川村明子のコペンハーゲン滞在記。#01 進化したノーマと北欧の色彩を求めてコペンハーゲンへ。

Travel 2020.02.22

「パリ街歩き、おいしい寄り道」を連載中のパリ在住フードライター、川村明子がデンマークの首都コペンハーゲンへ。第1回では、8年ぶりとなるコペンハーゲンでの街歩き、そして旅のメインイベントのひとつである「ノーマ」でのディナーを紹介。森の中を旅するようだったというそのメニューとは。


昨年の12月、コペンハーゲンに4泊5日で出かけた。
前回訪れたのは2011年の6月。
前年に「世界のベストレストラン50」ランキングで初めて1位に選出された「ノーマ(noma)」で食事をすることが目的の、1泊旅行だった。
パリでもノルディック料理の影響が見られるようになっていたなかで、料理人の友人が予約していたところに私は便乗させてもらったのだが、今回の旅行もまた、きっかけは友人からの誘いだった。
「明子さん。『ノーマ』、あんまり興味ありませんか?」
8月に帰国した時にフードエッセイストの友人、平野紗季子さんに聞かれた。
私がクラシックな店と料理が好きなのをよく知っていて、だから、彼女は様子を窺うように聞いたのだろう。
「うーん、あんまりないけど……でも行ったのがなにせもう8年も前だから、いま行ったら、どう思うかなぁ……」
「『ノーマ』、変わったんですよ! 一度閉店してから場所も移転して、いまは季節でテーマを設けて展開しているんです。秋から年内はゲーム(狩猟=ジビエ)なんですが、実は12月に予約をしていて……よかったら行きませんか?」

行こう、と決めるに至る過程で頭をよぎったのは、前回行った時のノーマの風景と、ハマスホイ(ハンマースホイ)の絵画だ。
前回のノーマでの食事は、ランチだった。
記憶に残っているのは、料理の味よりも、プレゼンテーションと外の景色までも含めた空間との一体感だ。
レストランの大枠となるインテリア、スタッフのコスチュームとエプロン、椅子の背にかけられた膝掛け、窓際に並ぶロウソク、窓の外に開ける石の色と海、ブルーグレーの空。目に映るさまざまな要素とその質感に、出てくる料理は溶け込んでいた。北欧を象徴するようなトーンで描かれたその世界観は、とても魅力的だった(ただそれゆえに、体験型レストランというか、一度体験したことで満足してしまったのだが)。
蘇ってきたノーマで体感した色の世界から、昨年の5月にパリのジャックマール=アンドレ美術館で開催された、『ハマスホイ展』で作品のなかに見た光を思い出した。
デンマークの光の色を肌で感じているなかで、ハマスホイの絵を観てみたい。
その思いが、最初は鈍い反応を示した自分をひょいっと突き動かした。

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いざ行くとなってから、「そうか12月ということはクリスマスシーズンだし、きっとクリスマスならではの、たとえばジンジャークッキーとかほかにも伝統菓子があるんじゃないかしら」と思わぬ特典に気付いて、俄然楽しみになってきた。

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DAY 1

出発当日。
パリでは交通機関の大規模ストが始まったばかりで、11時の便に乗るのに、だいぶ時間に余裕をみて6時にはタクシーを呼び、空港へ向かった。
デンマークはユーロ通貨圏ではないけれど、EU加盟国だから、パリから向かうのに出国審査はない。おかげでチェックイン後はスムーズに搭乗口へ行くことができる。

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飛行機は無事飛び立ち、そして、コペンハーゲンに到着。
パリからは1時間50分のフライトで、時差もない。
空港から市内へは地下鉄ですぐのようだったけれど、小雨が降っていたし、地下鉄の駅からホテルまでの距離感が掴めなかったので、タクシーでホテルに向かうことにした。
思っていたよりも近く、15分ほどでホテルに着いた。
今回の宿は「Hotel SP34」。ほぼまったく土地勘のないままに、いくつか行きたいとチェックしていた場所の間にありそうだ、と思い予約した。
幸い、すでに部屋は準備ができていたので、そのままチェックイン。
シンプルなインテリアで、湯沸かし器もついていて、使い勝手がよさそうだ。
よかった〜と安心して荷物を置き、ホテルの周辺を散歩しようとすぐに出かけた。

Hotel SP34
Sankt Peders Stræde 34, 1453 København K
tel:+45-3313-3000
www.brochner-hotels.com/hotel-sp34

