「付き合わなかった人って、綺麗なままでいてくれる」映画監督・枝優花、『パスト ライブス/再会』を語る。

Culture 2024.03.26

ゴールデン・グローブ賞5部門ノミネート、2024年度のアカデミー作品賞にもノミネートされた今期大注目の映画『パスト ライブス/再会』。4月5日の日本公開を前に、フィガロジャポン主催の特別試写会&トークショーが開催、レポートをお届けする。

ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会。ふたりが選ぶ、運命とはーー。

トークショーの登壇者は映画監督、写真家の枝優花さんと、映画評論家の金原由佳さん。枝監督は2017年、初の長編監督作『少女邂逅』がロングランヒットを記録、海外映画祭でも高い評価を受けた。さまざまなアーティストのミュージックビデオ撮影や写真撮影も手がけ、 現在最新監督ドラマ「瓜を破る〜一線を超えた、その先に」がネットフリックスで配信中だ。聞き手を務めた金原さんは、これまで2000人以上の映画人のインタビューに携わり、フィガロジャポンをはじめキネマ旬報、朝日新聞などの映画評、そして劇場パンフレットの執筆なども担当。枝監督とは『少女邂逅』撮影時のインタビューで知り合い、その後もトークショーなどで「縁」が続く関係性だ。

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右から金原由佳さん、枝優花監督、進行役のフィガロジャポン編集部金井。

金原 皆さんご覧になって、ご自身の年齢、性別、キャリアでだいぶ感想が違ってくるんじゃないかなと思います。多分10代、20代の方だと「なんでキャリアを優先させるんだろう」って思う方もいらっしゃるかもしれないですけど、私のように50代になるとキャリアは絶対捨てられないっていう。枝さんはちょうど登場人物たちと同じ30代で、 まさにご自身のキャリア形成を考えながら人生をどう歩むかっていうのが、リアルな題材かなと思ったんですけど、いかがでしょうか。

そうですね、観る前は、もう少しロマンスに振った映画なのかなって思ってたんですけど、観てみたら案外ドライだったりとか、考えさせられてしまったり、いい意味で意外性があって。私のキャリアも、もう新人とは言われなくなってきて、これからどうするかっていう部分と、 でもやっぱり仕事をすればするほど、仕事だけじゃ仕事は回らないっていう感覚もあって......。プライベートとかもしっかり、 人生を豊かにしないと、私たちのような仕事はおもしろくなくなるという葛藤があって。20代前半の頃は仕事一筋でがむしゃらにやることが使命だったんですけど、 そうじゃないぞって思い始めてきた時、この映画はその真っ只中な感じもあるな、と思って観ていました。

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やっぱり監督が女性っていうこともあって、主人公の描き方がドライでよかったです。彼女を取り巻くふたりの男性が常に不安そうに動いていて、 運命にときめいたりとか、彼女が向こうに行っちゃうんじゃないかと心配していたり。ノラだけが常に真ん中で、いま自分はこういう状況なんだっていうことを伝え続けているんですけど、そんな彼女もラストに...... 。でもカメラは、その表情に寄っていかない。その距離感にも強さを感じたというか。「これは自分だけの中にある迷い、悲しみで、不安な状況でも、これを誰かに理解してもらいたいと思ってるわけではない」という感じも良かったです。

金原 すごい定点観測的な構成ですよね。そもそも12歳、24歳、36歳っていうスパンで物語が展開するのがもう定点観測カメラ的な映画でもあるし、カメラもちょっと遠くからふたりを捉えて、感情の揺れをどう隠そうとするかみたいな。

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Yuuka Eda/ 映画監督、写真家。1994年、群馬県生まれ。2017年、初の長編映画『少女邂逅』(主演:穂志もえか、モトーラ世理奈)がロングランヒットを記録。MOOSIC LAB 2017では観客賞を受賞、海外映画祭でも評価される。そのほかマカロニえんぴつ、羊文学、崎山蒼志、Awesome City Clubなどさまざまなアーティストのミュージックビデオ撮影や、アーティスト写真撮影も手掛ける。監督演出最新作は、ドラマシャワー「ワンルームエンジェル」(MBSほか)、ドラマストリーム「瓜を破る〜一線を越えた、その先には」。OPテーマ「恋は盲目」(ヤングスキニー)のMVも手がけている。

やろうと思えばいくらでもエモーションを膨らませられるシーンがあるのに、 顔が全然見えなかったり、バックショットだったり、影だったりとか。それがセリーヌ・ソン監督のテーマ、心の距離感というか。必要以上にドラマティックにもしないし、でも本人たちの心の中に蠢いていることをめちゃくちゃ大事にしているから、そのバランスが、私は観ていてて心地よかったですね。

金原 今回の作品のテーマのひとつが「イニョン=縁」っていう、たまたま同じクラスだった男女ふたりが、一生の絆を感じるかっていう。縁ってその人の捉え方次第だと思うんですけど、枝さんは縁っていうものを元々信じてなかったけど、映画業界に入ったらものすごくあるものだと言われていて。そのあたりをぜひ伺いたいです。

