England's Dreaming

久々のロンドンで、「デレク・ジャーマンの庭」を訪問。

イギリスがロックダウンとなってからの4ヶ月は、一度もロンドンの中心部に行かずに過ごした。こんなに長く街中に出かけなかったのは20年以上暮らしていて初めてだった。でもだんだん緩和されてきているし、そろそろ我慢の限界。ようやくミュージアムやギャラリーが再開したこともあり、それを「口実」に電車に乗った。

行き先はテムズ川南岸にある「ガーデン・ミュージアム」。自粛後初めての外出にぴったりといえそうな、古い教会を改装したこじんまりとしたミュージアムだ。

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こんな美しいミュージアムでエキシビションができて、天国のデレク・ジャーマンはきっととても喜んでいると思う。中庭はイギリスを代表するガーデナーのひとり、ダン・ピアソンが手がけている。

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元教会ということもあり、素晴らしいステンドグラスが常設展を見下ろしている。

目当ては「DEREK JARMAN: MY GARDEN’S BOUNDARIES ARE THE HORIZON」展。

映画監督でアーティストのデレク・ジャーマンの庭に関するエキシビションだ。彼は幼い頃から植物に親しみ、ガーデニングをこよなく愛していたという。

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写真左がデレク・ジャーマン。中央と右は彼の「プロスペクト・コテージ」の庭。右の背景には原子力発電所の建物が見える。

ロンドンの隣のケント州に位置するダンジェネスという海沿いの村にある「プロスペクト・コテージ」の周りに彼が作った庭は、独創的なことで特によく知られている。私にとってそこは長い間憧れの場所で、イギリスに来てからは仕事での撮影を含めて何度か訪れている。

塩気をおびた海からの風が強く吹き、地面は小石で覆われている。背後には巨大なコンクリートの箱のような原子力発電所がそびえ建つ。そんな殺伐としたなかでジャーマンは草木を植えて、海岸から拾ってきた流木や廃材でオブジェを作り飾った。荒野のような場所なのに、色とりどりの花が咲き、緑が茂る、なんだか夢のなかに出てくる景色みたいな不思議な場所だった。

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「プロスペクト・コテージ」の外観を再現したコーナー。写真とオブジェで作られているとはいえ、その美しさに息を飲む。

ジャーマンは1987年の秋、パートナーのキース・コリンズと彼のミューズだった女優のティルダ・スウィントンと撮影のためにダンジェネスを訪れて、売りに出ていた元漁師の小屋を見つける。ちょうど父親からの遺産を手にした直後でもあり、すぐに購入を決めたという。その前年に彼は自分がHIVに感染していることを知り、以来「人生を可能な限り満喫する」ことを信条にしていたそうだ。

このエキシビションでは庭そのものを体験することは勿論できないけれども、その風景を納めた数々の写真が取り巻くなかで、ジャーマンが愛読したガーデニングの本やガーデナーに宛てた書簡など貴重な資料が展示されていた。

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ジャーマンが5歳の誕生日に両親から贈られたという植物の本。幼い彼はこれを飽くことなく眺めていたという。

ハイライトは「プロスペクト・コテージ」を模した一画。その中に入っていくと、彼の手がけたショートフィルムが上映されているコーナーとともに、コテージ内の一部を再現したスペースがあった。外から眺めるだけだったあのコテージにまるで招待されたかのような気持ちになる。

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この薄暗い廊下に入った瞬間、本当に内部に足を踏み入れたような錯覚に。

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ジャーマンはこの机に座って、窓からのこんな風景を見ていたのだろうか。

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端正に書かれた肉筆からも、彼の美意識が伝わってくる。

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引き出しの中。海岸に行くとつい石を拾って持ち帰ってしまう私は親近感…。

当時は不治の病とされていたHIVに冒され、残された時間が限られていると宣告されながら、美意識を貫き、精力的に作品を創り続け、自らの手で植物を一つ一つ植え、だれも見たこともない庭を作り上げたジャーマン。その後、彼は1994年の冬に亡くなっている。

彼の庭には垣根がない。だから訪れた人々は(コテージ内には入れないけれども)庭のなかを自由に散策できる。エキシビションの「MY GARDEN’S BOUNDARIES ARE THE HORIZON」(私の庭の境界は地平線)というタイトルは、あの庭そのものであるとともに、ジャーマンの心の広さ、尽きることのないクリエーティビティ、生きることへのこだわり、美を追求する姿を言い表しているようで改めてはっとする。

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職人たちのこだわりが感じられる、古いガーデニングの道具を好んで使っていたという。

今、彼がいたら未知のウイルスに怯える私たちに、どんな言葉をかけるのだろう。

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ジャーマン作のオブジェ。右上のイバラの十字架は何を思って創ったのだろう。

ロンドンの大通りは4ヶ月前とは程遠いながらも少しは喧騒を取り戻したように見える。けれども一本裏道に入ると、閉まったままの店もかなり多くて人通りも少ない。あの頃の「日常」は、もうきっと当分のあいだ戻ってこない。

それでもジャーマンの庭の花や緑の美しさを心の奥に携えて、進んでいこうと思う。

「DEREK JARMAN: MY GARDEN’S BOUNDARIES ARE THE HORIZON」
Garden Museum
Lambeth Palace Road, London SE1 7LB
2020年9月20日まで。
(感染予防対策としてネットでの事前のチケット予約が必要)
https://gardenmuseum.org.uk

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坂本みゆき

在英ライター
憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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