ワインテイスティングダイアリー by フィガロワインクラブ副部長 【サントリー登美の丘ワイナリー】日本ワインの生まれる場所を訪ねて! 特急あずさとシャトルバスで「オトナの社会科見学」に。

Gourmet 2025.10.09

YOSUKE KANAI

今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ......。美しいワインがどのように生まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。

今回は山梨県甲斐市にある「サントリー登美の丘ワイナリー」の見学ツアーに出発! 丘の上から見下ろすブドウ畑、新設されたFROM FARM醸造棟、そして畑に吹く風を感じながら味わう登美の丘のワイン......。見どころ満載の「オトナの社会科見学」に出かけましょう!


ブドウ畑とワイナリーに出かける取材が、最も好きかもしれない。他のどんなアルコール飲料と比べても、ワインは独特で繊細だ。ワインを醸造するとき、素材として使うのはブドウそのものと酵母だけ。そしてブドウの収穫は1年に一度きり。つまり畑でどのようなブドウが取れるかによって、その年のワインがどのような方向性になるのかが決まってしまう。

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新宿駅9時発の「あずさ9号」に乗って甲府を目指す。金曜日、土曜日、日曜日、祝日は甲府駅からワイナリーまで、無料のシャトルバスが送迎してくれる。

仮に隣り合った畑で同じ品種のブドウを育てたとしても、土壌、日照量、風通し、水捌けなどの細かな要因によって、仕上がったワインは全く別の顔を見せる。人間にたとえるなら、同じ学区に通っていた小学校、中学校の友人たちのようなものだろうか。地域性による共通項が生まれたとしても、それぞれが全く違う人生を歩んでいく。同じような環境で育ったはずのブドウも、地元らしさを纏いながら、全く違う個性を見せるのだ。

ワインの味わいの個性を考える時、畑がどのような個性を持っているのかがとても重要な要素になる。そして、現地に訪れて見聞きした光景は、ワインを飲んだ時に情景として浮かんできたり、また全く別のワインを飲んでいる時に不意にそれが浮かんで、それぞれの共通点を見出すきっかけになったりする。

そしておいしいワインが生まれるブドウ畑は例外なく、とても清々しく、美しいと私は思う。その風景を見に行くのが、たまらなく好きなのだ。

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標高600mの高さから見下ろす登美の丘のブドウ畑。南アルプス、八ヶ岳、富士山を向こうに、雄大な景色が広がる。

2025年9月から、サントリー 登美の丘ワイナリーに新しい醸造施設「FROM FARM醸造棟」が稼働。これに伴い、日本ワインが生まれる原風景を体験できるツアーがリニューアルされた。

登美の丘は1909年、山梨で中央線の路線を引き込む工事を請け負っていた、鉄道参議官の小山新助がこの土地の美しさに惚れてブドウ畑を開墾したことに端を発する。1936年、寿屋(後のサントリー)によって農園が継承され、ワイナリーとしての発展が始まった。ちなみに当時植樹したのは日本発祥のマスカット・ベーリーAに加え、キャンベル・アーリーといったブドウ品種。寿屋の主力商品だった「赤玉ポートワイン」の原料として植えられたもので、植樹には創業者・鳥井信治郎と、マスカット・ベーリーAを開発した「日本ワインの父」とも呼ばれる川上善兵衛の尽力があった。

1950年代にはヨーロッパ系品種の植樹を開始、世界に通用するワイン造りを目指す活動がスタート。90年代からは国際コンクールでも数多の賞を受賞するようになる。名実ともに日本のワイン業界を100年以上にわたって牽引してきたリーダーなのだ。

「ワイン造りは、サントリーにとって祖業なのです」とサントリーワイン本部日本ワイン部長の宮下弘至は説明する。

「ジャパニーズウィスキーが世界5大ウィスキーに数えられるようになり、サントリーのウィスキーも世界で高い評価を得ています。同じように、日本ワインをさらに発展させるために、日本の自然、風土と畑に向き合い、匠の技と愛情を込めて最高の品質を目指します。そしてその物語を、多くの皆さまと共有していきたいのです」

日本ワインとは、日本で栽培されたブドウを日本で醸造して造られたワインのこと。世界の銘醸地に比べて日本は降雨量が多く、湿度も高く病害が起こりやすい。比較的温暖な環境の中、少しでも冷涼な土地を探し、気候変動への対応も迫られる......。そんな厳しい環境の中でも世界的な評価を得るには、きめ細やかな栽培家の注意と、収穫できたブドウのポテンシャルを最大限に活かすための醸造家の能力が必要となるのだ。

