名曲を読む体験。音楽が聞こえてくる6冊をいしいしんじがセレクト。【いま知りたいことを、本の中に見つける vol.24】
Culture 2025.09.17
知りたい、深めたい、共感したい──私たちのそんな欲求にこたえる本を26テーマ別に紹介。各テーマの選者を手がけた賢者の言葉から、世界が変わって見えてくる贅沢な読書体験へ!
vol.24は「音が聞こえる!? 名曲を読む体験」をテーマに、作家・いしいしんじが選んだ6冊を紹介。「音をよみ、文字をきく」新たな楽しみの扉を開きたい。
選者:いしいしんじ(作家)
音が聞こえる!? 名曲を読む体験。
小説を書くとき音楽はかけません。からだの輪郭が揺れてまっすぐ線が引けない気がします。本を読むときも微妙です。本のなかで念願の再会がかないそうなのに、真横でトニー谷のそろばんが鳴っていたのではだいなしではないですか。基本、音楽をきくときには音楽に、本を開くときには本に集中します。けれど、音楽がきこえてくる本なら一石二鳥。ページをめくる音にハミングをかさね、すきとおったピアノやヴォーカルの音色を耳と目の両方で味わえます。音をよみ、文字をきく。音楽にまつわる本には、そんなひそやかな楽しみがつまっています。
1. 『ショパンゾンビ・コンテスタント』
町屋良平著 新潮社刊 ¥1,595
主人公は音大を中退した小説家志望のフリーター。音大生の友人が毎晩やってきてはYouTubeでショパンコンクールの生中継を見ます。町屋さんの小説はどれも、そこに描かれているモチーフに読み心地が似てきます。ここではピアノ。天才の指がきらきらっとはじいたパッセージがあれば、ひとさし指をポーンと鍵盤に落としたような一文がある。迷い、たどり、とどめ、ひらく。どの音も冴え冴えと白く、うつくしい。
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2. 『魔の山』
トーマス・マン著 高橋義孝訳 新潮文庫 上巻¥1,155、下巻¥1,265
長い長い交響曲を本にたとえるとしたら大勢が選ぶであろう名作。戦前ドイツの若者が、健康な心身のまま山の上のサナトリウムに入所します。すぐに出られるはずが滞在は長引きます。癖のある入院患者たちとうちとけ、議論しあう日々。物語の後半で、主人公ハンス・カストルプは施設の音楽係となります。夜ごと蓄音器でかけるレコードの大音響が、やがてハンスをつつみ、山をふるわせ、ヨーロッパ全土をのみこんでいくのです。
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3. 『ソングの哲学』
ボブ・ディラン著 佐藤良明訳 岩波書店刊 ¥4,180
ディランが愛好するポップソング66曲。1話ごとに、前半はその曲から彼がイメージする、夢のモザイクのような心象風景が語られます。後半は歌手、楽曲にまつわる真正面からのレビューです。ことばをつむいでいるのはボブ・ディラン、ページからあの声が、語り口調が、きこえてこないわけがありません。語りはそのうちハミングに、歌声にかわります。これらの歌を誰よりも歌いたいのは、他ならぬディラン本人なのです。
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4. 『パウル・クレー 絵画のたくらみ』
前田富士男、宮下誠、いしいしんじほか著 新潮社刊 ¥1,650
画家パウル・クレーはよく知られているとおり音楽家でもありました。ベルン市立オーケストラでヴァイオリンを演奏するほどの腕前でした。画家となったクレーは絵筆とキャンバスで自分だけの音楽を奏でようとしていたのだと思います。その作品からはどれも耳だけではとらえきれない豊かな音響がにじみだしています。とりわけうつくしい線画『オルフェウスの庭』について、僕はこの本に長いエッセイを寄せています。
5. 『ジョン・レノン作曲術』
野口義修著 ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス刊 ¥1,980
ビートルズをよく知らなくても(知っているひとはもちろん)、ひとりの天才が音楽をどのように作っていくか、目の前で楽器が分解されていくみたいに、ありありとみてとれます。楽しげで明朗なその手つきが、豊かな読み心地をうんでいます。どのページからでも読め、どの行にもメロディがあふれています。この本を読んでからジョンの曲をきくと、彼が一音ずつにかけた思いとそのユーモアに、胸がしんと熱くなります。
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6. 『ピアノ・ノート
演奏家と聴き手のために』
チャールズ・ローゼン著 朝倉和子訳 みすず書房刊 ¥3,520 ※新装版は¥3,850
ピアノを習いはじめる前と、その後とで、この本の読み応えは変わりませんでした。それぐらいおもしろいのです。音楽について、これほど多様で、高度なプロでも中高生でも同様に楽しめる書き方ができるひとは、たぶん他にいません。19世紀以降、クラシック音楽の主役をになってきた楽器、ピアノ。その歴史、奏法、著者だからこそ語れるあまたのエピソード。手もとに置いておき、長い時間をかけて味わいたい一冊。
京都大学文学部仏文学科卒。著書に『プラネタリウムのふたご』(講談社刊)、『よはひ』(集英社刊)。近著に『先生の庭 うつわ小説 その3』(港の人刊)など。
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*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋
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