カレットのダム・ブランシュと、エッフェル塔。
火曜日、初めてエッフェル塔に登った。
けっこう近くに住んでいるし、週末のジョギングでも、ショートコースで済ませる時はエッフェル塔の周りを走っている。
そうじゃなくても、セーヌ川沿いを歩くのも橋を渡るのも好きで、そのたびにエッフェル塔を眺める。
でも、登ったことがなかった。
なぜって、エッフェル塔に登って見えるパリの景色は、エッフェル塔のないものだから。
正確に言うと、エッフェル塔内のレストランには3度くらい行ったことがある。
でもレストラン行きのエレベーターは別に設えられていて、普通に観光で訪れるのとは別だし、レストランがあるのはそれほど上のほうじゃない。
きっかけは今週の月曜日にランチに訪れたシェ・マルセルでの話。
食事の後、店主のピエールに、近況を聞いた。
「お客さんの入りは、旅行客がほとんどいなくて、毎日常連客で埋まってる。でも、去年からジレ・ジョーンヌのデモが続いたり、ストもあったし、取り立てて今回変わったっていうことはないよ。ただ、それよりも!」
と、彼は携帯で写真を探し始めた。
「日曜日に子どもたちを連れてエッフェル塔に行ったんだけど、見事に誰もいなかった! ヴェルサイユに妻が行ったら、観光バスが3台しか停まってなかったって言うし、ルーヴルも、モナリザの前でもまったく人だかりがないって。いま、パリですべきは観光だよ!」
そう言いながら、エッフェル塔のセキュリティチェックの入り口に誰もいない写真を見せてくれた。
行ってみようかな、と思った。
今月末でフランス生活も23年目に入る。
一度、渡仏して18年が経つ時に「人生でいったら、もう高校卒業だし、帰国しようかな」と考えたことがあった。
いつの間にやらさらに時が経ち、いまや22年が過ぎようとしているということは、大学卒業だ。
パリでいちばん高いところから、パリ全体を眺めるのもいいかもしれない。
そういえば、満月だ。月光浴がてら、明日登ってみよう。
翌日。
仕事を済ませてそのまま向かおうかと思ったけれど、夕暮れ時がいいなと思い、カレットで少しお茶をすることにした。
お昼は、メインにボリュームがあったので、デザートを食ベずじまいだった。
カレットに寄ったら、クープ(パフェ)の気分になる。
夏ならばフランボワーズの盛られたクープ・トロカデロにする。
でも冬は、果物の乗っていない、ダム・ブランシュ(Dame Blanche)を。
白い貴婦人の名を持つクープは、バニラのアイスに、シャンティイ・クリームがたっぷりと絞られて、チョコレートソースとアーモンドスライスが控えめに散らしてある。
クープ・トロカデロと同じく、パイを伴って運ばれてきた。
隣に座っていたマダムが、「私が頼むべきはこれだったわ」とつぶやいた。
そして「写真撮らせてもらっていいかしら?」と聞かれたので、もちろん!と答えると、楽しげに撮った。
しばらくして、向かいのテーブルにいたアメリカ人らしき女性が店員さんに、あれは何か、と私のダム・ブランシュを指して尋ねるのが聞こえた。特に、上にささったパイが気になってるみたいだった。「すごくおいしそう」と声をかけられたので「おいしそうだし、実際おいしい」と返したら、笑っていた。
5時を過ぎたのを見て、今度は“鉄の貴婦人”エッフェル塔に向かう。
どうにも隙間ができそうにないほど、空は雲で覆われていた。
でも、グレーのパリは意外に好きだ。
前夜、オフィシャルサイトを開いたら、今週から取られたコロナウィルス対策が書かれていた。
エッフェル塔内(チケット販売所、売店、レストラン)での支払いはすべてクレジットカードでのみ受け付ける、というもの。
いまは30ユーロ以内であれば、クレジットカードを専用の機械にかざすだけで支払いが完了するから、暗証番号さえ押さなくていい。
行ってみると、たしかにセキュリティチェックには列がなかった。
でも、券売所は並んでいて、1時間ほど待った。
本当は、2階までは階段で登るつもりだったのだ。
それだと現地でしかチケットを購入できないとあったので、ネットで購入せずに出かけたのだが、なんと、人もあまりいないし風も強いから、といつもより15分早く閉めることにしたらしい。「いま、ちょうど閉めたところよ!」と言われてしまった。
それで、全行程エレベーターの販売所に並ぶことになった。
てっぺんまで行くには、2階までのエレベーターに乗った後、別のエレベーターに乗り換える。
登りながら動悸が早くなって足がすくんできて、あれ?私、高所恐怖症になったのか?と、自分に驚いた。
てっぺんからは、パリ全体が見渡せた。
本当に街の真ん中に川が流れているなぁと思いながら、しばし眺めていた。
帰りは、2階から階段で降りることにした(上りは閉まっていたけれど、下りの階段は開いていた)。
風が強くて、鉄格子の合間に組まれた階段は、エレベーターとは比にならないほど怖いことに、降り始めてから気付いた。
いつからこんなになったのかなぁ。ジェットコースター大好きだったんだけどなぁ。
景色を見る余裕もなく、鉄格子の美しさに見入ることもなく、ただひたすらに階段だけを見て、高さを感じないようにして、気持ち悪くなるほどドキドキするのを自覚しながら、駆け下りた。
帰りは、歩いて帰ることにした。
家に着いたら、膝がガクガクしていた。
よっぽど勢いよく階段を降りたみたいだ。
でもなんだか、ひとつの洗礼を終えたような気分になっていた。
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