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気候変動に適応する黒ブドウ品種

登美の丘のブドウ畑は約25ha。その中から日照時間、標高差、地形、土壌などの細かい条件ごとに約50の区画に分割し、それぞれの場所に最適だと判断したブドウ品種を植えている。ツアーの参加者はガイドの誘導で畑に入り、成長するブドウの様子を間近に見学できる。

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ワイン「登美」「登美の丘」の主力品種となるプティ・ヴェルドの畑へ。

赤ワイン用のブドウ品種の中でも注目したいのがプティ・ヴェルドだ。 元々ボルドーワインのブレンドにおいてタンニンや色調、香りを補う品種としてサブ的に用いられてきた品種で、(サントリーの日本ワイン)SUNTORY FROM FARMブランドのフラッグシップの赤ワイン「登美」や「登美の丘」でも使用されてきた。ボルドーブレンドの花形といえばカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロといった品種だが、昨今の気候変動によって登美の丘では晩熟のプティ・ヴェルドがしっかりと完熟する条件が揃うことに。結果、年々使用比率は上がり、2019年の「登美の丘 赤」のブレンドからはカベルネ、メルロを抜いてメインの品種に躍り出た。

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小粒だが果皮の色の濃さが特徴的なプティ・ヴェルドの房。

ダークチェリーやスミレが香り、タンニンもしっかりとしたパワフルな果実感が特徴のプティ・ヴェルド。ここにカベルネ・ソーヴィニヨンの複雑さと、メルロの柔らかくまろやかな雰囲気が重なり合うことで、絶妙のハーモニーが生まれてくるのだ。

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写真左は通常のメルロ、右は副梢栽培を実施するメルロ。同時期に撮影したのに果実の成熟度が全く違うのがわかる。

気候変動に対し、従来の品種もそのままにしているわけではない。登美の丘では早熟のメルロの生育期をより冷涼な秋に遅らせる「副梢栽培」を、地元の山梨大学と共同で研究している。これは5月ごろに芽吹いた新梢の先端をあえて切除し、その後に芽吹く脇芽を伸ばして育てることにより、ぶどうの成熟開始時期を7月中旬から気温の下がり始める9月上旬ごろまで遅らせて熟期をずらして、11月頃に収穫できるようにする栽培方法。ブドウが実らないリスクや工数が増えるものの、フラッグシップキュヴェ「SUNTORY FROM FARM 登美 2021」には副梢栽培のメルロを初めてブレンドするなど、試みは実を結び始めている。

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「日本らしい白ワイン」を表現した甲州

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一説には奈良時代から存在した、とも言われる日本古来のブドウ品種・甲州。

白ワインで注目したいのは、日本ワインを代表する品種・甲州だ。一説には奈良時代に大仏建立の責任者だった行基が見つけた、という話もあるくらい歴史の古い品種。元々は生食用として育てられていたが、1879年にワインとしての醸造が始まり、長年の改良を経て2010年には国際ブドウ・ワイン機構(O.I.V.)に日本固有のブドウとしては初めて品種登録がされ、国際的に「Koshu」の表記が入ったワインを輸出できるようになった。

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甲州の畑には樹齢47年になる古木も。収穫量は落ちる分、一つひとつの果実に蓄えられる凝縮感は増してくる。

「甲州ワインは和柑橘の香りにスパイス感、そしてちょっとした渋みを持つ独特の味わいが特徴です。ところが糖度が上がりにくく、アルコール度数を上げるのが非常に難しい。繊細さを保ったまま、いかに凝縮感を高めていくかが世界の白ワインと肩を並べていくポイントです」

そう語るのはサントリーのワイン本部ワイン経営戦略部のシニアスペシャリスト・柳原亮。

「糖度を上げ、品質を高めていく上で重視したのが約50に分けられた区画への理解を進めることでした。区画ごとに育つ特徴を見極め、熟度の高いブドウを収穫できることになったことで、「登美 甲州」の2023年ヴィンテージでは補糖(註1)なしで12%というアルコール度数を実現しました。また従来の棚仕立て(註2)だけでなく垣根仕立てにも取り組み、区画のテロワールに合った高品質なブドウ造りを目指しているのです」

註1:発酵後のアルコール度数を上げるために糖分を添加すること。

註2:ブドウ樹を高く育て、果実を上から吊りおろすように実らせる手法。日本は雨が多いため、湿度が上がりやすい地表からブドウの房を離し病害やカビを避けられるメリットがある。垣根仕立てはブドウ樹を低く剪定し垣根のように横方向に育てることで管理がしやすくなり、日照のコントロールもしやすくなる。

