ワインテイスティングダイアリー by フィガロワインクラブ副部長 「ソムリエはアーティストなのです」JETカップ決勝戦で見えた、ワインに携わる仕事の意味。

Gourmet 2025.10.23

YOSUKE KANAI

今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ......。美しいワインがどのように育まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。

今回はイタリアワインのソムリエコンクール「JETカップ」の第17回決勝戦を取材。大阪・関西万博のイタリアパビリオンで開催された特別な大会を通じて見えた、「ソムリエ」という職業とは?


ソムリエコンクールって何のためにあるのだろうか?

大阪・関西万博の閉幕も目の前に迫ったとある日、私はイタリアパビリオンの中にあるカンファレンスルームで、ソムリエコンクール「第17回JETカップ」の開始を待っていた。JETカップはイタリアワインの輸入を行う日欧商事が主催する、2007年に始まったソムリエコンクール。優勝者にはイタリア共和国駐日大使館公認 "イタリアワイン大使"の称号が授与され、初代優勝者は「イタリアワインの生き字引」といわれた内藤和雄、2代目優勝者にして本大会の審査員長を務めるのはパレスホテル東京のシェフソムリエ佐藤隆正など、ワイン雑誌でもたびたびテイスターやコメンテーターとして活躍する実力派が歴代チャンピオンに名を連ねる。

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決勝戦の開催に先立ち、審査員にして日欧商事社長のティエリー・コーヘンが挨拶。

そもそも「ソムリエコンクール」とはなんなのだろうか。国家資格となっているフランスやイタリアとは違い、日本において「ソムリエ」とはサービスや酒販に従事する人たちがワインや飲料の専門知識を高め、サービスを円滑に行うために、日本ソムリエ協会をはじめとする認定機関が規定する民間資格。お客様がいい気持ちで食事やワイン選びを楽しめるサービスができるなら、資格を持っていなくてもソムリエとして活動することは可能だ。

ただ、あらゆるワイン生産地の原産地保護規定を覚え、地理的要因、醸造方法、ヴィンテージ......そして生産者の思いを理解することで、ワインの世界はグッと広がりを見せる。ソムリエはそうしたさまざまなワインにまつわる情報を頭に入れながら、気持ちの良い笑顔と美しい所作で素敵な時間を演出する。飲料にまつわる学びを深めるのがソムリエ試験やWSETといった資格試験であり、そしてその研鑽を続けるため、サービスの腕を高め合うために、インポーターや大手シャンパーニュメゾンが主催の下、さまざまなソムリエコンクールが開催されている。

第17回JETカップは東京、大阪、名古屋、福岡の4会場に62名が集い、一次予選を勝ち抜いた12名が二次予選・準決勝へ。そして決勝戦には3名が選ばれ、2025年だけの試みとして万博会場のイタリアパビリオンに集結した。審査員は佐藤ソムリエをはじめ歴代のJETカップ優勝者、そしてイタリア最優秀ソムリエ受賞者のロベルト・アネジや、トレンティーノ・アルト・アディジェ州のスパークリングワインの名門、フェッラーリの副社長兼テヌーテ・ルネッリCEOのアレッサンドロ・ルネッリなど、イタリアワインの第一人者が揃う。開催の挨拶で、日欧商事の代表取締役で審査員も務めるティエリー・コーヘンがコメントした。

「Youtube放送で全国に同時中継されているし、新聞も全国紙、テレビも全国放送の取材、そして万博パビリオンの屋外のスクリーンにも同時中継しています。出場者は緊張して当然です。でも皆さんはプロフェッショナル、お店にはいろんなお客様がいらっしゃる。そのすべての人が楽しく『ここにきて良かったな』と思う雰囲気を作れなければいけません。緊張をスーパーパフォーマンスにして頑張ってください」

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テイスティングとサービスの実技

そうして始まった決勝戦。それぞれの挑戦者が1名ずつ、同じ課題に取り組む。まずはいわゆるブラインドテイスティングだ。

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テイスティングに臨む内田尚伸選手(「ディーヴァイタリアーノ(福岡)」ソムリエ)。

