「あなたの涙を売ってくれませんか」――ノーベル賞作家による、大人に薦めたい癒やしの童話。
Culture 2025.10.11
2024年、アジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞したハン・ガンが贈る、大人のための童話『涙の箱』。主人公が出会う、涙を集める男が探す世界で最も美しい「純粋な涙」とは――。
『涙の箱』

ノーベル賞作家ハン・ガンによる、大人のための"癒やし"の童話。
文:原田いず 翻訳家
生後3カ月の姪の目に、涙が浮かんでいた。泣き声をあげるところは何度も見てきたけれど、涙を見たのは初めてだった。検索してみると、このくらいの時期に涙腺が発達するのだという。考えてみれば、涙とは不思議なものだ。極度に涙もろい人がいるかと思えば、いくら悲しくたって涙一滴流さない人もいる。
昨年、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンによる『涙の箱』は、そんな「涙」をテーマにした大人のための童話だ。主人公は、自分でもなぜ泣いてしまうのかわからないほどしょっちゅう涙を流し、村の人々に「涙つぼ」と呼ばれている女の子。内気な彼女のもとに、ある日ひとりの男(おじさん)が訪ねてくる。「あなたの涙を売ってくれませんか」。人々から買い集めた涙を結晶にして、時に別の誰かに売りもするおじさんの真っ黒なトランクには、色とりどりに輝く涙が詰まっている。オレンジの涙は、とても腹が立った時に流す涙。ピンクの涙は、あまりにもうれしくて流す涙。薄緑の涙は、赤ちゃんの涙......。世界で最も「純粋な涙」を探すおじさんの旅路に同行するため、生まれ育った場所を離れた彼女は、とある村で涙を流したことのない老人と出会う----というのが物語の大筋だ。
涙は感情のバロメーターのように思われがちだが、必ずしもそうではない。胸が張り裂けそうな悲しみにも涙を流せない人もいる。そんな人は、影が代わりに泣いているのだ、この本はそう教えてくれる。2008年に原書が出版された韓国では、「涙を流せなかった頃の自分を思い出した」「魂が洗われた」「泣いてばかりの自分を愛せるようになった」といった読者レビューが目を引く。ハン・ガン作品でしばしば語られる「傷」や「痛み」よりも、「希望」や「癒やし」の側面がより感じられる作品だ。日本語での翻訳出版にあたり、新たにjunaidaによる挿画が添えられ、みずみずしい温もりに彩られている。新芽のような生まれたての命を見つめながら、しばらく涙のことを考えた。
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翻訳家
2020年に新韓流文化コンテンツ翻訳コンクール(現・翻訳新人賞)映画部門大賞受賞。韓国文学ZINE「udtt book club」のメンバーとして未邦訳作品の紹介も行う。訳書にソ・イジェ著『0%に向かって』(左右社刊)など。
*「フィガロジャポン」2025年11月号より抜粋
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