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区画ごとの味わいを造り分けるFROM FARM醸造棟。

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2025年9月から稼働を開始したFROM FARM醸造棟。

ツアーでも目玉となるのが、新しく生まれたFROM FARM醸造棟だ。約50区画から生まれる個性もさまざまなブドウを、その区画ごとに醸造できるよう小ロットによる丁寧な仕込みを可能にした。

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清潔な醸造棟の中。タンクの大きさもさまざまで、区画ごとに個別に醸造・保管できる体制を作り上げた。

「タンクそれぞれで、個別に温度管理ができるのもポイントです」と語るのは登美の丘ワイナリー・チーフワインメーカーの篠田健太郎。それぞれの品種や個性に合わせ、発酵から保管まで最適な温度を追求できる。

「ブドウの圧搾時にも新しいプレス機を導入したことで、酸化を防いだクリーンな果汁を得られるようになりました。ブドウの搬送時にもポンプを使わず重力を利用することで物理的なストレスを軽減し、ポテンシャルを活かした発酵ができるようになります」

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醸造棟から道を挟んで向かいにある石造りのセラー。

そうして発酵を終えたワイン原酒の中で、樽のニュアンスを纏って熟成させたいものが、温度変化の少ない石造りのセラーへと搬送される。

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整然と並ぶ樽。移動時以外は動かされることなく、静かに瓶詰めの日を待っている。

「職人の手によって醸される過程、そして"時"がワインに味わいを添えることを、ツアーを通じて皆さまに実感していただきたいのです」とワイン本部日本ワイン部長の宮下は語ってくれた。

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畑や醸造、熟成を知ると、ワインはまたおいしくなる。

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FROM FARM 登美の丘ワイナリーツアー〈プレミアム〉の参加者には、希少性の高いワインを含む計4種類のテイスティングが体験できる。

ワイナリーツアーを終えた参加者は、ブドウ畑を見下ろす富士見テラスでテイスティングが体験できる。ブドウがどのような経緯を経てボトルの中にやってくるのか......。その道筋を知って味わうワインは、また格別の味だ。じっくりと香りを嗅ぎ、ブドウの特徴、畑の個性まで味わい尽くしてみよう。

今回の体験会オリジナルのテイスティングで筆者が特に感動したのは「SUNTORY FROM FARM 登美の丘 甲州 2023」だ。 降水量が極端に少なかったという2023年はいわゆる「当たり年」とも言えるのだろう。ブドウの熟度の高さは、グラスの淵に花を近づけた瞬間にわかるようだ。八朔や夏みかんなどの、日本に暮らしていれば馴染みが深い柑橘の爽やかな香り。口に含めばきゅっと引き締めるような酸がじわじわと続き、最後にほろ苦さも感じるような印象を残して喉の奥に上がれていく......。5940円という金額は、なかなか「普段のワイン」として愉しむのは難しいかもしれないが、ホームパーティや親戚の集まりが増えるこれからのシーズン、「日本らしさ」を持っていくにはぴったりの手土産と言えるだろう。

帰りのシャトルバスまで時間があるなら、ワインショップも見逃せない。ショップ限定などの珍しいキュヴェも揃い、畑を巡った思い出を家まで持って帰れる幸せがあるはずだ。

日本ワインが生まれる現場をしっかり体感できるツアーで、畑に吹く風を感じてほしい。

FROM FARM 登美の丘ワイナリーツアー〈プレミアム〉(要事前予約)
開催日:金・土・日・祝日
場所:山梨県甲斐市大垈(おおぬた)2786
開催時間:10:20〜、14:20〜
所要時間:約120分
参加費:¥8,000(当日支払い)
※20歳未満の方のご同席・ご参加はできません。
また、小さなお子様(乳幼児含む)をお連れの方はご参加いただけません。
https://www.suntory.co.jp/factory/tominooka/
サントリー登美の丘ワイナリー 収穫感謝祭 2025
11/3(祝・月)解禁の「新酒」をはじめ、これからの季節にピッタリの赤ワイン、リリースされたばかりの新商品や受賞ワインなど、ワイナリー内の様々な場所でFROM FARMのワインをご堪能いただけます。
開催日時:11月8日(土) 10:00~17:00
※最終受付:16:30
場所:サントリー 登美の丘ワイナリー
山梨県甲斐市大垈(おおぬた)2786
※当日は甲府駅からワイナリーまでの無料シャトルバスを運行します
※個人で向かう場合は、甲府駅よりタクシーで30分程度になります
入場無料※ワインのテイスティングやセミナーには別途料金がかかります。
https://japan-wine.direct.suntory.co.jp/pages/harvest-fes2025

フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。

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