5分間の制限時間の中で、素性の明かされていない赤ワイン2種類、白ワイン2種類のブドウ品種、産地、アルコール度数、生産年をコメント。その中で赤ワイン、白ワインともに1グラスはどのようなワインか、その特徴と楽しみ方の提案を解説しながらテイスティングしていく。時計やスマートホンの使用は許されず、審査員長がタイマーで時間管理、時間がくれば全てのコメントが終わっていなくてもそこで終了となってしまう。実際、コメントが時間に間に合わない挑戦者も見受けられた。

テイスティングの時間が終わると、今度はサービスの実技へ。審査員たちがお客様となり、ワインを注文するシチュエーションを作り上げる。第一関門は「新幹線の時間まで、スタンディングで5分くらいドリンクを楽しみたいお客様」たち。「イタリアのジンを使ったカクテルを」と注文するお客様、そしてイタリア語で「スプマンテを使って、何かカクテルを」と頼むお客様も。用意されているボトルは事前には明かされず、選手たちは注文を受けてその場の判断で使う銘柄や割材、グラス、氷を選び、またお客様とのコミュニケーションを図る。

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特別審査員として漫画「神の雫」シリーズの原作者・亜樹直こと樹林ゆう子、樹林伸が登壇。福元幸佑選手(「神楽坂アッカ(東京)」料理長・ソムリエ)がデキャンタージュしたワインをグラスに注ぐ。

スタンディングのお客様の対応が終わった後、次はテーブルについたお客様たちにサービスを行う。こちらは「2018年、新婚旅行でウンブリア州に行った、結婚記念日に来店した夫婦」という設定で、漫画「神の雫」シリーズの原作者・亜樹直こと樹林ゆう子、樹林伸姉弟が登壇。こちらも初めて見るワインリストからお客様にふさわしいワインを選び、サービスを進めていく。ウンブリアの郷土料理がどれで、リストのどのワインを合わせれば良いか説明しながらオーダーを取る。ちょうど結婚記念の2018年のヴィンテージに当たるスパークリング「フェッラーリ ペルレ ミレジム 2018」があり、「『ペルレ』とはイタリア語でパール、真珠を意味します。おふたりの結婚記念には相応しいボトルかと存じます」などと提案し、グラスに泡を注いでいく......。

とはいえ実際の営業中と同様、そう簡単にサービスは進まない。ウンブリア州の赤ワインがリストには載っているものの、実際にバックヤードを確かめるとボトルがない、というハプニングが仕込まれている。それに気付けるか、そのミスが分かった時にどう対応するのかもチェックの対象だ。すぐにお詫びをし、代わりのボトルを提案。ワインの特徴を説明してデキャンタージュを勧める。

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桑原克也選手(「フィルマメント(東京)」ソムリエ)によるサービス実技。「お写真、お撮りしましょうか?」もよくあるシチュエーションだ。

提供している間も気が抜けない。オーダーが決まればグラスの選定をし、テーブルの上に手早くセットしていく。結婚記念日ともなれば乾杯の時にお客様が写真を撮るかもしれず、準備中でも笑顔で対応していく。赤ワインをテイスティングしたお客様から「ちょっと温度が高いと思う」と指摘があれば、その場にあるものを駆使してデキャンタごと冷やす方法を考える......。

あっという間に3名の選手の持ち時間は終わり、会場内に張り詰めていた緊張の糸がふっと緩んだ気がした。観客席から見ている限りだが、どの選手のサービスもとても真心を込めた対応で、彼らのお店に行けばとても素敵な時間が過ごせそうだ、と感じた。

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「ワインは芸術、ソムリエはアーティストです」

少しの休憩時間を挟み、審査員の協議が終了。イタリアパビリオンの外に設えられた表彰台で発表を待つ。

「非常に高いレベルで審査員たちの票も割れました」と審査委員長の佐藤隆正がコメントしたのち、優勝者に選ばれたのは神楽坂アッカの料理長でありソムリエの福元幸佑。賞状とともにイタリアワイン大使の称号、副賞として協賛各社からフェッラーリのマグナムボトル、リーデルのデキャンタが贈られる。

