ワインテイスティングダイアリー by フィガロワインクラブ副部長 なぜイタリアワインは「陽気」なのか? アブルッツォ州のディナーで考えてみる。
Gourmet 2025.10.14
今日のワイン選びがちょっと楽しくなる連載「ワインテイスティングダイアリー」。フィガロワインクラブ副部長・カナイが日々、ワインを求めて畑へ、ワイナリーへ、地下倉庫へ、レストランへ、セミナーへ......。美しいワインがどのように生まれるかの物語を、読者の皆さまにお届けします。
今回はイタリアの「ふくらはぎ」部分、アブルッツォ州のワインと、ヴェネト州のピアーヴェチーズP.D.O.のペアリングを体感するディナーの様子をご紹介。副部長がなぜイタリアが好きなのかの(長い)自問自答は読み飛ばして、3ページ目から始まるアドリア海の美しい海に想いを馳せて......❤︎
ある晩、私はブルガリホテルへアブルッツォワイン保護コンソーシアムとピアーヴェチーズ保護コンソーシアムの主催するディナー「TOP Taste Original PDO high quality products from Europe」に出席していた。ブルガリホテルのレストラン「イル・リストランテ ニコ・ロミート」を監修するシェフのニコ・ロミートはアブルッツォ州出身で、同地ではミシュラン三ツ星レストラン「レアーレ」を率いている、ということを恥ずかしながら今回初めて知った。

よく冷えた、ユリの花束のような香りと穏やかな酸味のペコリーノ(ブドウ品種)で造られたワインに、ヴェネト州の乳牛から造られるピアーヴェチーズを合わせながら、同席者たちとイタリアワインや映画、いままで行ったことがある都市の話へと話題が弾んでいく......。
自分がいつからイタリア好きになったのか、いまいち覚えていない。中学生の頃に『紅の豚』を観て憧れた記憶もあるし、「ゴッドファーザー」三部作は何回も観ているのに、いまだにスクリーン上映があると聞くとレイトショーに出かけてしまう。朝はエスプレッソを飲みたいし、スーツは南イタリアの仕立てを追ってしまうし、クルマはフィアットとアルファロメオが好きだ(持っていないけど)。

料理もアクアパッツァ、トリッパの煮込み、アーティチョークのサラダも好き、アーリオオーリオ、カーチョ・エ・ペペ、イカ墨、ラグーソースやジェノヴェーゼのパスタも好き、ボッタルガ(カラスミ)、トリュフやポルチーニ茸、ビステッカ(ビーフステーキ)も大好きで......。
こうやって料理を並べて書いてみるだけでも、ひと口に「イタリア」と言ってもそのバラエティの豊かさに圧倒されてしまう。土地によって採れる野菜も違えば、海が近いのか、山が近いのかで食べている食材も調味料も異なる。もちろんフランスだってシャンパーニュのような冷涼な北の産地からラングドックのような暖かな南の土地だってある。しかし「統一」という話になると、大きな括りでフランスという国家は8世紀ごろのシャルルマーニュ(カール大帝)登場以降、国境に変化はあれどその精神性を受け継いでいるといってもいいのではないだろうか。
それとは逆に、イタリアは半島国家の宿命で北から南にかけ、それぞれの地域の支配圏が異なったことにより、1870年のローマ併合以降もいまだに州ごとの文化にかなりの違いがある(ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画や最近ネットフリックスでもドラマ化した『山猫』を観ると、イタリア統一運動の末期がよく分かるかもしれない)。連載「ワイン学習帳」にも執筆しているワインジャーナリスト・宮嶋勲の言葉を借りれば、「イタリアは州ごとに違う国だと思った方が理解しやすい」のだ。
実際、連載「マッシのアモーレ❤︎イタリアワイン」を書いているピエモンテ州出身のマッシによれば「ピエモンテ州出身以外のイタリア人に『バーニャカウダ』って言っても、どんな料理か知らない人が多いんじゃないかと思います。逆に故郷のカザーレ・モンフェッラートにいた頃は、魚料理が並ぶことはあんまりなかった。自分の州の名産品がいちばんおいしいと思っていて、絶対にそれを譲らないのがイタリア人かも(笑)」とのこと。
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イタリアワインとは「陽気」であること!?
これはワインも同じことで、産地の名物が違えば当然育つブドウも変わる。イタリアは土着品種の宝庫で、一説にはイタリアだけで2000ものブドウ品種がある、という話も。同じ品種を造っていても、海沿いなのか、山岳地帯なのかでワインの傾向は変わり、フランチャコルタのようなエレガントで繊細な冷涼地スタイルのスパークリングワインがあるかと思えば、南の火山地帯で作られるタウラージのようなタンニンが強くパワフルなワインまで幅が広い。そのため「イタリアワインが好きなんですよ」と言った時に、飲み手の間にちょっとした混乱をもたらすこともある。
とはいえ「イタリアらしさ」のようなものは確実にあって、その大きな要因が「地中海性気候」と「陽光」なのだ、と私は思っている。たとえばローマやアブルッツォ州の州都ラクイラは北緯42度に位置し、これは日本で言えば北海道沖の奥尻島の南付近にあたる。実は奥尻でもワインが造られているのだが、ピノ・ノワールやツヴァイゲルト、ピノ・グリなど、いわゆる冷涼地系の品種がメイン。
逆にローマ近郊では赤ワインはサンジョヴェーゼやチェザネーゼ、白ワインであればトレッビアーノやマルヴァジア、アブルッツォ州ではモンテプルチアーノ、白ワインではトレッビアーノなど、熟度が上がりやすい品種が多い。というのも、イタリアは半島部分のほとんどが「夏暑く乾燥し、冬は比較的温暖で降水量が多い」地中海性気候。夏場に湿度が少ない分、太陽光を雲が遮ることとなく直線的に注ぐ。たっぷりと注ぐ「陽当たり良好!」な環境で気温は上昇、陽光を浴びたブドウはしっかりと熟すため糖度が上がり、結果として輪郭のある印象のワインに仕上がりやすい。これは冷涼地であろうと温暖な産地であろうと共通して現れる特徴だと言える。
だから私はイタリアワインにどこか「陽気さ」を感じるのだと思う。そんな陽気さの中にも、夜温が下がる事によって生まれる高貴な酸味や、ミネラル質の土壌で育った硬派な印象、熟成を重ねることで生まれる複雑さなど、テロワールの特質と生産者の思想がワインに刻まれていく......。陽気だけれど、それぞれの人生を背負った顔がある。「陽気な笑顔の奥に秘めた何かを持っている」のがイタリアワインなのだ、と私は勝手に思い込んでいる。
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海と山、ふたつの恩恵を受けるアブルッツォワイン
だいぶひとり語りが長くなってしまった(いつものこと)。イタリアの東側、アドリア海に面するアブルッツォ州のワインは日本でも比較的手に入りやすく、価格帯もアプローチャブルなものがたくさんある。赤ワインのメイン品種はモンテプルチアーノ、白ワインはトレッビアーノだが、それぞれひと房になる果実の量が多く、多産できるというメリットがある。
そしてアブルッツォ州は65%が山岳地帯である反面、海岸からの距離が近いため海の影響も受けやすい。これによって昼には地中海性気候の影響で気温が上がりブドウの糖度が上がっていくが、夜には海から風が吹き気温を下げるためブドウはしっかりと酸味を蓄える。アブルッツォ州では山の斜面の標高の高い気温が上がりすぎない畑で、酸と糖度のバランスがとれたブドウを育てることができるのだ。
今回のディナーでは、トレッビアーノをアンフォラ(陶器製の甕)で熟成したタイプも提供された。

