服をつくることは罪なのか? 映画『燃えるドレスを紡いで』インタビュー。

Culture 2024.04.28

「服をつくることは罪でしょうか?」―― 気が付けば私たちは、服づくりを夢見る人にこんな問いかけをさせてしまう局面に来ていた。

現在、日本人で唯一、パリのオートクチュール・ウィークでコレクションを発表し続けるデザイナー中里唯馬が、「衣服の終着地」と呼ばれるケニアのゴミ山を訪れ、産業が抱える難問と正面から向き合う姿を描いた話題のドキュメンタリー映画 『燃えるドレスを紡いで』。

全国順次公開中で、鑑賞後の反響も出てきた。各地の映画館にて舞台挨拶を続ける中里と監督の関根光才とともに、自分たちにできることは何かを考えた。

インタビュー・文/友廣里音

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京都シネマでの公開発表を終えたふたりを うららかな春の日が射す建仁寺 西来院で迎えた。監督の関根は、「京都にはよく来ていて、人も、モノも、時間の流れ方も、物事を深く考える環境が整っているので楽しみにしていました」と朗らかな表情を見せた。photography by Sadaho Naito

涙する人も。矛盾を抱きながら、希望の光を求めて。

本作が公開されてから、舞台挨拶の場では観客と積極的に対話をしてきたふたり。映画を見て涙を流す人たちがいたというので、どんな心境だったのだろうかと水を向けてみると監督の関根光才(以下、関根)は、「ファッション産業で働く方が何人か泣いていらっしゃって、印象的でした。モヤモヤしたものを抱えてきたのだな、と」

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「何か希望を見出したい。そんな想いを抱えた旅でした」と、出演者の中里唯馬(以下、中里)。現在日本人で唯一、オートクチュール・ウィークでコレクションを発表するデザイナーとして使命を帯び、力強さを纏っていた。「ネガティブな情報があふれていて、業界にいて悩んでいる人は少なからずいるんだということがわかりました。『世界で活躍しながら、こうした挑戦を続けられている方がいてうれしい』と泣いてくださる方もいらっしゃって、大きな励みになっています」

東京での上映後、ある大手アパレル企業から、新入社員200人が参加する入社式で上映したいというオファーがあった。その場に同席したという中里は、「新入社員の方々の凛とした表情が眩しかったですね。彼らもケニアのゴミ山のような、アパレル業界の現実や課題とこれから向き合っていくことになるんだなと、いろんな思いが込み上げました」

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監督の関根は映像作家として活動する傍ら、さまざまなテーマの社会活動に関わってきている。この時代の複雑で多岐に渡る課題群と向き合い続け、会うたびに「いま」の社会課題の対話の仕方をアップデートしている印象だ。

「ケニアの現状も含めて、誰が悪いと批判することは重要ではないと思うようになっています。矛盾を抱きながらモノづくりを続けることが大切なのではないかと。いまでも憧れて参画する人がたくさんいるファッションの世界。素晴らしいものが培われる時間もあるわけで、すべてを否定することはできませんから」

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足を運んでリアルを体感することが、原動力に。

「衣服の終着地」と呼ばれるゴミ山は、容器などプラスチック製品と、多くのプラスチック(ポリエステル)を含む衣類、汚物などで構成されており、その背景には、ケニアの人口増加と、複数の先進国から送られてくるプラスチックゴミの廃棄処理の問題がある。

ケニアは先進国との通商交渉によって、各国で膨れ上がったプラスチックをまとめて廃棄処理する場となっている。毎年膨大な量がケニアへ集められてくるにもかかわらず、処理が間に合わない。管理も不十分なまま長年蓄積されている。

処理されていない分、拾えば利用できるものも見つけられるため、自然と人も動物も集まるようになった。

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ふたりは現地を歩き、ここで生活する人たちから直接話を聞いてきた。この経験は強烈なインスピレーションとなったようだ。

こうした辺境の地への旅は、実は初めてだという中里。「旅の緊張に加えて、現地でカタチの残った衣服がプラスチックゴミや汚物にまみれて山積みになり、一面に広がる光景は衝撃で言葉にできないものでした。でもどこかでそれを美しいとも思う自分がいました。 そこでは人も動物も命を育んでいて、動物にいたっては丘のひとつだと思っていたのかもしれない。すごく複雑な思いや混沌としたものを感じる体験でした」

「使命」を背負って今回の旅に挑んだ分、映画の中の中里の表情も一時困窮を極めた様子だった。

「絶望が際立って見える場所で、実際に足を運ばないとわからない、ということを痛感しました。酷い悪臭と熱気で、まさに身体に、心に、刻み込まれるような旅でした」

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帰国後、中里は、旅の前に予定していたショーの内容をすべて変更する決断をする。エプソン社の技術によって現地で仕入れた衣服を再繊維化して生地にするなどアップサイクルを試み、また日本の最先端で繊維開発を手掛けるスパイバー社などの協力を得て、コレクションに挑んだ。2023年春夏、2023-24年秋冬のコレクションには現地でのインスピレーションが反映されている。

