「町屋文学の沼」へ誘う一冊をシトウレイがレビュー。
Culture 2025.08.27
主人公は代官山育ちの20代。のどかな生活が描かれると思いきや、我々のイメージとは大きく異なる展開が。ストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト・シトウレイが、読み終えたとき深い感動を味わった1冊とは......?
『生活』

一見ポップ、エンタメ風情満載、なのに、とんでもない読書体験。
文:シトウレイ ストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト
主人公はのんきでコーヒーとファッションが好き、代官山育ちの20代、そう聞くと誰もが想定するだろう邪気なしツルンないまっぽい男の子、そんな「かれ」のなんでもない生活を描いた作品なのかな......と思いきや! 筋道の見えないジェットコースターな展開に、クセしかない独特の文体、一向につかめない主題、ボリューム。この読み難い作品を、自分の背丈以上の草むらをワシワシかき分けるように読み進んでいくうちに、ふとあることに気がつくんです。
「あ、これは『文章になる前の文章』っていうか頭の中、言葉でまとめる前の思考をそのままに描写してるんだ!」と。頭の中だから当然まとまりはないし、話がそれたり主語や目的語が急に省かれたりするからこそ理解するのに骨が折れるのか。
物語を「読む」というより主人公の「かれ」や登場人物それぞれの頭の中に入り込み、その思考の流れをなぞるに似た読書体験でそれは一種独特というかある意味他人の脳内への不可避の暴力的トリップでそれは不思議な感覚(作品の文体をまねして書いてみました)。
この「脳内トリップ」、普段はしない読書体験だったからこそ身体がそれを受け入れるまで時間がかかるし、想像以上に脳がカロリーを消費する(ということはダイエットに向いているかもしれない?)。だけど慣れてくるとやめられない、ページをめくる手が止められない、こうやって人は町屋文学に沼っていくのか......とちょっとした手ごたえと納得感を得られた瞬間、また後半戦は作風の趣がF1のヘアピンカーブ並みにぎゅいんと変わる。この物語はどこに向かってる? 村上春樹っぽい文体をパロる描写の「これ何?」感、ハンドリング不能な破天荒な詰め込みが待っている。
最後のページを意地で読み終え閉じた時、すこぶる感じる達成感(やってやったぜ!)と、同時にじわじわやってくる「私はいま文学史に残るべき、大きな作品を読んだのでは?」という深い感動。圧倒的でした。
ストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト
被写体の魅力を写真と言葉で紡ぐスタイルのファンは国内外に多数。2020年、『Style on the Street: From Tokyo and Byond』(Rizzoli 刊)を世界同時発売。活動は多岐にわたり、YouTubeシトウレイチャンネル NEW も好評。
https://x.com/stylefromtokyo
https://www.instagram.com/reishito/
*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