多国籍な文化が調和した料理家のインテリア。|アーティストのパリの家(1)
Interiors 2024.10.10
自宅を気ままに飾ったり、改装したり。花を生ける、お茶を飲む、デザインに優れた椅子や美しい食器、センスのいい日用品を選ぶ......そんなフランス流の"暮らしの美学"、アールドゥヴィーヴルを取り入れるヒントを、パリのアーティストに学ぼう。料理家のジュマナ・ジャコブの自宅は、自身のルーツと繋がる多国籍な感性にあふれ、幸せに満ちている。
人々の笑顔が絶えない、多国籍な感性が詰まった食卓。
プライベートシェフやケータリングを中心に、料理家として活躍するジュマナ・ジャコブ。レバノンのベイルートで生まれ育ち、8歳の頃に亡命によってパリへ移住。一度はボルドーで教師になった彼女だが、美食家だった父親の影響で料理の道に転身し、息子たちを連れてパリに戻ってきた。
「父は、どんな時でも美しさを見いだすのが得意な人でした。私も野菜や果物の美しさに惹かれ、季節の食材を使って料理を楽しみたいと思い、料理家になったのです」
Living Room
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自身のルーツから、レバノンや地中海料理にインスパイアされた多国籍な料理を得意としている。そんな彼女が暮らす家も同様に、さまざまなテイストが絶妙に調和した空間。9区にあるクラシックなオスマン建築のアパルトマンは、ヨーロッパやアフリカ、アジアら集めてきた家具や雑貨が並び、心地いい雰囲気を生み出している。
「歴史や文化を感じるものをミックスさせるのが好きなんです。意識的に調和させることを目指しているわけではなく、自分の好きなものを素直に飾っただけなの」
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リビングのリラクシングチェアはル・コルビュジエで、1960年代の初期に作られた貴重なもの。家具や服の店を営み、ヴィンテージのコレクターだった父親から譲り受けたという。エスニックな彫刻作品も、アフリカ出身の父親が所有していたもの。
「親からさまざまなものを譲り受けられたのはうれしいこと。古いものを飾ると、家族で暮らしていたベイルートの家を思い出して、ハッピーな気分になります」
ジュマナは自宅から徒歩圏内に別宅も構え、アトリエとして使用している。ここでは、友人や知り合いを呼んで、プライベートレストランを定期的に開催する。
「父は宴会が大好きで、自宅に友人をしょっちゅう招いていました。戦争や亡命中でも友人たちの笑い声が絶えなかった。私もそんな父と同じように、友人と一緒に食卓を囲み、食事やワインを楽しむ場を作りたかったんです。みんなで同じ時間を過ごし、語らうことこそが、人生をいちばん豊かにすることだと思います」
Dining Room
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Kitchen
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アトリエは白を基調とした静謐なエレガンスが宿る空間。広い食卓にはヴィンテージのうつわを揃え、大勢でシェアできるようにたくさんの料理を提供する。"コミュニケーションディナー"と称した夕餉は、週2回ほど開催され、口コミで集まった約20人が参加。趣味関心が近く、共通項はあるけれど、いままで知らなかった人たちが集まってくるため、新たな人間関係や人脈を生むと注目されている。
常に新しいことに挑戦するジュマナだが、最近は食材を用いたアート作品も手がけている。最新作は、パンを長い間乾燥させることで仕上げた、プレートやカゴ、カトラリーの彫刻シリーズ。陶器やガラスではなくパンという食べられる素材を使うことで、永遠に復元可能な食卓をイメージしている。
Salon
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「ベイルートでの最後の記憶は、8歳の頃、たくさん料理が並んだ広い食卓を家族で囲んでいたこと。でも、空港に突然向かわなければならなくなって、その夕食を食べることはなかった。それから一時的に家族はバラバラになり、長い間会うこともできなかった。私は、あの食卓をどうしても再現したかったんです」
人生は永遠には続かないけれど、たとえ永遠でなくても、食卓を囲む一瞬一瞬を美しいと感じることが大切だと話す。ジュマナにとって、人と幸せな時間を共有できる場所を作ることそのものが、人生の喜びなのだ。
レバノン・ベイルート生まれ。小学校教師から料理家に転身。料理家名はメゾン・ジュマナ。6月、著書『Perséphone, une Histoire à Déguster』(OFR刊)の出版を記念し、オーエフアール・グランド・ギャラリーで個展を開いた。
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*「フィガロジャポン」2024年9月号より抜粋
photography: Mari Shimmura text: Momoko Suzuki