日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回のテーマはイタリア人がなぜ「ボッテガ(専門店)」でワインや料理、お菓子を買うのかについて。食べる・飲むことの楽しみを、イタリア式に再発見してみない?
故郷ピエモンテの地を踏む時、冷たく澄んだ空気の中に混じる香ばしいヘーゼルナッツと、どこか懐かしい砂糖菓子の甘い匂いが、僕の鼻をくすぐる。ピエモンテを旅するということは、五感をフルに動員して「ボッテガ(専門店)」という名の小宇宙を巡る冒険そのものなのだ。今回は、ピエモンテ出身の僕が愛してやまない、最高にワクワクする専門店の世界へ読者のみなさんを招待しよう。読み終える頃には、あなたの心はトリノやアルバの街角に立っているはずだ。
旅の始まりは、重厚な木製の扉を押し開ける音から始めよう。ピエモンテの専門店は、一歩足を踏み入れた瞬間に時間が止まる。「パステリエ・レオーネ(Pastiglie Leone)」の棚にパステルカラーの小さな缶が整然と並ぶ光景は、まるで宝石箱をひっくり返したような色彩の洪水だ。
1857年から続くこの店は、ピエモンテ人のアイデンティティの一部と言ってもいい。缶を開ける時の「カチッ」という小さな音、そして中から現れる繊細なキャンディ。それは、僕たちが子どもの頃に覚えた最初の「贅沢」の記憶だ。
そして、ガラスケースの中を覗けば、職人が魂を込めたお菓子たちが誇らしげに並んでいる。ピエモンテが誇る「バーチ・ディ・ダーマ(貴婦人のキス)」は、ヘーゼルナッツを練り込んだクッキーでチョコレートを挟んだ、まさに愛の象徴だ。サクッとした食感の後に広がるナッツの芳醇な香り。専門店のカウンターで、店主と「今日のクッキーの出来はどう?」なんて言葉を交わしながら選ぶ時間は、何物にも代えがたい。写真に写る、あの可愛らしい動物の顔をしたクッキーや、艶やかなチョコレートケーキを見てほしい。これらは、数世代にわたって受け継がれてきた「美学」なのだ。
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街を変え、トリュフの香りに包まれたアルバへと向かおう。ここで出合えるのは、ピエモンテの土壌が育んだ「黄金の液体」、グラッパだ。ワインショップの棚を彩る「マローロ(Marolo)」のボトルを見れば、誰もがその美しさに息を呑む。バローロ、ネッビオーロ、モスカート。ピエモンテが世界に誇るワインの銘醸地から届けられたブドウの搾りかすは、職人の手によって透明になる魔法がかかり姿を変える。
僕は、このラベルの絵を見ているだけでも心が躍る。木を植える男、燃えるような太陽、たわわに実るブドウ。これらはすべて、ピエモンテの農民たちが大地に捧げてきた敬意の象徴だ。店主に「父に捧げるグラッパ(Dedicata al Padre)」の由来を聞きながら、その力強くも繊細な香りを試す。それは、ピエモンテの歴史を直接喉に流し込むような、震えるような体験だ。
ワイン王国であるピエモンテの専門店には、棚の隅々にまで造り手の「執念」が宿っている。ただ売るのではない。彼らは、一本のボトルに込められた物語を語り部として伝えているのだ。
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ピエモンテの専門店の真髄は、実はその「活気」にある。パン屋やガストロノミア(惣菜店)のカウンターでは、白髪混じりの眼光の鋭いマンマや職人たちが、てきぱきと立ち働いている。量り売りの天秤が上下し、紙で包む音がリズムを刻む。「これは今朝焼いたばかりだよ」「このパスタには、あの棚のポルチーニソースが最高に合う」そんな会話があちこちで飛び交う。
焼き立てのクロスタータや、黄金色に輝くグリッシーニ。そして棚を埋め尽くすトマトソースやジャムの瓶たち。これらはすべて、ピエモンテの家庭の味をプロの技術で極限まで高めたものだ。
僕は日本に住んで20年近くになるけど、帰郷してこの光景を見るたびに、「生きることは、食べること。そして食べることは、愛することだ」と再確認する。専門店の店主たちは、自分の店に並ぶすべての商品を愛している。その愛が、商品ひとつひとつの並べ方や、掃除の行き届いたガラスケースに現れているのだ。
19世紀から変わらないレシピで作られる「バルベーロ(Barbero)」のトッローネ。最高級のヘーゼルナッツがこれでもかと詰め込まれたその断面は、ピエモンテの豊かさそのものだ。専門店が素晴らしいのは、彼らが「変わらないこと」に誇りを持っている点だ。
流行を追うのではなく、自分たちが信じる最高の一品を磨き続ける。その頑固なまでの職人魂が、ピエモンテという土地をイタリア随一の美食の聖地たらしめているのだ。想像してみてほしい。石畳の道を歩き、角を曲がる度に現れる、威厳のある建物。扉を開ければ、そこには芳醇なワインの香りと、甘美な菓子の世界が広がっている。店主の笑顔に迎えられ、最高の食材について教わる。それは、どんな高級レストランでの食事よりも、深く豊かにピエモンテという土地を理解させてくれるはずだ。
ピエモンテの専門店は、土地の記憶を、技術を、そして情熱を次世代へと繋ぐ「文化の守護神」なのだ。さて、今夜は専門店で買ったバローロを開け、最高のチーズとトッローネを用意しよう。ピエモンテの風を感じながら、至福の一杯を楽しもう!
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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