その様子を追い続けた関根は、「大きな課題を前に思考停止することもあると思いますが、唯馬さんは、"リアルを体感すること" の偉大さを改めて見せてくれました。コレクションでソリューションを提案してきたことも素晴らしい。経験することによって共感してくれる人も現れるし、実現する力が生まれます」

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フィガロジャポンが主催するBWA Pitch Contest 2022のファイナリスト、坂田ミギーも「SHIFT80」というブランドで、ケニアの若者と一緒に古着問題とアップサイクルに取り組んでいる。中里にも、アップサイクルについての考えを聞いた。

中里は、「現地では多くの方がアップサイクルに取り組まれていて、『小さい頃から服が山積みになっているのを見て、どうにかしたいと思った』という声を聞きました」という。 あの物量を目の当たりにしたら、自然に起こるアクションなのかもしれない。 「日本では、廃棄されるものも、売られているものも、その物量が一体どれほどのものか、把握する術がないことに気付かされます」

関根は、「確かに日本ではゴミ処理場も各県の辺境に設置されていますし、家の中のゴミ箱も見えないところに隠します。いつも目に触れたら意識は格段に変わるでしょうね。たとえば家の真ん中に置く、とても美しいゴミ箱があってもいいかもしれない」と想像を広げる。

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photography by Sadaho Naito

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それでもファッションは夢を売る仕事。

映画の中で、ゴミ山で長年暮らしている女性が「ここでの生活は問題ない、子どもも育てたし、私は健康だ」といった言葉は、見る者をハッとさせる。私たちが課題だと感じていることを肯定したい人たちとは、どのように向き合えばいいのだろうか? 

関根は、「あの場所で、ある種の生態系が生まれているということなのでしょう。ネガティブな情報は飛びつきやすいけど、誰かを叩いても分断が起こるだけです。長い目で見て、生命体が健康的に過ごせる環境は必要だと考えています。人間や動物は身近すぎるものについては、知覚機能が衰えるそうです。魚に水の存在を知らせるように、衣服がどんな状態にあるかを考えるのは意外と難しいのかもしれません。想像をめぐらせることが大事。この映画が考えるきっかけになればうれしいです」

中里も同意し、「私たちはこの光景に衝撃を受けていますが、東京の映像を見て、あそこで人が生活しているなんてクレイジーだと思う人もいるかもしれない。人間にも動物にも適応能力があって、シンプルに目の前の環境で生き抜いている。これだけ移動が可能な時代だからこそ、是非実際にその衝撃を感じられる機会を持っていただければ。そして、なんとかしようと頑張っている人の姿を見てもらえたらと思います」。

中里は現地での経験を経て、「ファッションは夢を売る仕事」だと言い切る。

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「現在の産業にとって、"機能性"はパワーワードなんです。ファッションの存在意義のひとつでもある」

確かに縮まない、軽い、暖かい、通気性がよい、コストを下げられる、などは産業における開発軸の柱だ。化学繊維が重宝される理由のひとつでもある。「でもケニアでの旅で服の起源や、干ばつエリアでも美しく着飾っている女性、武器を装飾する武装集団員に出会って、"人間の美しくあろうとする尊厳" に触れました。それは機能や効率とはかけ離れている。食と住居はほかの動物にもあるけど、衣服はこの地球上で人間しか持たないもの。今後はさらに  "ファッションの力" 、そのポテンシャルに迫り、最大限に引き出せるよう挑戦するために、これまでにも力を入れてきた"機能を削り落とす"ことを一層追究したいと思うようになりました」

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ビジネスの観点ではどうだろうか。SDGs が叫ばれるなか、生産や販売の現場においては経済合理性が強く求められる。しかし関根は自身の立場からこう語る。

「政治的な利害を削ぎ落して、必要なアクションを最短でとっていく意識を持ちたいです。ビジネスは、いまのままでは経済拡大のためのアルゴリズムに乗るしか道がない。でも、メディアのクリエイティブも貢献できるのではないでしょうか。映画は大切だと認識したものを、アウトプットするまでに時間がかかります。その分、経済拡大のアルゴリズムの外にあるものをしっかりと捉えて伝えていきたい」

『燃えるドレスを紡いで』
監督/関根光才
2023年、日本映画、89分
配給/ナカチカピクチャーズ
アップリンク吉祥寺ほか全国にて順次公開
https://dust-to-dust.jp

 

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text: Rion Tomozato

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