信じてなかったというか、「偶然」ぐらいの意味だと思ってたんですけど、この業界に入ってから常にプロジェクトが変わって、出会う人の数がものすごい多い中で、 やたらとこの人に縁を感じるとか、この人と出会ってなかったらいまの自分は絶対なかったみたいな、大きな出会いが明確にあって。振り返ると、これは多分出会うべくして出会ってるな、とを感じざるを得ないです。自分の周りの人たちもそういうものをすごく大事にしてるというか。「枝組」みたいに撮影ごとにチームが集まるんですけど、 完璧に同じメンバーは絶対に揃わないので、「もうこの瞬間しかない1ヶ月だね」って言いながら毎度やるんです。それを運命的っていうんじゃなくて、その時間を、自分にとって意味のあるものにしたい気持ちがこの業界入ってから強くなったんだと思います。

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金原 今回の『パスト ライブス/再会』で好きな演出やシーンはありますか?

この監督の好きなところは、運命っていう、 かなりロマンティックなことと相反する演出をし続けているところですかね。説明的ではないですし、ヘソンがどれだけ不器用かっていうところとかもすごく引きで見せたりとか。ラストがやっぱりいちばん、私は好きでしたね。かなりロングショットで撮って、ノラが行って、戻ってくる時までずっとそれを続けて。それがすごい良かったんですね。人生が点と線みたいな感じだったら、直線上にこの人がいて......みたいなことを見せられてる感じがあって。すごく計算されて、構図が成り立っている。

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ヘソン(左)は幼い頃に別れたきりになった初恋のノラに会いに、ニューヨークへと旅してくる。夫のアーサーを横目に、ふたりは韓国語で思い出話に盛り上がるが......。

金原 おもしろいのは、ノラとヘソンのデートの時は結構淡々とした感じだったのに、アーサーという夫が出てくると、突然みんなものすごい揺れ出す。 そんなに初恋の人って存在が大きいかとか思ったり。でも、枝さんが楽屋の中で「付き合ってない、恋にもなってない好きだった人って、ものすごいロマンティックに思えてくるから『無敵な人』」だって言われたんですけど、ヘソンは確かに無敵感があります。

一度でも付き合ってしまってお別れすると、現実を見てるので(笑)。付き合わなかった人っていつまでも綺麗なままでいてくれるというか。自分で描く理想なんで崩したくもないし。ただただ完璧だなと思います。

金原 本当にアーサーがかわいそうで......韓国語でヘソンとノラが盛り上がってる不安そうな、バーのシーンはほんとサスペンスです。

せっかく旦那さん連れてきてるのに、こんなに長いこと昔の人と喋らないであげてよと思いました(笑)。

金原 冒頭、「あの3人はどういう関係かしら」みたいなロマンティックな導入がされるのに、こんな恐ろしいシーンになるのか、と思いましたね(笑)。

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金原 『パスト ライブス/再会』の製作はA24という 2012年に設立されたアメリカのインディペンデント系の、ニューヨークを拠点とする映画会社なんですけど、とにかくアカデミー賞に毎年いい作品を送り込んでいて。今年はこちらもアカデミー賞にノミネートされたジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』(編集部注・アカデミー賞国際長編映画賞、音響賞受賞)もA24製作です。リー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』や、コゴナダ監督の『アフター・ヤン』など、アメリカに暮らす移民の方々のバックグラウンドを大切にした企画でヒット作を生み出しているんですが、まだ日本映画監督が選ばれてなくて。もしこうした企画に枝さんが参加するとしたら、日本人としてどういうエッセンスを加えていきますか?

「平和な国の映画はつまらない」ってよく言われます。日本には、たとえば戦争みたいな誰が見ても問題な状態というのはないんですけど、 慢性的にある「貧困の思考」みたいなものとかはずっと感じていて。自分たちは 非常に苦しいんですけど、そこが他国から見たら興味深いんだろうなって思います。

あと、日本にあんまり宗教がないっていうこととか、すごく私は不思議で、 他の国の人とかにも「どうして宗教がないのに君たちは生きてられるの? 何を信じて生きているの?」ってよく聞かれるんですが、わからない。 ただ、だから最近、これだけ「推し文化」が広まってるんだなと思うんですよ。「推し」とか「アイドル」っていうのはちょっと宗教に近いというか、これを軸に生きていればなんか安心できる、寄り添えるみたいなもの。日本人が何を信じて何に頼っているのか。謎の団結力があったり、正義感があったりっていところがすごい私は気になるので、まだまだアイデア段階の話ですけど、テーマにできたらおもしろいと思います。

『パスト ライブス/再会』
●監督、脚本/セリーヌ・ソン
●出演/グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロほか
●2023年、アメリカ、韓国映画
●106分
●配給/ハピネットファントム・スタジオ
Copyright 2022 © Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved
https://happinet-phantom.com/pastlives

text: madame FIGARO japon

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