ソウルバンド「WONK」のボーカルであり、料理人としても活動する長塚健斗。東京・清澄白河にあるナチュラルワインバー「WINESTAND TEO」のオーナーでもある彼が、ワインの向こうに浮かぶ風景や、その物語を----料理と音楽、そして言葉で描いていく。1本のワインから立ち上る感覚をたどりながら、ひと皿と、それに寄り添う5曲のプレイリストを届けていく連載、「酔いと余韻」。今月のテーマは、
開けた瞬間の、実家で漬けていた梅干しの記憶
封を切った瞬間、梅干しの樽を開けたような、密閉された酸の香りがふわりと立ちのぼる。20年以上前、まだ実家に梅の木があった頃、祖母と一緒に梅を収穫して、黙々と漬け込む作業をしたものだった。年月を経て開けるあの樽の香りは、どこか静かに、でも確かな記憶としていまでも心に刻まれている。
驚きはしたが、それはこのワインの序章にすぎない。意外と酸はきつくない。時間とともにゆるやかに抜けていき、代わりに香りが開いてくる。レーズン、少しのカカオ、乾いた土、そしてかすみ草のような色の小さな花。ぶどうは全房発酵、破砕なし。短いマセレーションだけで、古樽の中で静かに育てられていたという。最後にふわりと漂うバニラの気配に、なるほどと腑に落ちた。
呼吸が揃ったときの、あの頷く感覚
この日の料理は、マグロのタルタル。赤身は丁寧に脱水し、旨味を凝縮させた。そこに刻んだ玉ねぎと茹でたインゲン。下には、香ばしく焼いたナスをピューレにして敷いている。ナスの焦げた香り、玉ねぎのやわらかな辛味、インゲンのパリッとした食感。
最低限の手を加えられたそれぞれの素材が主張し合いながらも、どこかでひとつにまとまっていく。その危ういまとまりの輪郭が、ガメイの香りの"揺れ"とリンクしていた。料理がワインに合わせていくというよりも、ワインのほうがこちらの呼吸にすっと揃ってきた、そんな感覚だった。
---fadeinpager---
マグロとインゲンのタルタル、焼きナスのピューレ

【材料】2名分
・マグロの赤身の冊 1本
・水ナス 1個
・ニンニク 1/2片
・インゲン 5〜6本
・青唐辛子 1/8本
・タマネギ 1/4個
・ホワイトバルサミコビネガー(白ワインビネガーでも可)
・EXVオリーブオイル 適量
・燻製EXVオリーブオイル 適量
【作り方】
焼きナスのピューレ
・水ナスを直火で丸焼きにする。バーナーではなくコンロの直火で、中から水分がぐつぐつ出てくるまでしっかりと皮目を焦がしながら焼く。
・焼けたら氷水にいれ、皮を剥きヘタを取り、ブレンダーでピューレにしておく。塩でほんの軽く味を付けてよく冷やしておく。
マグロとインゲンのタルタル
・マグロの下処理をしっかりとする。状態にもよるが、全体量の1%の塩を振り冷蔵庫で20〜30分置く。50度のお湯を用意し30秒入れる。表面を洗い流したら氷水に取り出し一瞬で冷やす。しっかり拭き取り冷蔵庫にいれて落ち着かせておきながら他の作業をする。
・インゲンを下処理する。下手を折り、スジも一緒に引っ張って取り除く。沸騰したお湯1リットルに大さじ1程度の塩を入れて、食感がシャキッと残る程度に茹で上げる。氷水でしっかりひやし、5mm程に刻んでおく。
・タマネギも同じサイズに刻み、流水で辛味を取り除く。青唐辛子はほんの微量でよいのでみじん切りにしておく。(入れすぎると本当に辛い)
ボールに刻んだ野菜類、すりおろしたニンニク、ビネガー、EXVオリーブオイルを入れ、塩をして味を整えてマリネしておく。
・マグロには塩をして、燻製EXVオリーブオイルでコーティングするようにマリネしておく。
盛り付け
ナスのピューレを敷いたところに、セルクルで順にマグロ、野菜マリネを乗せて、好みで黒胡椒をかけたら完成。
好みのハーブやサラダを付け足しても美味しいので自由に作ってみてほしい。
---fadeinpager---
呼び起こされる記憶の中の感情
父方の祖母の実家は、かつて大きな漬物屋だったらしい。大きな木の樽が写った白黒写真が残っていて、そんな家柄だった祖母の漬けた漬物は、どれも優しくて、深かった。
梅干しだけじゃない。浅漬けも、ぬか漬けも、まろやかな旨みとゆるやかな酸味、そして抜けていく発酵の香りをまとっていた。そんな祖母のことが、あの頃は少し苦手だったのかもしれない。決して嫌いではなかったけど、几帳面すぎる性格や厳しさが、少し苦い思い出として残っている。反面、誰よりも面倒見がよくて、たくさん教わって、たくさん甘えさせてもらったのだから家族仲というのは案外難しい話でもある。
このワインの土や花の匂い、カカオのビター感、バニラの甘やかさ。それらが、そんな祖母との記憶を、ふとした瞬間に連れてきてくれるのだから、驚くばかりだ。これから先、自分たちを取り巻くものごとは、どんどん変わっていくだろう。そして、多くのことは、どう抗っても忘れていってしまう。それでも、身体に染みついた感覚や、味わいや香りに潜んだ記憶、それらの中にある「芯」のようなものは、きっと残るのだろう。祖母が教えてくれた優しさも厳しさも、一緒にすごした20年間という時間の短さも。
また来年、再来年、10年後のふとした瞬間に、何かを振り返ることの意味を----このワインが、そっと教えてくれた気がする。
---fadeinpager---
今回のプレイリスト:
WINESTAND TEO
ナチュラルワイン専門ショップ&バー
東京都江東区常盤1-4-9
(清澄白河駅 徒歩8分/ 森下駅 徒歩9分)
営)17:00〜01:30 L.O.(金)
15:00〜01:30 L.O.(土・祝前日)
14:00〜20:30 L.O.(日、祝)
休)月〜木、祝後日 ほか不定休あり
※年末年始、大型連休は営業時間変更となる場合がございます。
店舗公式Instagram(@winestandteo)をご確認ください。
※予約(貸切除く)・DM・現金支払いは受け付けておりません。
※貸切のお問い合わせはメールにて
Instagram
1990年東京都生まれ。4人組ソウルバンド「WONK」のボーカリスト。料理人としての一面も持ち、大学在学中よりイタリアンやフレンチの有名店出身のシェフの下で本格的に修行を開始、都内ビストロの立ち上げに料理長として携わる。現在も商品開発やイベントを開催し、CHEF-1グランプリ2023にも出場。所属レーベルEPISTROPH では「winestand TEO」「Bar phase」2つの飲食店をプロデュース。
instagram: winestand.teo






