美しい世界の舵を取る女性たち。【クラランス 小山順子】

Society & Business 2025.11.28

フィガロジャポンBWAアワード2025のテーマは「楽しみながら舵を取る女性たち」。美しい世界を創るメゾンやブランドを率いる女性リーダーが、事業を通して見据える、美しい世界とは?

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クラランス代表取締役社長
小山順子

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Career
1988 津田塾大学卒業後に渡欧、英国の金融機関に就職

1994 INSEAD(欧州経営大学院)でMBA取得。P&Gスイスに勤務
1998 帰国後、カルティエジャパンでマーケティング&コミュニケーションディレクターに就任
2005 LVMHグループ ヴーヴ・クリコジャパン代表取締役社長に就任
2011 エスティローダージャパン取締役、フェラガモ・ジャパン代表取締役を歴任
2022 クラランス代表取締役社長(現職)

ー現職までのキャリアパスを教えてください。

キャリアの出発点は投資銀行。企業のM&Aを担当し、イギリスにてファイナンスの視点から社会全体のお金の流れを俯瞰する日々の中で、「数字の向こう側にある企業そのもの」にもっと深く関わりたいという思いが芽生えました。自分に足りないのはマーケティングの視点だと感じ、フランスのINSEAD(欧州経営大学院)へ。その後、P&Gスイスに転職しました。ここでの経験が、私のビジネスパーソンとしての土台を形成したと思います。この確かな基盤があったからこそ、本当にやりたかった「ブランドビジネス」へと歩を進めることができました。

ー金融からマーケティングに転身したきっかけは?

ファイナンスの世界では、常に数字と締め切りに追われ、徹夜が当たり前という生活を送っていました。私たちの役割はあくまでもお客様のアドバイザーであり、そこには冷静さとスピードが求められます。そんなある日、イギリスのアクセサリーブランドとのM&A案件を担当する機会があり、テムズ川沿いの本社を訪れました。そこでは、穏やかで温かいチームが一体となって製品を生み出している光景が広がっていたのです。

「自分たちの手で最良のものを作り、世の中に届ける」ーーその姿に強く惹かれました。数字の世界から"創る"世界へ。自分たちが主体となって価値をつくり出す喜びを感じた瞬間が、私のキャリアの転機になりました。

ーその後、カルティエを経て、LVMHグループのヴーヴ・クリコで9年間ジェネラルマネジメントを経験されています。そこで得たものは?

もともとラグジュアリーやビューティの世界に共通する"美しい世界を創造する"という姿勢に、強く惹かれていました。カルティエでは、ブランドが持つ哲学をどう現代に伝えるかを考える日々でした。LVMHグループのヴーヴ・クリコも、クリュッグも、いずれも日本でいえば江戸後期創業という長い歴史を持つメゾン。創業者の精神をいかに現代に息づかせるか、日本市場でどのようにエレガントなストーリーを展開するかを探ることが、私の情熱の源になりました。

その後、ビューティやファッションブランドでの取締役を経て、クラランスへ。ここではマーケティングに生かせる豊富なデータが揃うと同時に、自然への深い愛と社会貢献の姿勢が感じられ、毎日ワクワクしながら仕事に取り組んでいます。

お酒とビューティの世界に共通しているのは、"幸せを届ける仕事"という点。シャンパンやワインは、飲むだけでなく、人と時間を共有し、贈り合うことで喜びを分かち合うことができます。

ビューティの世界も同じで、カウンターで楽しそうに商品を選ぶお客様の姿や、スキンケアやメイクを通して自分自身の美しさに出会い、幸福感に包まれる瞬間に立ち会うことができます。新しい商品が誕生する時には、全社員がワクワクに満たされる。それらのクリエイティブな高揚感は、日常の中にある"豊かさの瞬間"ですよね。

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クラランスが保有する、南フランスの自社農園「ドメーヌ・クラランス」。アルプスの中央、標高1,400mに位置し、大気や土壌の汚染のない自然環境でコスメに必要な植物が栽培されている。

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ー仕事におけるこだわりや信念は?

