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オリジナル脚本へ舵を切った『007 / 私を愛したスパイ』と、シリーズを作ったプロデューサー。

『007』を観たおかげで酒、時計、ファッションアイテムに携わる編集者になったと言っても過言ではない編集YKが、今回再上映が決定した10作品を徹底レビュー! 今回は映画第10作となった『007 / 私を愛したスパイ』と、ジェームズ・ボンドシリーズを作ったプロデューサーたちについて語ります。

『007 / 私を愛したスパイ』(イギリス公開1977年7月7日/日本公開77年12月10日)

核ミサイルを搭載したイギリス、ソ連の原子力潜水艦が消息を断つ。これを受けて英国情報局秘密情報部「MI6」は007=ジェームズ・ボンド海軍中佐を、ソ連国家保安委員会「KGB」はトリプルX=アニヤ・アマソヴァ陸軍少佐に調査を命令する。事件の裏で人工衛星による熱感知システムを開発した何者かの関与を察知したふたりは、システムの売買に関わった人物に接触するべくエジプトのカイロへ向かう。

同地で出会ったふたりは、機密情報が隠されたマイクロチップを巡って争い、回収に来た暗殺者ジョーズを協力して撃退する。しかしボンドはアニヤのハニートラップに引っかかり、帰路の途中でマイクロチップを奪われてしまう。古代遺跡内に設置されたMI6の基地にボンドが戻ると、そこには敵国の諜報員であるはずのアニヤが待っていた。ともに原子力潜水艦を奪取された英ソは共同戦線を張ることになり、ボンドとアニヤはバディとなる。ソ連は友好の証としてマイクロチップを英国に戻そうとするが、実はボンドは奪われる前に中身を確認しており、機密情報が抜け落ちていることに気がついていた。

解析の結果、マイクロチップには大富豪で海洋学の権威であるカール・ストロンバーグが関与していることが発覚。調査のためにふたりはストロンバーグの本拠地、イタリアのサルデーニャ島へ向かう。道中で再び殺し屋ジョーズを撃退したふたりは、お互いを意識し始めてしまう。ところが、ボンドがかつて敵スパイから手に入れたライターでアニヤのタバコに火をつけた時、アニヤの表情が変わる。ボンドが任務で殺した諜報員は、アニヤの恋人だったのだ。

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THE SPY WHO LOVED ME © 1977 DANJAQ, LLC AND METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.

「この任務が終わり次第、あなたを殺す」アニヤにそう告げられるボンド。核ミサイルを積んだ潜水艦の行方は? 大富豪ストロンバーグの狙いとは? 地中海を舞台に、世界の危機が迫っていた……。

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完全オリジナル脚本の道を切り開いた、007シリーズの転換点

ロジャー・ムーアにとって3作目、007シリーズ10作目となる作品。原作小説となった『私を愛したスパイ』はシリーズ中でも異例の女性主人公視点で語られる作品であり、007=ジェームズ・ボンドが終盤にしか登場しない作品。原作者イアン・フレミングは映像化契約の際に「小説の内容を使用しない」という条項を設けていたため、本作から完全オリジナル脚本となり、以降のロジャー・ムーアが演じる007に共通するコミカルな雰囲気の先駆けとなった。

後述する共同プロデューサーだったハリー・サルツマンの離脱やケヴィン・マクローリーによる『サンダーボール作戦』の訴訟、前作『007 / 黄金銃を持つ男』の興行不振を理由に製作は遅れ、これまでほぼ1年に1作のペースで公開されてきたシリーズに初めて3年のブランクが生じ、結果15周年記念作品となった。しかし過去9作を上回るヒットを飛ばし、新しい007=ロジャー・ムーアという空気を醸成。結果ロジャー・ムーアは足掛け12年、7作品に主演し、『美しき獲物たち』(85年)で歴代最長にして最高齢(57歳)でジェームズ・ボンドを演じる俳優となる。

ショーン・コネリー時代からの脱却を図り、ムーアは原作のボンドが愛煙する紙巻きタバコでなく、ムーア本人が愛した葉巻を燻らせ、ドリンクはバーボンを好み、シャンパーニュはボランジェを指定、また本作から時計がロレックスからセイコーに変更されている。(ただし本作ではバーでアニヤからウォッカ・マティーニを贈られ、とあるシーンではドン ペリニヨンが再び登場する)。

当時のシリーズ歴代最高興収となった本作だが、同作が公開された1977年は『未知との遭遇』、『スター・ウォーズ』が世界の劇場を席巻、SFブームが巻き起こる。結果、次回作となる『ムーンレイカー』では、007が宇宙空間へ飛び出すSF路線に舵を切ることとなった。

