絵画の世界へ没入するような3冊を住吉智恵が選出。【いま知りたいことを、本の中に見つける vol.25】
Culture 2025.09.18
知りたい、深めたい、共感したい──私たちのそんな欲求にこたえる本を26テーマ別に紹介。各テーマの選者を手がけた賢者の言葉から、世界が変わって見えてくる贅沢な読書体験へ!
vol.25は「絵画の世界へ没入する」をテーマに、アートジャーナリスト・住吉智恵が選んだ本3冊を紹介。アートブックとはまた違う文学作品で絵画への解像度を高めてみては?
選者:住吉智恵(アートジャーナリスト)
絵画の世界へ没入する。
子どもの時分、絵本や漫画と同じくらい文学の虜になった。アンデルセンの『絵のない絵本』は題名通り、書き手と読み手の空想の力が合わさることで、一編の物語が無限の絵画的イメージを獲得する文学の喜びを祝福する。『インド夜想曲』は西洋と東洋の異なる人間観を炙り出す珠玉作。そして原田マハの筆致による棟方志功像は筆者自身も悩んだ「視力問題」を想起させ、なぜ彼があれほどゴッホに憧れたのかを理解する助けになる。ゴッホの震えるメンタルと志功の揺れる視界と熱量が互いに共振するイメージを想像で掴むのである。
『絵のない絵本』
アンデルセン著 矢崎源九郎訳 新潮文庫 ¥319
世界中を巡り人々の営みを照らしだす月が、屋根裏部屋で暮らす貧しい画家に毎夜語りかける短いお話。孤独な青年の空想の翼にのって物語は命を吹き込まれ、33編の絵本に結晶する。子どもの頃に読んだ版は、添えられたいわさきちひろの挿し絵を遥かに超えて、鮮やかに煌めくイメージを記憶に埋め込んだ。インドのガンジス川やパリの革命、サハラ砂漠に想いを馳せる本書の読書体験がそのまま読書と絵画に耽溺する思春期に繋がっていく。
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『インド夜想曲』
アントニオ・タブッキ著 須賀敦子訳 白水Uブックス ¥990
失踪した友人を探し、彼が残した痕跡を手がかりにインド各地を旅する主人公が体験する十二夜の物語。抜け目なく強かな人々が跋扈する、理性では説明のつかない神秘の世界は濃厚な夜の薫りに焚きしめられ、脳内の異国幻想を豪奢なイメージで満たしてくれる。だが次第に明かされる物語のメビウス構造に気づいた頃には、「肉体は魂を運ぶための鞄」という暗喩が示す、世俗の人間が宿命的に携えて生きる不条理性に愕然とするのだ。
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『板上に咲く』
原田マハ著 幻冬舎刊 ¥1,870
板画の巨匠・棟方志功を、その傍らで墨を磨りながら支えた妻チヤの目線から描いた伝記小説。弱視のため対象の輪郭を捉えられず、木版に辿り着いた志功を象徴するのが、顔を板にくっつけるようにして版を彫る姿だ。自身も裸眼だと常にモノの朧げな気配や色、触感を頼りに暮らす筆者にとって、全編を通して想像を掻き立てられたのは、志功が生涯闘い続けた手探りのもどかしさや外界のイメージを把握しようとする感覚の鋭敏さである。
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1990年代よりアートジャーナリストとして活動。2003年から12年間、ギャラリー&バーTRAUMARISを主宰。カルチャーレビューサイト「RealTokyo」のディレクターも務める。
https://www.instagram.com/btraumaris/
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*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋
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