深田晃司がみる、グレタ・ガーウィグの影響力とは?

Culture 2024.05.11

5月14日から開催される第77回カンヌ国際映画祭で、審査員長を務める女優、映画監督のグレタ・ガーウィグ。アメリカ人の女性監督が初めて審査員長務めることとなった。この抜擢には女性映画監督として初めて世界興収10億ドルを突破した『バービー』の存在が大きいだろう。
『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞、近年では『本気のしるし』や『LOVE LIFE』などの数多くの作品を手がけた映画監督の深田晃司に男性映画監督から観るグレタ・ガーウィグを語ってもらった。

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グレタ・ガーウィグの登場は時代の必然である。

フランスにヌーヴェルバーグがあり、デンマークにドグマ95があるように、近年のアメリカ映画を語る上でマンブルコア映画運動は避けては通れないだろう。
マンブルコア映画運動とは、2000年代以降に始まったアメリカのインディペンデント映画の潮流で、低予算制作ながら自然主義的な演技によって個人的な題材が取り上げられていった。

絵画や文学など他の表現分野と比較して高額な製作予算を必要とする映画は、それゆえに資本の回収のために高い娯楽性、商業性が求められやすい。それは往々にして自由な表現を欲する作家の欲望とは相反するため、各国の特に若い映画監督たちを中心に低予算で先鋭的な映画を志す運動が立ち上がるのは、ひとつの必然であったと言える。

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飾ることなく自分らしく在り続ける『フランシス・ハ』のフランシスに多くの人が共感した。photography: ©Pine District, LLC.

個人的な実感だが、90年代以前と比較して近年のアメリカ映画は、娯楽性の高いジャンル映画においてさえ、演技のリアリティの位相がよりリアルに、よりナチュラルなものへと変化してきたように思える。DCやマーベルなど、一見荒唐無稽な世界観を持つヒーロー映画であっても、そこに生きる俳優の演技はリアリズムを基調としていることに度々驚かされる。そういったアメリカ映画の演技の変容に、もしかしたらマンブルコア映画運動も何かしらの影響を与えているのではないか? と勝手に想像しているが、その運動の渦中にいたのが、俳優グレタ・ガーウィグであった。

グレタ・ガーウィグは多数のマンブルコア映画に出演し、12年のノア・バームバック監督の傑作『フランシス・ハ』では主演としてその飾らず生々しい存在感を発揮している。一方で、同作には脚本家としても参画し作品世界の構築に寄与していて、その感触は『フランシス・ハ』に続きグレタの故郷サクラメントをロケ地とした長編デビュー作『レディ・バード』へと引き継がれていく。

そして、『バービー』である。世界的に有名なファッションドールを題材に、女性の権利獲得の歴史や葛藤を、まさにフェミニズムを強く意識した視点から描いた唯一無二の映画である。

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どこかグレタらしさを感じる『レディ・バード』のシアーシャ・ローナン演じるクリスティン。photography: ©︎2017 InterActiveCorp Films, LLC. All Rights Reserved.

緻密に構築された虚実の入り混じる世界観にまず魅せられ、誇張されながらもリアリズムに裏打ちされた演技合戦はマンブルコア映画運動の延長線上に立つグレタ・ガーウィグらしく見応えがある。そして、女性の権利の歴史と在り方についても当然ながら「考えさせられる」映画である。が、私を含めた男たちは「考えさせられる」なんて安全圏からのんきにこの作品を批評している場合ではないだろう。

映画界は今も昔も男性社会である。多額の資金を準備する資本家もプロデューサーも、現場を取り仕切る監督もそのほとんどが男性、映画の賞レースの審査員を務めるのも男性ばかり、つまりは映画の歴史とはホモソーシャルな男性クラブの歴史とほぼ同意である。

マタイ効果と呼ばれる社会学用語がある。「実績を上げた者は、その実績によってより良い環境が与えられ、さらに実績を上げやすくなる」状況を指した言葉で、つまり男性社会として始まってしまった映画業界は、特別な対策を打たない限り、構造的に「新規参入」である女性の監督やスタッフがデビューしづらい環境にあるのだ。

映画業界という男性クラブに女性が「入会」する方法はごく限られていて、その典型のひとつが「女優」の道であった。しかし、映画業界の入り口でキャスティング権を握るのも、「女優」を美しきアイコンとして奉るのも、概ね男たちであるのだ。

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映画業界、そして世界中にエンパワーメントを届けた『バービー』。主演を務めたマーゴット ロビー。photograhy: ©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

女性の置かれた厳しい現実を描きジェンダーロールについて徹底して風刺した『バービー』が、グレタ・ガーウィグ、マーゴット・ロビーというふたりの実績ある「女優」たちの主体的な先導によって作られたのは、時代の大きな必然であったといえる。

バービー人形を生産する会社の役員が全員男性であることに主人公であるバービーが失望する場面があるが、あそこで描かれた男性だらけの滑稽な会議室は、映画業界に居座る既得権益である男性たちへの強烈なアイロニーであることを忘れてはならない。

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『フランシス・ハ』
●監督/ノア・バームバック
●主演/グレタ・ガーウィグ、ミッキー・サムナー、アダム・ドライバー
発売:新日本映画社
販売:ポニーキャニオン
©Pine District, LLC.

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『レディ・バード』
●監督・脚本/グレタ・ガーヴィグ
●主演/シアーシャ ローナン、ティモシー シャラメ、ビーニー・フェルドスタインほか
Blu-ray:2,075 円/DVD: 1,572 円 (税込み)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
©︎2017 InterActiveCorp Films, LLC. All Rights Reserved.

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『バービー』
●監督・脚本/グレタ・ガーウィグ
●脚本/ノア・バームバック
●出演/マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、シム・リウ、デュア・リパ、ヘレン・ミレンほか
●ブルーレイ&DVDセット(2枚組) 5,280 円(税込)
発売:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント 
販売:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
『バービー』デジタル配信中
©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

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