コツは特にないのですが、ともかく"流される"ようにしています。踏ん張ってがんばりすぎてしまう人ほど持続可能でなくなってしまうところがあると感じているので、とりあえず流されていくことはとても大切。だから適度に、でいいんです(笑)。
J-WAVEでも最初、先輩ナビゲーターさんにあいさつ回りをしましたが、みんな「楽しんで〜!」って言ってくれるんですよ。サッシャさんもDJ TAROさんもLiLiCoさんも、みんな「がんばって!」でなく、「楽しんで!」って。ナビゲーターを長く経験すると、うまくいく時といかない時ときっと両方あって、だからこそ皆さんそう言ってくださるのかな、と。私も「楽しみます!」と言えるようになりたいです。
---fadeinpager---
―そういう考え方をされるようになったきっかけは、やはり農業と出合ってからでしょうか? 涼子さんの人生のターニングポイントになっている気がします。
そうですね。私は20代前半、疲れてしまった時、父の友人の新潟の棚田に連れていってもらって米作りを手伝い始めましたが、そこから農業で起業することになるなんて想像もしていなかった。
いま、その棚田の横の耕作放棄地でアスパラガスを育てています。一昨年土作りをして、去年が植え付けで、今年初めてアスパラの芽がニョキニョキ出てきて、めちゃくちゃうれしかった! アスパラの株は約10年持つので、10年耐えうる土を作らなきゃいけないんです。今日の今日できることじゃない。
一方で、人は「今日植えたら今日芽を出したい」と焦りがち。でも根が張らないと上には伸びないということは、農業を通してだんだん理解するようになりました。しかも、芽が出てもまだ成功じゃない。これからおいしくならないといけないから。そう思うと道のりは長〜〜い!って思います(笑)。願わくば、私もおいしいアスパラになれるようにしっかり根を張りたいです。
―BWAでも従来の価値観に縛られず、自分らしい働き方を創造する女性たちを応援しています。皆さんにメッセージを。
起業するかどうかすごく悩んでいた時、相談した先輩から「やっちゃえ!」ってアドバイスされたんです。なんでそんな気軽に言うんだろう......と最初はすごく腹が立った。でも、「涼子ちゃん、やっちゃう人にしか成功はないんだよ。だからやるしかないよ」と言われて、本気で私の背中を押してくれていることがわかって、そうだよなぁと思って起業しました。
起業して今年で丸3年になりますが、会社をつくって人と一緒に働くのは、大変なことが多いです。自分の選択が果たして正解だったのか、自分でもわからなくなる。先輩方はどうなのか知りたくて、先日、起業家の方へのインタビューで「いままで選んできたことは正解だと思いますか?」って思わず聞いちゃいました。そうしたら「わからない。だけど正解にするしかないし、正解にしていくんだよ」と力強い答えをいただいて、背中を押してもらいました。これもある種の「やっちゃえ!」ですよね。
―確かに一歩前に踏み出すことが不安ですし、勇気が要りますね。
そう。でも現状に不満があったり、何か違うと感じていたらやるしかない。私も怖かったです。この道はどこへ行くのだろう、という楽しみと不安が両方あります。でも、もう選んだ道を正解にするしかないから、歩くしかない。
疲れてしまった20代に、本線の俳優業から脇道にそれて出合った農業体験が、いまキャリアの本線になって戻ってきた。本当に何が自分の人生を変えるかはわからない。人生に無駄なことは何もないし、思わぬ出会いが自分の人生を変えるかもしれない。だから、日々の自分の選択を大切にしたほうがいいし、心に素直に楽しんだほうがいい。
私自身、農業と俳優業を好きな気持ちは起業する前と後で何も変わっていませんが、20代よりいまの自分のほうが好きだから、この選択はいまのところ正解のような気がしています。未来はまだわからないけれど、自分の選んだ道を正解にしていきたいと思っています。
www.agriko.net
【あわせて読みたい】
高齢者も障がい者も取り組める、バリアフリーな農業のかたち。
BWA Award 2023 : 既存の価値観にとらわれず、新たな選択肢を自ら創り出す女性たち。
"ビル産ビル消"ファーム・トゥ・テーブルを、都会で楽しむ。
text: Mitsuko Iwai