平松洋子が選ぶ、「読むだけでお腹が空いてくる」6冊。【いま知りたいことを、本の中に見つける vol.3】
Culture 2025.08.15
知りたい、深めたい、共感したい──私たちのそんな欲求にこたえる本を26テーマ別に紹介。各テーマの選者を手がけた賢者の言葉から、世界が変わって見えてくる贅沢な読書体験へ!
vol.3は「読むだけでお腹が空いてくる」をテーマに、作家・平松洋子が選んだ6冊を紹介。生きるうえで「食」は切っても切れない。「食べること」「生きること」の本質を、さまざまなジャンルを通して見つめてみたい。
選者:平松洋子(作家)
読むだけでお腹が空いてくる。
「食」は個人的な物語であると同時に、時代や社会とダイレクトに繋がっている。また、食べることは生命維持のために欠かせない営みであり、悲喜こもごもの感情を生み出す。だからこそ、「食」について書けば、おのずと人間の佇まいが色濃く立ち上がり、心を動かされるのだ。その醍醐味を味わうための六冊を、日記、自伝的小説、ノンフィクション、随筆、戦争文学など異なるジャンルから選んだ。いずれの本にも、「食」を扱うからこそ現れるリアルな人間の姿があり、「食べる」と「生きる」の本質を語り掛けてくる。
1. 『野火』
大岡昇平著 新潮文庫 ¥605
人間の生死と尊厳を問う戦争文学の金字塔的作品。敗戦の気配が色濃いフィリピン戦線。結核を患った田村一等兵は食糧収集に携われず、わずか数本のイモだけを渡されて本隊から追われ、野をさまよう。生きることは食べることと直結する。その根源的かつ究極の意味を、戦場という究極の状況のなかで問いかける。極度の飢えと孤独によって尊厳が脅かされるとき、人間はいかにふるまうのか。小説の力にひれ伏すとともに、私たちを取り囲む世界の現実を思わずにはいられない。
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2. 『海と山のオムレツ』
カルミネ・アバーテ著 関口英子訳 新潮社刊 ¥2,145
かつてオスマン帝国の侵略から逃れたアルバニア人が移住したイタリア・カラブリア州のカルフィツィ村。独自の言葉と文化をもつ土地に生まれ育った著者が食の記憶をつうじてひとりの男の半生を描き、ピュアな食欲と想像力を刺激する。青背の魚のシラスに赤唐辛子を練り込んだペースト、サルデッラも乾燥リコッタチーズの燻製も食べたことがないのに、土地の風や匂い、家族の絆とともに強烈な魅力を放って惹きつけられる。
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3. 『富士日記』
武田百合子著 中公文庫 上・下巻各¥1,034、中巻¥1,056
昭和三十九年七月から五十一年九月まで、途中二年の空白をはさんで書き継がれた日記。夫、武田泰淳、ひとり娘、花。家族三人で富士山麓の別荘に通うなかで無数の食べものが書き留められ、日々の陰影を深める。日記の後半、夫は病を得る。「気分の照り降りをそのままに暮らしていた丈夫な私は、何て粗野で鈍感な女だったろう」。行間から発せられる武田百合子の野性。食べる行為もまた生と死の境にあってエロスの発露を感じさせる。
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4. 『食べごしらえ おままごと』
石牟礼道子著 中公文庫 ¥748
名著『苦海浄土―わが水俣病』(講談社文庫)の著者としても広く知られる石牟礼道子。そのあまりにも豊饒な内的世界を、幼少期からの食体験や習俗、郷土の料理によって描き出す随筆集。生まれ故郷、熊本県天草の土地と家族が石牟礼にどれほどの豊かさをもたらしたか、何度読んでも深い感銘を受ける。土地と自然と人間がこのうえなく親密な関係を結んだ時代の幸福なありさまに触れて、思う。私たちもこのように生きられるはずだ、と。
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5. 『ファッションフード、あります。
はやりの食べ物クロニクル』
畑中三応子著 ちくま文庫 ¥1,100
1970年を"本格的なファッションフード成立元年"と位置づけ、以降2000年代までの流行りの食べものを克明に追いながら、現代の日本社会を浮き彫りにする。グルメに浮かれ、エスニック料理に沸き立ち、B級グルメで街おこし。弁当男子、スイーツ、立ち飲み、焼酎ブーム、糖質制限、ダイエット......旺盛な好奇心と赤面するほどの節操のなさ。容赦なく焙りだされる流行の諸相のなかに、自分の姿も重なる。
6. 『料理と人生』
マリーズ・コンデ著 大辻都訳 左右社刊 ¥4,180
2018年、ニュー・アカデミー賞受賞作家、M・コンデによる自伝的回想録。1934年、カリブ海の仏領グアドループ生まれ。文学と料理に注ぐ情熱に支えられてきたコンデが、その足跡を数々の食卓の記憶によって語り尽くす。母方の祖母は、植民者階級の白人家庭で働く料理人だった。幼い頃、母から「料理なんかにかまけるのは馬鹿だけ」と言われて育った文学者にとって、料理は誇りと抵抗と自尊心そのものに違いなかった。
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1958年、岡山県倉敷市生まれ。食文化や暮らしを中心に、幅広く執筆。近著は『父のビスコ』(小学館文庫)、『おあげさん』『酔いどれ卵とワイン』(ともに文春文庫)など。
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*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