恋と無理解 稲垣吾郎が語る、僕が惹かれる恋の在り方。

Culture 2023.10.09

朝井リョウ原作『正欲』の映画化で、「マジョリティ側」の人と、「そうではない」人を演じた3人の男性キャストたち。恋との向き合い方について、彼らに話を聞いた。
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稲垣吾郎

楽しさや幸せをシェアできるだけじゃなく、苦しいことや辛いことを、共感し合える関係でありたい

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Goro Inagaki
1987年、SMAPの一員として芸能活動を開始。現在はNHK Eテレ「ワルイコあつまれ」などに出演中。10月6日より、日本青年館ホールにて舞台『多重露光』が上演される。

朝井リョウによる小説『正欲』のエピローグには、名、年齢、セクシャルアイデンティティが不明のまま、とある人間の切迫感ある問いかけが読者へと投げかけられる。そこに、「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。」という一文が出てくる。多様性とはマイノリティの中のマジョリティにしか当てはまらない言葉で、話者が想像しうる“自分と違う”にしか向けられていない言葉だと。

映画『正欲』の中で描かれているのは、誰かの身体に触れること、触れられることに欲望を持てない性的指向を持つ人たちの話だ。話の主は、恋愛し、セックスをし、家庭を持つというスタンダートな人生を歩めないと自覚しており、まるで地球に留学しているようだと独白する。

みんなと一緒じゃないと、不安じゃないですか。

「朝井さんの小説は、ほとんど読んでいますが、『正欲』に関しては衝撃的な内容で、普段、朝井さんと話をしている時の飄々とした佇まいからは僕が受け取っていなかった、彼の激しさや怒りを感じました」

そう語る稲垣吾郎。朝井とは以前から親交があるので、原作を読んで驚いたと言うし、自分が啓喜役を演じることも意外だったと言う。

「小説では冒頭、種明かしのようにある事件について語られます。僕が演じた寺井啓喜はその事件を担当する検事であり、彼は社会の規範とする型に収まって生きている男です。これまで僕は、どちらかというと規範から外れる人物を多く演じてきました。そもそも表現というのはスタンダードから逸して、壊すことから生まれるものだと思ってきたので、自分の考えとは正反対の市井の人を演じることになりました。ただ、啓喜との共通点がなくもない。誰しも、何かひとつ規範とする型がないと、みんなと一緒じゃないと、不安じゃないですか。僕だって、そういう思いももちろんあります」

検事という職業の倫理観もあって、啓喜は正論を体現するような男だ。不登校の息子と、その状況を理解して寄り添う妻に、「普通」から外れる怖さをこんこんと説くような。自身の担当する事件においても、事件の裏に潜む容疑者の衝動や欲望に想像力を膨らませ、思いを寄せることなく、いいか、悪いかの正義心で一刀両断してしまう。その彼が、ある事件を通して、夏月(新垣結衣)とその夫、佳道(磯村勇斗)のことを知り、ふたりが世間の常識から外れて、強固に結びつくのはなぜか、理解の範囲を超えて、啓喜は揺らぎだす。

「啓喜は本作を観た多くの観客にとって、最初、楽に感情移入できる人物と思いますが、彼の価値観は後半、夏月と出会い、ぐらぐらと揺れ、崩れていく。新垣さんは僕との場面が苦しかったそうですが、僕は演じていてとてもスリリングでした。夏月と佳道はとある指向で結びついていて、互いの存在を直感で嗅ぎ分ける。ふたりのように社会と折り合いがつかなくて苦しんだり、孤独を抱えたりすることは、鈍感な自分にはなかったから、こんなことが言えるのかもしれませんが、僕はその関係の強さに羨ましさを感じました。同じ指向を嗅覚のように嗅ぎ当てるということは、僕自身はありえると思う。そもそも、指向性が合う者同士が出会ったら、光ってわかるようになればいいとも思う。ただ、自分の恋愛に関しては、楽しさや幸せをシェアできる関係だけじゃなく、互いの苦手なもの、苦しいこと、辛いことを共感し合える相手でありたい」

自分は結婚したことがないので、そうだと言い切れないけれど、と前置きしたうえで、稲垣は「昔から、はなからわかり合えないミステリアスなものに惹かれちゃうところがあり、パートナーに対しても、そこまで多くをわかってほしい、共有したいという思いがない」と語る。

人生の選択については、考えることよりも直感を優先し、その都度、葛藤を抱えながらも間違いはなかったとキッパリと言い切る。大切な作品として、繰り返し観る恋愛映画は多感な10代で出合ったジャン=ジャック・ベネックスの『ベティ・ブルー』とレオス・カラックスの『ポンヌフの恋人』だと教えてくれた。

「この2作のカップルは社会から阻害され、いびつとも言える関係性。全身で相手を求め、むさぼり尽くすんだけど、あれは若さあってのもの。僕自身は年齢を重ねるにつれ、結局人は生まれる時も死ぬ時もひとり。求めすぎないということが恋愛関係で最も大切になってきた価値観、と言えますね」

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『正欲』
息子が不登校になった検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)。かわりばえのしない日々を繰り返している桐生夏月(新垣結衣)は、佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属する諸橋大也(佐藤寛太)。学園祭実行委員の神戸八重子(東野絢香)は大也を気にしていた。異なる背景を持つ彼らの人生がある事件をきっかけに交差する。
●監督/岸善幸
●出演/稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香ほか
●2023年、日本映画
●134分
●配給/ビターズ・エンド
●11月10日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
https://bitters.co.jp/seiyoku


*「フィガロジャポン」2023年11月号より抜粋

photography: Ittetsu Matsuoka styling: Akino Kurosawa hair & makeup: Junko Kaneda interview & text: Yuka Kimbara

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