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ホテルの並びにあるらしい、2015年発売の「フィガロジャポン」の北欧特集に出ていたレストランをのぞいてみようと思っていたら、もうなくなっていた。
そのレストランの経営だったカフェもなかった。
コペンハーゲンの街も、けっこう動きがあるのかもなぁと思いながら歩き始める。
地面が雨に濡れていることもあってか、あたりの薄暗さが午後2時半ですでに夕方の雰囲気だ。
それでもカラフルな街並みにウキウキした。

ひとつ目の角まで行って、曲がろうか迷ったところで可愛らしい店先が目に入りそのまま進んだ。

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目の前まで行ったら、店名「Sct. Peders Bageri」のレトロな字体に即、惹かれた。
外からちょっと見える店内には、女子しかいない。
イートインスペースに置かれているのはソファで、なんともコージーな雰囲気。
室内は暖かいのだろう。ショーウィンドウは水滴がいっぱいで曇っている。
あったあったシナモンロール、と興味津々でじっくり曇ったガラスの向こうを見ていて、なぬ?! と、あるものに目を止めた。

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チョコレートコーティングされたハート型にサンタがいる!
これはパンなのか? クッキーなのか? 柔らかいのか? 硬いのか? はたまた飾りなのか? 食べる用なのか?
気になる。
食べたいとは思わなかったけれど、手に取ってみたい。
店に入ることにした。

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曇りがないところで目にしたパンは、あまりにもレトロな風貌だった。
これはおいしいのだろうか……
でも、今回のコペン旅で最初に入ったお店だし、買ってみることにした。
例のハートのサンタも買った。
店内奥に小さな厨房があり、テイクアウト用にコーヒーも頼むとそこで受け取るように言われた。
私の後からもどんどんお客さんは入ってきて、店内ですでに寛いでいるお客さんもスタッフも、みんな若々しい。どうも人気店のようだ。

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帰り際に、ショーケースの内側の写真を撮ってよいか聞いてみると、どうぞどうぞ、と笑顔で答えてくれた。とても感じがいい。
旅行って、こういう些細なことからどんどん楽しくなっていくよなぁ。

Sct. Peders Bageri
Sankt Peders Stræde 29, 1453 København K
tel:+45-3311-1129
営)8時〜17時(月〜木) 7時30分〜17時(金) 8時〜13時(土)
休)日
www.instagram.com/sct.pedersbageri

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カメラを出すのをためらうくらいの雨の中、ニット帽をかぶっていたから傘はささずに歩き続けた。
外に出された、売り物の洋服を着ているマネキンがレインコートを羽織っていたり、キッチンがそのままお店になったようなクッキー屋さんがあったり、入ってみたい居心地のよさそうなカフェも何軒かあった。
ただ、どこもロウソクの灯りが本当に魅力的に見える、リキュールを垂らした紅茶が似合いそうな暗さだった。そこにはソファがやっぱりぴったりで、まさに寛ぎタイムを過ごすための場所なのだろうが、PCを持っていって仕事をするのは難しそうだ(寝てしまいそうだ)と思える、ほとんど夜の明るさだった。
おもしろいなぁ。この街の室内の演出、もっともっと見たいなぁと思いながら、友人と待ち合わせをしていたのでホテルに戻った。

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ホテルのロビーは、暖炉に薪がくべられ、広すぎない空間にソファが連なり、遠慮せずに気軽に座って寛げる感じがあった。
それで、友人を待ちながら、例のサンタを覗いてみることにした。

サンタ、笑ってる。そして、目が青い。

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これは伝統的なお菓子なのだろうか?
やってきた友人にも、さっそく見せた。
初めて会った友人の友人も、インパクトに驚いて、みんなで笑った。
買ってよかった。

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この夜が、この旅のメインイベントのひとつである「ノーマ」でのディナーだった。
17時の予約ということで、着替えて16時を過ぎたところでそろそろ行こうか、とホテルを出発。タクシーでも30分はかかるところらしい。

あたりはもう真っ暗だった。
15時半にはすでにほぼ暗かった。
これは、まったく未知の感覚だった。
頭で“日が暮れるのが早い”と理解していることと、実際に身体で感じるのとはだいぶ違う。
けっこうな衝撃だ。

