ようこそメゾン マルジェラに。グレン・マーティンス、「アーティザナル」を発表。
Fashion 2025.08.07
2014年からクリエイティブ・ディレクターを務めていたジョン・ガリアーノが昨年末に退任したメゾン マルジェラ。その1か月後に彼の後任としてグレン・マーティンスが就任したことが発表された。それ以来、大いなる関心と好奇心で待ち望まれていたのがグレンのメゾンにおける最初のショーとなる2025年「アーティザナル」コレクションである。
2025年「アーティザナル」がグレン・マーティンスによるメゾン マルジェラの初のショー。これまで非売品だった「アーティザナル」だが、今回はオーダーできるピースも含まれている。
パリのオートクチュール週間の3日目にあたる7月9日、それがパリで発表された。就任からたった半年後のことである。実は、グレンはこのコレクションをメゾンのオーナーから託されることを予想して、早々に準備を進めていたそうだ。会場はメゾン創始者マルタン・マルジェラが最後となった2009年春夏コレクションのショーを2008年に行った19区のカルチャースペース104。今回グレンがコレクション発表の場に選んだのはその地下フロアーで、4つに分けられた部屋の床と壁は6つの異なる宮殿の内装をモチーフとしたイメージがプリントされた紙のコラージュで覆われ、各スペースの色調は黒系、グレー系、煉瓦色系、白系と異なるものだった。
会場内、壁だけでなく床もコラージュで覆われた会場。photography: Mariko Omura
紙のコラージュは6つの異なる宮殿の内装をモチーフとしたイメージのプリント。photography: Mariko Omura
49ルックからなるコレクションで、フランドルおよびオランダの中世建築とその雰囲気に着想を得たという。マルタンが生まれたベルギーのヘンク、そしてグレンが生まれたブリュージュのどちらもフランドル地方の町だ。マルタンと自分の創造性を培った土地の文化・建築へのオマージュが込められているのだろう。と言っても、ジョン・ガリアーノの時代を否定するものでは全くなく、彼の時代のアーティザナルのテクニックやシルエットにインスパイアされた服も含まれたコレクションである。
左:ファーストルック。マルタンも使っていた透明プラスチックのドレス。同じ素材でドレープされたアンダースカートとレイヤードされている。 右:解剖学的なシルエットを演出するため、バストの下と肋骨下部でカットされたコルセット付きのボディ。ゴールドのブロケードスカートには、血のように赤いペイントが手作業で施された。透明プラスチックの長袖コートはくすんだバーガンディのブロケード模様がフロッキング加工で施されている。
フランドル地方らしさが感じられる色彩。左:ニット素材をパッチワークで再構築したドレス。上からシルクペーパーを重ね、16世紀フランドル地方のハンドペイントと型押しされたレザー製フラワープリントの壁紙をコラージュしたパステルカラーミックスのパターンをプリント。 右:エロンゲートシルエットで再構築されたレザーバイカージャケット。アップサイクルされたバイカージャケットをパッチワークして、その上からグリーンとコニャックカラーで、16世紀フランドル地方のハンドペイントと型押しされたレザー製フラワープリントの壁紙をコラージュしたプリント紙が重ねられている。そして胸元には手を通すための穴が空けられている。
垂直性とボリュームはゴシック建築の塔の構造を、そして彫像のようなフォルムは教会のファサードに刻まれた聖人たちの姿を想起させるものだ。コルセットやドレーピング、そして視覚的な錯覚によって身体のラインが強調され、フィジカルな造形美が際立っている。モチーフや技法として北ヨーロッパ ルネサンス期の邸宅の内装を抽象的に表現。例えば、16世紀フランドル地方のレザー製フラワープリントの壁紙のイメージがコピー用紙にプリントされて、オーバーレイ素材として用いられ、またファブリックプリントやエンボス加工されていたり。また17世紀オランダの花々と狩猟鳥獣を描いた静物画のコラージュは、プラスチックやファブリックにプリントされて立体的なフォルムに......というように。ライニング生地、ヴィンテージのレザージャケット、廃棄されたコスチュームジュエリー、ごく普通のコピー用紙、プラスチックなどの素材を再利用して再構築している。