経営者がすべてを同時に把握することはできません。だからこそ、私の役割は指揮者であることだと思っています。

オーケストラに、バイオリニストやチェリストといった専門性を持つ演奏家がいるように、ビジネスのチームもそれぞれが異なる経験と強いパッションを持ち寄っています。私は、彼らひとりひとりの声に耳を傾け、そこから得たインプットを自分の中で整理し、分析し、最適な決断を導き出すことを大切にしています。

たとえ未知の業界であっても、現場のエキスパートの知見を尊重し、それをもとに判断を下す。それこそが、経営者としての私の信念です。

ー経営者として、"チームワーク"を大切にされている。その原点は?

中学生の頃に参加したクラス対抗のダンス大会まで遡ります。8人ほどの仲間と一緒に振付や衣装を考え、アイデアを出し合いながら最終的にひとつの作品をつくり上げていく。夢中で取り組むうちに、「チームで何かを生み出すことがこんなに楽しいんだ」と心から感じた瞬間がありました。その時の高揚感は、いまも私の中に息づいています。ビジネスの現場でも、さまざまな才能や感性が重なり合い、新しい価値が生まれていく。その瞬間こそが、私を突き動かしているのだと思います。

ー海外でも長く働いてこられた小山さん。グローバルブランドとして、日本のチームを率いる上で意識していることは?

イギリス、フランス、スイスで約9年間働いた後に日本へ戻ってきたとき、日本のチームの"コミットメントの高さ"に驚かされました。たとえばスイスでは、ワークライフバランスが非常に徹底しており、夕方4時半にはオフィスが静まり返ります。私自身、当時の部下から「順子にはプライオリティが多すぎる」と指摘されたこともありました。限られた時間の中では、プライリティ順に上位3つしかやらない、という判断をするのが当たり前の文化なのです。

一方で、日本のチームはプライオリティ10のタスクを、きっちり10すべて仕上げてくる。その真面目さ、責任感、そして結果へのこだわりには本当に感銘を受けました。ただし、外資系企業で働く上では、グローバル基準を理解しながらも、日本ならではの価値観をどう表現するかが重要です。世界の中で「日本のチームだからこそ言えること」「日本のマーケットだからこそできること」を、常に議論し続けています。その対話の積み重ねこそ、グローバルの中での日本チームの存在価値を高める鍵だと考えています。

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ー美しい世界をつくるために、企業として取り組んでいることを教えてください。

2024年に70周年を迎えたクラランスは、南フランスに新たに約115haの土地を取得しました。2016年に自社農園「ドメーヌ・クラランス」が誕生してから、持続可能な農業に着手しています。将来的には製品原料の3分の1の植物を自ら育てることを目標に、土壌づくりから植物栽培まで責任を持って取り組んでいます。2017年から18種の植物を自然農法で育て、そのうち4種は「ドメーヌ シリーズ」としてすでに製品化されました。クラランスにとって植物はブランドの核。毎年400種類以上を採取し、民族植物学者とともに世界を巡って研究を重ね、現在208種を原材料として使用しています。

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自社農園「ドメーヌ・クラランス」では、汚染のない土壌を馬を使って耕すなど、リジェネラティブ農業(環境再生型農業)といった環境に負荷をかけない伝統的な農法が行われている。

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クレンジング ミセラー ウォーター(左)と、ベルベット クレンジング ミルク(右)は、100%オーガニック栽培を実践する「ドメーヌ・クラランス」で採取された高品質な原材料を用いている。

