自分らしく生きることで持続可能なまちづくりを目指す、音声ガイドサービス「おともたび」。
Society & Business 2025.10.15
日本各地で身の回りや地域の社会課題解決に向け、起業にチャレンジする女性たちを支援しようと、2024年から始まったユニコーン創出支援事業(女性アントレプレナーのための地域密着型支援事業)の「GIRAFFES JAPAN」。経済産業省が主導し、全国8地域で展開するこのプログラムでは、ネットワーキングイベントやビジネスプラン発表会などをとおして、さまざまな女性起業家たちが、高い視座で未来を見ながらともににビジネスを展開していくコミュニティを形成している。
今回は「GIRAFFES JAPAN」の中から、フィガロジャポンBusiness with Attitude(BWA)が注目する女性起業家のキャリアの背景にある物語を紹介。
土地の魅力に魅せられてーー移住をきっかけに選んだ起業の道。
スマートフォンを利用して、その地域に詳しい地元住民によるエピソードやおすすめスポット、お店情報などを知ることができる、位置情報連動の散策型音声ガイドサービス「おともたび」。サービスを立ち上げたのは、2024年のGIRAFFES JAPAN関東地域のビジネスプラン発表会、RED TOKYOにて、ファイナリストに選ばれた青木真咲。"移住"がきっかけとなって起業し、今年で8年目を迎えた。

大阪府出身の青木は新聞記者時代に転勤先となった静岡で暮らすうちに、土地の魅力に惹かれ移住を決めた。
「地方都市で暮らすのは人生で初めての経験でした。それまでは地方都市に対して不便・貧しい・何もなくて退屈というイメージを漠然と抱いていたのですが、全く逆でした。豊かで暮らしやすく、どこにいっても歴史と文化があることに感動し、この場所で暮らしたいと強く思いました」
静岡で暮らすためには会社を辞めるしかない。そう決意した青木は転職先も決めずに退職を決意。
「記者だからこそ聞くことができた地域の方の話は私に視点の転換を与えてくれました。この経験を活かして地方のまちの魅力を多くの人に伝えたいと考え、仲間と共に音声ガイドサービスを立ち上げることにしました」
参考にしたのはアメリカ・サンフランシスコにある囚人島・アルカトラズの音声ガイドだ。
「現地ツアーでは、牢獄の穴とかシミが脱獄のために掘られたものだったり、血痕であったことなどが音声で解説され、ドラマチックに当時の情景が想像できたんです。音声ガイドはミュージアムなど屋内で使うものと思い込んでいましたが、日本の地方を訪ねながら歴史や文化のストーリーを音声で伝えられたらと思いつきました」
スマホ上でオリジナルマップと音声ガイドを連動させたウェブアプリ「おともたび」は、旅先で地域に詳しいガイドが一緒に歩いてくれるような体験ができる。GPS機能も連動しており、音声スポットに近づくとガイドが自動再生される仕組みだ。
「声の主は実在する地元民です。既成のパンフレットには載っていない、地元民ならではのとっておきの情報や方言を楽しみながらまちを好きになってもらうのが狙いです」
全国の観光地におけるガイド人材不足、急増するインバウンド観光客への対応、地域独自の歴史文化の語り部の高齢化や減少など、さまざまな課題に対応できる「おともたび」。
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自分のまちを語れるようにすることが、地域の未来に繋がる。
現在サービスを提供しているのは静岡県を中心に北陸・近畿・九州など全国20カ所におよぶ。青木がこのアプリを開発した背景には、全国の観光地におけるガイド人材の不足がある。
「地方都市における人口減少や経済的な衰退が問題になっている現在、地域が存続していくためにはどうしたらいいのか。持続可能な地域であり続けるためには自分たちの土地を愛し、自ら語れる人を増やすことが大切だと考えます」
「おともたび」のコンテンツを作るのはあくまでも地域に暮らす人々。観光協会や旅館といった観光事業者をはじめ、教育機関にも対象を広げているのが特徴だ。

「行政や民間企業が子どもたちを集めてワークショップを開催するケースもあります。いずれにしても子どもたちが自分が暮らすまちの魅力を体感し、自ら語れるようにすることが地域の未来に繋がるというのが共通理念です」
子どもたちが近所の商店街の店主に話を聞いた内容が音声ガイドとして活用されるなど、おもいおもいにまちの魅力を発信しているという。
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誰でも気軽に作れるからこその、「おともたび」の可能性。
全国有数の温泉街である伊豆・修善寺地域では、おともたびを導入して3年が経過。外国人観光客に向けて多言語での音声ガイドを提供したり、サービスを使うと宿泊チケットが当たるポイントラリーなどを実施している。おともたびの利用データを分析することで、これまで旅館ごとにしかなかった顧客データが、地域として蓄積された。たとえば国籍別では年間で30か国以上から来訪があり、国内では意外にも北海道・東北地域からの来訪が、九州からの5倍以上ということがわかった。
そんな「おともたび」の最大の魅力は、ガイドの専門家ではなく、地域の専門家である地元民が誰でも気軽に作れること。
「猫の島として人気の大分県佐伯市にある深島では島民11人と約60匹の猫が暮らしています。島には多い日で数百人が訪れるのですが、観光に携わっているのは一組の夫婦のみ。多くの人に島の魅力を伝えるため、『おともたび』を導入いただきました」
猫の写真を撮って帰るだけの観光客に、一歩踏み込んで島民と猫の関係性を伝えたい、そんな思いから島のストーリーを発信している。

「おともたび」のプラットフォームを活用し、観光以外にも建設中の現場や工場見学などへサービスの対象を広げている。
「大手ゼネコンでは建設途中の現場案内を職人さん自らが音声ガイドで紹介することにより、事業者やテナント業者など連日訪れる見学者への説明を効率化しています。また営業人材が不足している自動車ディーラーは、試乗への同行やルート案内をタブレット端末1台で対応しています」
さらに10月からは、スポーツチームへの導入が始まり、最寄り駅から試合会場までの道のりに選手たちの「声」を設置して、公共交通機関の利用を呼び掛けながら、新たなファンとの接点づくりのコンテンツとして活用されている
自分の気に入った場所に暮らしながら、全国の土地の魅力を発信する手助けをしている青木。誰もがどこに行っても、その場所のリアルな魅力にアクセスできるような旅の形を作っていきたいと話す。
「便利・きれい・最新という言葉に惑わされて、地方は東京を追いかけてしまいがちです。地方の駅が、どこかで見たような景色になっているのはとても残念。その土地固有の風景は一回失うともとには戻らない。だからこそ自分のまちの宝物を自慢できる人を増やしたい」
自分が心地よく暮らすことで仕事のパフォーマンスも上がるーー青木はそう信じている。
「働く場所は依然として東京に偏っていますが、自分自身が持続可能でいられるまちで暮らし、働けるような社会になるといい。ビジネスも規模を拡大することだけにとらわれず、身の丈にあった無理のないやり方で続けていきたいと思っています」
text: Junko Kubodera