左:キャンバス地のフルレングスドレス。象徴主義の画家、ギュスターヴ・モローのブラシストロークを想起させるトロンプルイユをハンドペイントで表現。襟の内側とマスクには、シルバーとベージュのデッドストックのクリスタルジュエリーがあしらわれている。 右:錆びたような風合いを思わせるラストパティーナモチーフがハンドペイントされた、ホワイトデニムのトラウザーズ。ニットのポロトップには、コニャックとベージュカラーで、16世紀フランドル地方のハンドペイントと型押しされたレザー製フラワープリントの壁紙をコラージュしたプリント紙が重ねられ、さらにクリスタル刺繍が施されている。
左:ブラックの上質なコットンミディ丈ドレスには、デッドストックのゴールドコスチュームジュエリーとクリスタルを刺繍。 右:グログランのラペルがあしらわれたブラックのバラシアウールのタキシード。解剖学的なドレープが施されたシルクツイルのトップスには、バーガンディのヘリテージクラバット柄がプリントされている。
左:ロング丈のストレッチクレープドレス。淡い色調で描かれた17世紀オランダの静物画に登場する狩猟鳥獣をモチーフにしたコラージュプリントが施され、その上に、立体的な翼の形にカットされたエクリュカラーのチュールイリュージョンが重ねられている。 右:ストレッチチュールで作られた、フロアレングスのノースリーブドレス。17世紀オランダの静物画で描かれた花々を薄くコラージュした柄がプリントされており、その上に同じ柄がプリントされたスキンカラーのチュールイリュージョンが重ねられ、立体的な花の形にカットされている。
左:フロアレングスのスリーブレスコルセットバスティエドレス。シアーなスキンカラーのジャージーで仕立てられ、袖からスカートへと流れるようなドレープが施されている。 右:解剖学的なドレープが施されたトップスとコルセットのスカート。胸元に豊かな装飾を施したスリムなシルエットで、素材は上下とも蛍光グリーンのシルクシャルムーズ。
ショーのサウンドトラックはスマッシング・パンプキンズの楽曲を解体、再構築したものだった。メゾンの象徴的な「タビ」ブーツの行方は、というと、クロウトゥのレザーブーツや、ウェッジヒールのプラスチック製サンダルとして再解釈されている。そしてメゾンのクリエイティビティの核である匿名性もグレンは踏襲。モデルの顔を覆うマスクはそれぞれのルックとコーディネートするクラフト性の高さが目を引いた。
グレンもマルタンと同じくアントワープの王立アカデミー出身だ。現在42歳の彼はマルタンより26歳若く、"マルジェラ・チルドレンの世代"であると自認しているそうだ。この2025年「アーティザナル」は、脱構築のシルエットや視覚の錯覚を取り込んだトロンプルイユ的な表現、古い品や廃材に時間をかけて与える新しい価値など、メゾンならではのテクニックや価値観をベースに発展させ、新しいチャプターを開こうというグレンの意気込みがこもったコレクションだった。次はパリ・ファッションウィークで発表されるプレタポルテ・コレクションだ。「アーティザナル」で発揮したクリエイティビティをいかに広い層に向けて彼がどう表現するか、楽しみにしよう。
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<クローズアップ>
緻密な手仕事に"すごい!"としか声が出ないテクニックやディテール。クリエイティビティと技の饗宴をいくつか展示会から。
左:ビスケットの缶のような拾ってきた金属のボックスを圧縮し、溶接してマスクに仕上げた。 右:ブラックのダッチェスサテンのシャツにはデッドストックのアメジストとダイヤモンドのコスチュームジュエリーが刺繍され、ブラックのジャージーのベストには、デッドストックのルビーコスチュームジュエリーの刺繍。素材を探す時間、そしてそれらを刺繍して縫い合わせる時間。高価でも豪華でもない素材だが、かけられた時間によってラグジュアリーに。photography: Mariko Omura
左:17世紀オランダの静物画に登場する狩猟鳥獣のコラージュプリントが施されたジャケット。その上に重ねた同じ柄をラスティカラーでプリントしたチュールイリュージョンは、立体的な翼の形にカットされている。 右:17世紀オランダの静物画で描かれた花々を薄くコラージュした柄がプリントされたドレス。その上に同じ柄をスキンカラーでプリントしたチュールイリュージョンが重ねられ、立体的な花の形にカットされている。photography: Mariko Omura
左:金属糸が織り込まれ、形状を記憶するようにフォルムが作れる布。よく見ると花模様がプリントされている。 右:コルセット付きストレッチサテンのボディスーツは、解剖学的なシルエットを演出するためにバスト下と肋骨下部でカットされている。色褪せた3色の17世紀オランダの静物画で描かれた花々のコラージュのプリント。photography: Mariko Omura
editing: Mariko Omura