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4回目の挑戦で優勝を掴んだ福元。「優勝者に与えられるイタリアワイン研修旅行でのワイナリー訪問が、いまからとても楽しみです」とコメントしてくれた。

優勝スピーチをする福元。会場にはこれまでの挑戦を支えてきた奥様とご子息の姿もあった。

「4度のチャレンジでやっと優勝できました。正直辛いと思ったことは何度もありますし、家族のサポートのおかげでここまで来れました。そして、ソムリエコンクールを一緒に戦ってきた全国の戦友たちと切磋琢磨できたことが、とてもいい経験になっています」

そして関西万博イタリア政府代表のマリオ・ヴァッターニ大使が総括した閉会の挨拶に、ソムリエという職業の真髄が詰まっているようだった。

「ワインはイタリアの歴史、土地、文化の全てと繋がっている芸術です。今回、イタリアパビリオンでは『芸術は命を再生する』ということを訴え続けてきました。ワインにもアートが宿っています。その文化を伝えていくソムリエは、まさにアーティストなのです」

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「ローマ教皇のワイン担当者」がソムリエの元祖、と言われる理由。

そんな美しい光景を眺めた帰りの新幹線で、ひとり物思いに耽ってあることを考えていた。

ソムリエの語源は「荷車」を指すフランス語sommier(ソミエ)から来ているという。宮廷や貴族の屋敷に雇われていた食事係の仕事はまず、牛馬が牽引してきた荷車の手配だった。そして中世、上下水道が整わず飲用水の確保が難しかったヨーロッパ諸国において、ワインは重要な水分のひとつでもあった。樽で運ばれてくるワインを地下の温度が変わらないセラーに保管し、必要な量をボトルに移し替える仕事が生まれるとともに、貴族が飲むワインに毒が混入していないかを確認する専門職として職種が確立していく。

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激戦ののち優勝者、選手たち、審査員、関係者の懇親会がイタリアパビリオンのイータリーのレストランのテラスで開催された。夕日に伸びるグラスの影は、まるでイタリアにいるような雰囲気を醸していた。

そして16世紀、ローマ教皇パウルス3世のワイン管理担当者としてサンテ・ランチェリオという人物が登場する。日本ソムリエ協会の教本にも「モンテプルチアーノのワインを評価するなど、現代ソムリエの先駆け」と名前が載っているが、彼の功績を知るとその本当の意味が見えてくる。

パウルス3世はミケランジェロに『最後の審判』を描かせたパトロンであり、つまりルネサンスの人物。そして教会とワイン醸造は切っても切り離せない関係性にある。ルネサンス期の教皇の食卓には権力の及ぶ各地の美食とワインが集まり、連日王侯貴族をもてなすことで政治力を高めていた。

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万博会場にたなびくイタリア国旗。ああ、イタリアに行きたい......。

ランチェリオは歴史学者、地理学者でもあり、教皇の宴会のためのワインのテイスティングを引き受けることに。そこで彼が革命的だったのはワインを色、香り、風味によって言語化して整理したのち、ワインのボリューム感ごとに軽めから重たいタイプに上がっていくよう、コースでのペアリングを提案していったのだ。季節、飲み手の体調や輸送の方法論に言及している上、旅先のワインの品評も担当。トスカーナで法王のためにヴェルナッチャ・ディ・サンジミニャーノをボトル80本分注文し、賞賛していた記録も残っているほどだ。

そして消費者の階層(たとえば学生、使用人、紳士、公証人、娼婦、宿屋の亭主、聖職者など)ごとにおすすめのワインを、ユーモアと皮肉を交えて紹介している。まさにいまのソムリエに直結する仕事がイタリアで生まれていたことは非常に興味深い、と思うのは、あまりにイタリアワイン贔屓が過ぎるだろうか?

フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。

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