タクシーの中で私は言った。
「こんなに日が暮れるのが早くて、夜が長いんじゃあ、そりゃあ北欧は出生率が高いわけだね」
「私も来た時、そう思った!」
と、コペンで暮らし始めて1カ月のマヤさんが声を上げた。私は続けた。
「わからないけど、でも、あまりに1日が短くて、健全な精神を保つためにはきっと政府は福祉を充実させる必要があるのだろうね。北欧は福祉がちゃんとしてるってその事柄だけ聞くと、へぇ豊かなんだねぇで片付けちゃうけど、なるべくして出来上がったんだろうなぁ、とこの暗さを目の当たりにしていま思った。パリでも、10月くらいから滞在し始めるとあまりに日が当たらなくて、朝は日が昇るのが遅くて、それが春になるまで続くし、鬱になる人がいるといわれるのに、いやぁ、これはなんかすごいね。前は6月に来たからわからなかった」
この日のコペンハーゲンの日の入り時刻を見てみたら午後3時45分だった。
翌朝の日の出時刻は8時46分。日照時間は7時間に満たない。
日の出時刻だけをみると、パリと変わらない。
対して、日が落ちる時間は1時間10分くらいコペンハーゲンのほうが早い。
日が暮れることでこんなにも、1日の終わりが迫ってくる印象を受けたことはない気がした。
だって、これじゃあ、おやつの時間はいったい何時なのよ?(ちなみにフランスでは16時です)
ヒュッゲというデンマークのライフスタイルを表す言葉を聞くようになったけれど、それが生まれた背景を、一定期間、体感してみたいと思った。

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タクシーは思わぬところで止まった。
そこは草原のような畑のようなところの入り口で、ビニールハウスが建っていた。

レセプションがここで、ウェルカムドリンクが渡された。
この夜は、もうひとり合流するメンバーがいたので、4人揃ったところでダイニングのある棟へ向かった。

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途中、テストキッチン()と思われるビニールハウスがあって、「ノーマ」のオーナーシェフ、レネ・レゼピの姿もあった。

通り過ぎたほんの一瞬に、キッチン内の適度な緊張感と躍動感が伝わってきて、ここはいいなぁ〜と好きになり始めていた。
8年半前は、レストランの扉を開けるとレネが立っていてゲストを迎えていたのだけれど、その時よりも、期待が膨らんだ。

*テストキッチン:メニュー開発や見直しのために、さまざまな料理を作る場所のこと。

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扉の向こうは、大げさじゃない、温かなダイニングの間だった。

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ここからデザートまで含め、全19皿の料理が運ばれてくることになる。
それは同時に、森の中を旅することだった。

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リンゴのサラダからスタート。リンゴの蓋を開けると、クワガタがいた。ブラックカラントと黒ニンニクを発酵させたもので作られたクワガタは、噛むとグジュっとした食感でニンニクが香り、本当に虫を噛んでみたらこんな感じなんじゃないかと思った。

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フレッシュなヘーゼルナッツの食感を初めて知った。
狩猟がテーマと聞いて、ナッツが主役の料理が出てくるとは思っていなかった。
クリやヘーゼルナッツといった木の実が繰り返し出てきたことで、森の風景が頭に浮かんだ。
獲物を探し、森の中で歩みを進めながら、木の実を拾っている狩人を想像した。
秋のフルーツをドライにしたものや、イノシシのスペックといった食材には、さらなる想像を掻き立てられた。

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鴨のハツのタルタルはくちばしに盛られていた。
こんなふうにレストランで、生き物を食料とすることをまざまざと突きつけられるのは初めての経験だった。

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デザートのワッフルは、別のサロンに移動して、サーブされた。
このワッフルがとても野性味のあるもので、森にある小屋の暖炉で焼かれたものを差し出されたかのようだった。

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最後まで森をさまよった気分で食事を終えた。
デンマークの狩場と、フランスのそれとでは生態系も異なるだろうし、そこで見る景色も違うだろうなぁと、見たことのない風景に思いを馳せた。

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厨房や、発酵食品庫、テストキッチンなども見学させてもらい表に出ると、すでにダイニングではその夜2回目のサービスが始まっていた。

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行きに通ってきた道を戻る時、なんだか、この道を通って元の世界におかえりなさい、とでも言われてるようだな、と思った。

つづく。

noma
Refshalevej 96, 1432 København K
tel:+45 3296 3297
営)17時〜24時(火〜金) 11時30分〜19時(土)
休)日、月
https://noma.dk

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photos et texte : AKIKO KAWAMURA

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