実は「持続可能性」や「地球へのインパクト」という言葉が広く知られるずっと以前から、クラランスの創業者ジャック・クルタン・クラランスはその理念を掲げていました。いまから70年前、彼はすでに"自然の力を信じる"という信念を持ち、科学的な添加物を極力使わないことを提唱する先駆者でした。医師を目指していた彼が、研修医時代に出会ったのは、手術後の傷跡を気にして涙を流す女性患者。その姿をきっかけに、「もっと女性に寄り添う医療を」との想いが芽生え、やがて病院では解決できない女性の悩みに応えるため、通称"美の治療センター"、アンスティテュ クラランスを立ち上げました。それがクラランスのはじまりです。植物オイルとリンパドレナージュを軸にしたスパから出発したブランドは、以来ずっと「女性の声に耳を傾け、地球環境に寄り添う」ことを理念としてきたのです。この創業の精神は、70年を経たいまもクラランスのミッションとして息づいています。

こうした継続的な取り組みが評価され、2025年には「B Corp」認証を取得しました。150カ国に広がる全子会社が一年をかけて審査を受け、持続可能性への姿勢が正式に認められた形です。創業者の孫娘であるヴィルジニー・クルタン・クラランスが、現在マネージングディレクターを担っていますが、彼女は「自分たちはポジティブカンパニーでありたい」と言います。それは、創業の姿勢でもある"地球にポジティブなインパクトを与える"ということなんです。

ーB Corpの認定にあたって、評価されたことはなんですか?

B Corp認証では、企業が社会的責任をどのように果たしているかが問われます。クラランスでは、CO₂の削減をはじめ、20年以上にわたり、慈善団体と協働し、貧困地域の子どもたちに給食を届ける活動を継続してきました。さらに、私たちは「T.R.U.S.T」という独自の制度を導入しました。ブロックチェーン技術を活用し、製品パッケージの外箱にあるQRコードを読み取ると、原材料がどこで採取され、いつ工場に届きテストされ、いつ出荷されたものかを追跡できる仕組みです。お客様に対して"正直でありたい"という想いを、テクノロジーを通して可視化しています。

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クラランスT.R.U.S.T.のウェブサイトに購入した製品番号を入力すると、製品がいつ、どこで作られたのか、どんな植物が使われているのかを確認することができる。

国際的な支援活動に加え、地域に根ざしたCSR活動にも力を注いでいます。毎年、本社から世界共通のテーマが届き、各国のチームが地域に即したプロジェクトを展開します。今年、日本チームが取り組んだのは、福島に暮らす身体障がいのある方の雇用を支援する「ふくひまプロジェクト(福島ひまわり里親プロジェクト)」。社員の提案から始まったこの活動では、六本木オフィスに104本のひまわりが咲きました。里親となってひまわりを育て、採れた種をまた福島に送ることで、種から油を採取し、その油が福島県を走るバスの燃料になるという循環型の取り組みです。福島での雇用機会の創出に加えて、社員の絆も深まる、とても有意義なプロジェクトでした。

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ふくひまプロジェクトでは、小山も含めた社員が8つのチームに分かれ、オフィスや自宅でひまわりの花を栽培。12月には福島県に収穫した種を届けに行ったという。

ーあなたが考える"メティエダール"について、聞かせてください。

歴史あるブランドにとってのメティエダールとは、創業者の想いを絶やさずに受け継いでいくことだと思います。クラランスの原点には「地球にポジティブなインパクトを与える」という信念があります。その想いを支えているのは、植物に関する深い知識、成分を最大限に引き出す技術、そしてリサーチ&ディベロップメントの緻密なクオリティ。それらすべてが、まさに"匠の世界"と呼べるものです。ワインやシャンパンのように、職人の技と情熱が世代を超えて受け継がれていく。その連綿とした手仕事の精神こそが、クラランスのメティエダールの真髄だと思います。私の役割は、個々の技と情熱をひとつにまとめる指揮者であること。チームの力が響き合うとき、本当に美しい製品と夢が生まれるのだと感じています。

クラランス
050-3198-9361(カスタマーケア)
https://www.clarins.jp/

text: Miki Suka

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