アンフォラでの発酵・熟成はブドウ栽培が行われ始めたコーカサス地方古来の手法だが、近年自然派ワインを手がける生産者を中心に取り入れる動きも高まっている。素焼きの甕によりワインに微量に酸素を供給するものの、樽から抽出されるような成分の溶け込みは少ない。そのためステンレスタンクで熟成されるようなピュアさと、酸化によるまろやかな味わいの両方を得ることができる。こちらのトレッビアーノ・ダブルッツォも、酸味とフレッシュな果実味を保ちながら、どこかなめらかでふわりとした印象を持った仕上がりになっていた。
赤ワインのモンテプルチアーノは果皮に含まれるタンニンが豊富で、マセレーション(果皮の漬け込み)の度合いでチェラスオーロ(ロゼ)からフルーティで早飲みできる赤ワイン、フルボディの赤ワインまで幅広いバリエーションを生むブドウ品種。その中でもテラモ丘陵の上質なモンテプルチアーノで造られる赤ワイン「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ・コッリーネ・テラマーネ」は、長期の熟成にも耐えられるポテンシャルからアブルッツォ州唯一のD.O.C.G.(註1)に認証されている。

こちらはイタリアワインのガイドブックでも権威のある「ガンベロロッソ」で最高ランクとなるトレビッキエリを獲得しているモンテプルチアーノ・ダブルッツォ。フルーティさを持ち合わせながら、煮詰めた果実のニュアンスに、木樽からの風合いを感じさせるバニラのような味わいが加わる。クリーミーなソースをかけた牛肉に寄り添う味わいだ。

このようにさまざまなバリエーションのワインが生まれているアブルッツォ州のワイン。冒頭にも書いた通り、アプローチャブルな価格帯のものも日本に多く輸入されているし、オーガニックな生産者も増えている実情がある。ロゼワインのチェラスオーロ・ダブルッツォも冷やした温度帯から始めると、海鮮にも肉にも合う、家での夕飯時にベストマッチな1本として寄り添う。
しかもアドリア海とアペニン山脈の恵みを受けるアブルッツォ州では、新鮮な魚介類から野菜類、鶏肉、豚肉のサラミ、キタッラと呼ばれるパスタ、羊の肉まで、実にさまざまな食材がテーブルに並ぶ。日本のバリエーションに富んだ夕食のメニューにも合わせやすいこと、間違いなしだ。
註1:イタリアワインの最高格付けで、「統制保証原産地呼称」のこと。