ドキュメンタリー映画で世界のいまを考える。#01 『ビッグ・リトル・ファーム』で考える、人間と大地の関係。
Culture 2020.03.13
ときにフィクション作品よりもおもしろく、私たちに新たな知見や視点を与えてくれるドキュメンタリー映画。この春、特に充実するラインナップのなかからおすすめをセレクト。併せて観たい作品も紹介します。第1回のテーマは“大地への帰還”。
選・文/後藤岳史(映画ライター)
自然の摂理に従い目指す、夢の農場づくり。
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
自然の力を制圧するのではなくて観察し、波乗りのように進む方法を教えてくれた伝統農法の達人アランの訃報。大量発生したカタツムリをバケツに抱え、夫婦は肩を寄せて途方に暮れる。危機こそが夢に現実味を与える。
殺処分寸前の犬の目に惹かれ、ネイチャー系の番組制作者ジョンは犬をトッドと命名。飼ってはみたけれど、吠え声の騒動で大都市のアパートを追放されるのが物語の発端だ。
料理人の妻が最高の食材を生む夢の農場を望んだのにも押され、ロサンゼルス近郊に広いだけの荒れ地をふたりは買う。伝統農法による自然との共生、とお題目はりっぱだが、現実はおとぎ話じゃない。痩せた土、イカれた計画。理想ばかり高いにわか農夫の無茶な出発点が、8年の歳月をかけて恵み豊かな農場に変貌する。自分たちを大地という実験場に放つように。桃やプラムが実る。羊が群れ、豚が泥遊びする。その愛らしさ、壮麗な環境変化。快調な編集が春風のように心地いい。
愛犬トッドは憂いを帯びた目が特徴。まるで自然界の仕組みの解読を試みる、見識ある賢者のよう。ジョンと妻モリーを美しい生物多様性の場に導き、長年同伴してくれた老トッドもまた、役目を終えて大地の一部になる。
だが、この映画の真の感銘は、自然の過酷さに突き放され、失敗を重ねるたびに、胸を開いて自然から学びを得る、危機のプロセスの捉え方にある。井戸水を引いて池をこしらえ、ミミズを養ってその糞から液体肥料を作る。土壌改良が実った3年目、果樹園の楽園化を喜んだ矢先に、鳥が実を突き、カタツムリが大量発生して果実の7割方が出荷不能に。おまけに干ばつの追い打ち。けれど、干上がった池のカモを畑に放つと、カモたちがカタツムリを食べてくれる。作物の成長を阻害して嫌われる被覆植物は、やがて来た洪水を海綿のように土へ吸い送り、表土の流出を防ぐ。75種の果実の収穫にとって最凶の鳥には、天敵のタカが7年目にヒーローのごとく飛来する!
害獣・害虫駆除という概念はここになく、各々役目を担った多様な生き物が、生態系を成して循環する。自然を無理強いせず、そのバランスを探る姿勢。それは画面ごとにハーモニーを奏でる映画作りの姿勢とも繋がる。
一度に15匹の子を生んだ親豚エマは、乳腺炎を患って一進一退に。いじめられっ子の鶏グレイシーが弱ったエマの最良のパートナーになる。コヨーテが放し飼いの鶏を襲い、人気商品の鶏卵が生産中止か?の攻防も感動的。
新作映画
『ビッグ・リトル・ファーム 理想の暮らしのつくり方』
●製作・監督・脚本・撮影・出演/ジョン・チェスター
●出演/モリー・チェスターほか
●原題/The Biggest Little Farm
●2018年、アメリカ映画
●91分
●配給/シンカ
●3/14(土)より、シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開
http://synca.jp/biglittle/
©2018 FarmLore Films,LLC
※映画館の営業状況は、各館発信の情報をご確認ください。
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併せて観たい作品①:『ニッポン国 古屋敷村』(1982年)
人間も生物も、誰もが主人公となる山の民の暮らし。
「三里塚闘争」シリーズで1960~70年代の映画の先鋒となる小川プロは、異議申し立ての時代の終焉とともに対象を土と農にフォーカス。稲の開花が秘めやかな宴のよう! ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。
古来の茅葺き集落が残ることで知られた山形県古屋敷村に、東北に冷害が襲った1980年の夏、少数精鋭の小川プロが居を構える。まるで幼なじみと炉端で寛ぐように、蚕を養うばぁやが味のある訛りで昔語りするシーン。思わず高笑いしたくなるような大らかさだ。
後に日本映画のフィクション界の新風となる撮影のたむらまさき(当時は田村正毅)は、もともと小川監督との名コンビで鳴らした。繭を紡ぐ刹那を名手が繊細なクローズアップで捉えると、柔らかな光に浮かぶ蚕の肌は淡雪のように透き通り、なまめかしいほど。
伝承文化が息づく山の民の暮らしには、悠久の時がゆったりとリズムを刻む。共同生活に基づいた驚異の粘り腰で知られる、世界的ドキュメンタリストの小川紳介の最高傑作。人と蚕と稲が等しく主役の位置を分け合い、光と陰影を纏って互いに微笑みを交わす。そんな「人懐っこさ」に全編が沸きかえる。現在、村の茅葺き民家はいずれも半壊状態だという。
旧作映画
『ニッポン国 古屋敷村』
●監督/小川紳介
●英題/A Japanese Village - Furuyashikimura
●1982年、日本映画
●213分
●DVD発売元/DIGレーベル(ディメンション) DVD発売協力/ピカンテサーカス ¥5,280
©特定非営利活動法人 映画美学校/発売元:DIGレーベル(ディメンション)
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併せて観たい作品②:『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』(2014年)
“神の眼を持つ男”が捉えた、大地の心音。
サルガドの故郷の森と牧場には珍鳥やヒョウが集っていた。森林伐採がその生態系を破壊。荒れてなお、美を留める。200万本を植樹する一族の挑戦が、彼の人生の晩節を照らす。カンヌ国際映画祭で「ある視点部門」特別賞を受賞。photo : ©Capital Pictures/amanaimages
干ばつと内戦のアフリカから、父親が牧場を譲り渡してくれた故郷ブラジルへ。報道とアートを高次元で融合させてきた写真家セバスチャン・サルガドは、殺りくと飢餓のルワンダの惨劇から帰った時、生死の際の尊厳が宿るモノクロ写真の神々しいまでの成果にもかかわらず、耐え難いうつ状態に陥ったという。人間の暴力性がもたらした精神的なナマ傷を癒やしたのは、彼が幼少期を過ごした大地。そのプライベートな場を起点とした新たな写真プロジェクト「Genesis(創生)」に、ロードムービーの旗手ヴィム・ヴェンダースの映画旅が交差し、美しくも硬質なドキュメンタリーに実を結ぶ。
熱帯雨林に抱かれた故郷の「完璧な楽園」も侵食が進み、いまや死に体。それを蘇らせる企てが、「見捨てられた人々」を愛したサルガドのカメラを、「死に瀕した地球」の始原へと向かわせる。カメラはサルガドやヴェンダースの、いわば心眼。耳をすませば、相和すように大地の心音が聞こえてくる。
旧作映画
『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』
●監督/ヴィム・ヴェンダース、ジュリアーノ・リベイロ・サルガド
●出演/セバスチャン・サルガド、ジュリアーノ・リベイロ・サルガドほか
●原題/The Salt of the Earth
●2014年、フランス・ブラジル・イタリア映画
●110分
※この記事に記載している価格は、標準税率10%の税込価格です。
texte : TAKASHI GOTO