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007とイオン・プロダクション

拙稿『007 / ドクター・ノオ』の解説で述べた通り、映画007シリーズはハリー・サルツマン、アルバート・R・ブロッコリ(通称カビー・ブロッコリ)のふたりのプロデューサーが制作をリードしてきた。ふたりが作ったイオン(EoN)・プロダクションとは、「Everything or Nothing」の略。すべてか、無か……プロデューサーたちが007シリーズに賭けた思いが伝わる。

1915年、カナダ出身のハリー・サルツマンは、母国でサーカスの巡業に同行した後、第二次世界大戦前にパリに渡り、舞台演劇のプロデュース業を開始。大戦中はカナダ空軍としてパリに勤務し、イギリス空軍との連絡役や連合国統一情報部(OSS)の一員として活動。戦後はロンドンに渡り、舞台劇のプロデュース、そして舞台作品を映画化するプロデューサーとして活動を始めた。1961年、原作小説『カジノ・ロワイヤル』を読んだサルツマンは可能性を感じ、原作者フレミングからキャラクターの映像化権を6カ月限定で購入。当時としては超高額の5万ドルを支払い、映像化への道を模索する。このタイミングでハリウッドとも縁の深いカビー・ブロッコリと出会い、ふたりはともに007を映画化すべく共闘するようになる。

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芸術家肌で舞台作品を主に手掛けてきたサルツマンは、原作を尊重したハードな展開を好んだ。『ロシアより愛を込めて』『サンダーボール作戦』などは、サルツマンの意見が採用された、リアル志向な仕上がりになっている。一方、ブロッコリが主導したとされる『ゴールドフィンガー』『007は二度死ぬ』では、以降の映画版007でお馴染みとなる奇抜な特殊装備や奇想天外な敵が登場する娯楽作品に徹した作りとなっており、徐々にふたりの意見に齟齬が生まれたようだ。この時期、サルツマンは“アンチ007”とも言える、マイケル・ケイン主演のサラリーマンスパイ映画『国際諜報局』(65年)をプロデュース。後に映画『キングスマン』(2014年)で007とともにオマージュを捧げられる、ハードボイルドな「ハリー・パーマー」シリーズを生み出した。

女王陛下の007』ではボンド役俳優も一新、サルツマンが主導したハード路線での生まれ変わりを志向するが、当時は興行的に前作を上回ることができなかった。次回作『ダイヤモンドは永遠に』でショーン・コネリーが復帰し、娯楽作品路線に軌道修正したことで興収が回復。以降、制作の主導はブロッコリに移ることとなる。

サルツマンは3人目のボンド役として起用されたロジャー・ムーアの登用にも懐疑的で、彼によるシリーズ初主演作『死ぬのは奴らだ』のヒットにより、ムーアを買っていたブロッコリとの確執はさらに深まってしまった。同時期、彼が企画していた別作品がことごとく失敗、また副業として始めた食品工場や不動産業の赤字、病気の妻の介護も重なり、サルツマンは『黄金銃を持つ男』の公開後に自身のイオン・プロダクションの持株をブロッコリに無断でユナイテッド・アーティスツ社に売却。制作から降板するとともに、ブロッコリとの亀裂は決定的となってしまった。

降板後、献身的な看病を続けるも、長年苦楽をともにしてきた最愛の妻が1980年に逝去。サルツマンは抜け殻状態になってしまったと家族は語る。訣別から約7年、『007 / ムーンレイカー』の試写に、ブロッコリはサルツマンを招待。劇場でふたりは抱擁を交わし、出席者からは拍手が上がった。サルツマンは「カビーはボンド映画で素晴らしい仕事をしている」とブロッコリを称え、共同制作への復帰を断ると事実上引退。1994年に長年愛したパリを訪れた際に心臓発作で78歳の生涯を閉じた。

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カビー・ブロッコリは『007 / 消されたライセンス』(89年)までプロデュースを務め引退、95年6月に85歳で逝去した。『ゴールデン・アイ』(95年)以降、ブロッコリの再婚相手の息子であるマイケル・G・ウィルソン、そしてブロッコリの娘であるバーバラ・ブロッコリがイオン・プロダクションを率い、007シリーズを世に送り出している。

カビーは生前、「Don’t let them screw it up(≒部外者に、メチャクチャにさせるな)」という格言をふたりの子どもに遺していたという。ブロスナン、ダルトンに次ぐダニエル・クレイグの6代目ボンドシリーズも幕を閉じたが、ブロッコリ一族による007シリーズのプロデュース体制は、この後も続いていくことだろう。

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www.tc-ent.co.jp/sp/BOND60_007_4k_jp
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