平成から現在にいたるまで、毎クール連続ドラマを視聴し続けて、約3000本を網羅したドラマファンなエッセイスト/編集者の小林久乃が送る、ドラマの見方がグッと深くなる連載「テレビドラマ、拾い読み!」。今回は今週最終回を迎える朝ドラ「あんぱん」を観て感じた夫婦の在り方を語ってもらいます。
朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)。9月も終盤に差し掛かり、4月の放送スタートから最終回を迎えようとしている。

主人公・柳井のぶを演じたのは今田美桜。夫の柳井嵩(やない・たかし)は北村匠海が演じた。ふたりが各所のインタビューで話していたが、共演歴はなんと本作で6回目だそうで、互いの演技に対する信頼感が抜群だったとか。どこまでも息のあった演技は、仲の良さそうな夫婦そのものだった。ちなみにいまさら加えておくと、柳井嵩のモチーフは『アンパンマン』の作者・やなせたかしだ。年代を問わず、あの丸い顔のヒーローに心を寄せたはず......。
朝ドラは毎回見ているはずなのに、最終回が近づくにつれて、気持ちがザワザワとしてくる。この正体はなんだろう? ああ、そうか。終わるのが寂しいのか。
---fadeinpager---
自分らしくいられるのであれば、どんな結婚生活でも構わない
なぜ『あんぱん』最終回に向かって、自分が寂しくなっているのかを考えてみると、理由は脳内にふたつ浮かんだ。
まずは嵩がのぶに愛情を注ぐ様が、ドラマの片隅からひしひしと伝わってきたから。自分がクリエイティブとしてどんなに売れっ子になっても驕らず、妻の存在にいつも感謝をし続けている。些細かもしれないが、妻を常に「のぶちゃん」と、幼少期からの愛称で呼んでいるのも可愛らしい。

のぶはそんな嵩の存在をいつも側に感じながら、教師、新聞記者、議員秘書と転職を重ねて、自分も何者かになろうと葛藤していたのが、物語からよく伝わった。最終的には夫の支えに徹するけれど、どこか自分の存在に引け目があったのかもしれない。
「うちは何者にもなれんかった」
「世の中に忘れられたような......置き去りにされたような気持ちになるがよ」

嵩はそんな妻の気持ちを受け止めて「のぶちゃんがいなかったら、いまの僕はいないよ。のぶちゃんはそのままで最高だよ」と言った。最近放送した民放のドラマに「専業主婦と兼業主婦」の意義を問う作品があった。その答えは自分らしくいられるのであれば、どんな結婚生活でも構わないというもの。『あんぱん』で見た夫婦愛も同じ答えだったと思う。互いの存在を尊重していた。
とはいえ、だ。そこには夫と妻、互いに弛むことなく注ぎ続ける愛情あってこそ。そういう相手には出会うのが人生最大の難関なのだけど。
---fadeinpager---
子どもがいない夫婦であったとしても
寂しい理由をもうひとつ。柳井夫妻に子どもがいなかった設定が気になっていた。なぜそう考えたのかといえば、自身が未婚、子なしであるから。「ひとりで生きたかった」とは言いつつも、日常生活のどこかで寂しさが見え隠れする。
そんな思想とは反するように、朝ドラといえば(私記憶調べによると)ヒロインが結婚した場合はほぼ、子どもが誕生している。昔から日本女性の幸せと呼ばれた結婚、出産の演出は当然のように演出の一部。そこに嫌悪感は感じていないけれど「あれ? 柳井夫妻には子どもがいなかったんだ」と、やんわり心に残っていた。そしてのぶはもっと苦しい気持ちを抱えていたのだろうか。前述の台詞に続いて、こんな発言をしている。

「嵩さんは子どもが欲しかったかもしれないけど、子どもも産めなかった」
令和のいまでこそ"DINKs"と呼ばれる夫婦の在り方も浸透しているし、男性の不妊治療も一般化した。でも昭和30〜40年代に子どもが望めない夫婦は、どうしても妻が引け目を感じるのは確かだった。もちろん、嵩はどこまでものぶの存在を肯定していた。同時に妻に対して自己受容を促していたのかもしれない。
作品モデルになる女性が過去の人物である作品が多く、夫婦の在り方もどこかに男性優位の雰囲気が否めなかった朝ドラ。1961年のスタート後、『あんぱん』の柳井夫妻によって、また新しいタームを迎えたのだろうか。(まだ終わっていないけれど!)いいドラマだった。
私は朝ドラをいつもマラソンに例えている。毎日15分間ずつ進んでいく物語がランナーで、視聴者は伴走者。半年間の疾走の後は、また新しい朝ドラ=物語が始まる。9月29日(月)からスタートする髙石あかり主演『ばけばけ』は、どんな走りを見せてくれるのか楽しみが膨らむ。
コラムニスト、ライター、編集者
平成から現在に至る まで、毎クール連続ドラマを視聴し続けて、約3000本を網羅したドラマファン。趣味が高じて「ベスト・オブ・平成ドラマ!」(青春出版社)を上梓、準レギュラーを務めるFM静岡「グッティ!」にてドラマコーナーのパーソナリティーを務める。他、多数のウェブ、 紙媒体にて連載を持ち、エンタメに関するコラムを執筆中。