夢の奥の「真実」を目指して。『ある画家の数奇な運命』

Culture 2020.10.14

真実はすべて美しい......? 叔母が幼い芸術家に贈る夢。

『ある画家の数奇な運命』

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ナチスの指針に背き叔母に感化された幼い画家は、ドイツ現代アートの高峰に立つゲルハルト・リヒターがモデル。少年期の記憶に触発され作風が飛躍する。

こういう映画のために「ウェル・メイド(well-made)」という言葉はある。確かな知性の持ち主たちが、何もかもを綿密に練り上げ、映画を実現させている。映画とは夢のことなのだが、その実現のためには、覚醒していることが必要だ。まどろみの中で「ウェル・メイド」な映画を撮ることは、絶対にできない。

映画の舞台である20世紀中葉のドイツもまた、夢と覚醒の間で揺れている。ある人の信念つまり夢が、別の人を痛めつける(優生思想、父権主義、戦争)。個としての人間が全体を夢見る時に、とてつもない困難が生じる(革命、ナチズム、社会主義国家運営)。夢から覚めれば、人間は利己的でサディスティックで凡庸な、ただの動物に見える。

この映画の主題は冒頭に現れる。幼い主人公と同じ家に暮らす、若くて美しい叔母。ドレスデンでヒトラーのパレードに参列した後、彼女は自宅のピアノに全裸で向かい、ある鍵盤の音色に法悦を覚える。その音色は、停車場で運転手にねだって鳴らしてもらった、バスの警笛とキーが等しいのかもしれない。「目をそらさないで。真実はすべて美しいの」と、幼い甥を振り向いた彼女は、ガラスの灰皿を鷲掴みにすると、テーブルに打ちつけ、そして自分の頭に打ちつけ、その音色に歓喜の表情を見せるのだ。

これも夢かもしれない。人間たちからは「狂気」と蔑まれるような類いの夢かもしれない。だがこの夢は、利己主義やサディズムや凡庸さとは無縁だ。この夢の奥には、代わりに「真実」がある。そしてそれは「美しい」。

幼い芸術家の、その後の数奇な運命をめぐる物語は、この「真実」を目指して進んでゆくことになる。

文/畠山直哉 写真家

1984年、初来日したヨーゼフ・ボイスの記録映像『Beuys in Japan』のディレクターを務める。97年に木村伊兵衛賞を受賞。人間と自然の関係に写真術を交差させる作風で知られる。
『ある画家の数奇な運命』
監督・脚本/フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演/トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーアほか
2018年、ドイツ映画 189分
配給/キノフィルムズ
TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開中
www.neverlookaway-movie.jp

※新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2020年11月号より抜粋

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