アートを楽しむ香港の旅の提案として、美術館やアートギャラリーなどの施設を紹介してきた本連載。最終回で取り上げるのは、香港各地で描かれているストリートアート。
コロナが落ち着き、香港らしさを取り戻しつつある街並みには、新しいストリートアートが多数登場している。
香港のストリートアートを愛し、アートツアーのガイドであり、そしてその発展にも携わってきたアレクサンドラ・アンラインを案内人に、香港でのストリートアート事情と、いま見るべき最新作品や注目アーティストをご紹介。
香港のストリートアートを知り尽くすアレックスことアレクサンドラ・アンラインが案内するアートツアーは、各アーティストへのインタビューから得た、深堀り情報が好評。「HKWallsフェスティバル」のスタッフとして、ストリートアートを作る側としても活躍している。photography: Miyako Kai
Wonderlust Walks Hong Kong Street Art Tours (Alexandra Unrein)
https://www.wanderlustwalkshongkong.com/
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香港ストリートアートの立役者「HKWalls」。
モダンと伝統、東洋と西洋、ハイエンドとB級などの相反する要素が融合した香港の街の風景に、強烈な個性と魅力を加えるストリートアートが、存在感を増したのは、2014年から始まった「HKWalls(香港ウォールズ)フェスティバル」。ほぼ毎年3月のアート月間中に開催されている。
主催するNPO団体の「HKWalls」は、中環(セントラル)、上環(ションワン)、西貢(サイクン)、湾仔(ワンチャイ)、深水歩(シャムスイポー)、前回取り上げた黄竹坑(ウォンチョクハン)などから毎年ひとつのエリアに絞って、20人前後の香港内外のアーティストを集めて100点以上のストリートアートを作り上げてきたほか、ストリートアートの魅力を伝えるためのイベントを多数開催してきた。
「HKWallsは絵を描くための壁を提供する家主との交渉や、作業用の足場やリフト、画材の調達、広報活動などを担当しています。フェスティバル終了後には、家主にとってはビルやエリアの知名度が高まるため資産価値が上がり、アーティストは商業施設での壁画などの制作依頼が増えて、無名の新人でも専業アーティストとなる基盤を築くチャンスが生まれる、ウィンウィンのプロジェクトです」とアレックス。
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中環の最新ストリートアート案内。
コロナ禍の影響が和らいだ2023年のHKWallsフェスティバルでは、久しぶりにストリートアートへの注目が高まるとともに、経年劣化した壁画が刷新されるなどして、必見と言えるストリートアートが多数生まれた。
あっと目を奪われるInnerfieldsの新作壁画は、中環のPMQから山側のStaunton Streetから石畳の階段になったShing Wong Streetを上り、左に曲がったWa In Fong Eastという裏道の奥にある。photography: Miyako Kai
「かつての警察官の家族向け住宅を改装した文化商業施設PMQの周辺には、注目のストリートアートが集まっているので、旅行中の時間がない時でも効率よく見つけられます」と説明しながら歩くアレックス。彼女の後をついて、石畳の階段や小径を歩くと目に飛び込んできたのが、ドイツ人アーティスト集団Innerfields(インナーフィールズ)による壁画。
Innerfieldsによる制作風景。香港ならではの竹の足場を使った制作はアーティストにとって新鮮な体験に違いない。photography: Daniel Murray Studio, HKWalls
「宇宙服を着てスマホを見つめる女性は、デジタルやSNSの世界に没頭して周囲から隔絶されている現代の人々を象徴していますが、小鳥や花という自然の存在も描かれていて、周囲との繋がりをまだ完全には断たれていない希望も含まれています」
実はこの建物、反対側にも壁画が描かれていて、今回で両面が使用されたことになる。「HKWallsフェスティバルは、見やすく描きやすいロケーションや壁の大きさ、そして理解のある家主がいてはじめて実現できます。制作開始数日前に家主からドタキャンされてほかの壁を探すこともあるなど、一筋縄ではいかないプロジェクトなので、完成したところを見るのは格別な気分です」
NOHOのSquare StreetとTai Pin Shan Streetの角に現れたLauren Ysの壁画。photography: Miyako Kai
2023年のフェスティバルでは、パステルカラーの壁がインスタスポットとして人気を博していたNOHOエリアの壁にも、新たな壁画が描かれている。
「香港にゆかりのある西洋人アーティストLauren Ys(ローレン・ワイズ)による壁画で、鬱病などの心の病に悩む人たちへのメッセージを込めて、『脳廟(脳の寺という意味)』と描かれた寺院の門や女性の姿が並んでいます。ここから近いハリウッド公園の建築をモチーフにしていたり、作家がいつも使用する濃い色合いではなく周囲に溶け込むトーンをあえて選ぶなど、大事なメッセージを際立たせる手法も用いています」
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油性マーカー1本で描く魔術師とトリビア。
HKWallsがきっかけで飛躍的に知名度が高まり、大活躍するふたりの地元アーティストも、作品を見せに来てくれた。
ひとり目は、色彩豊かな香港のストリートアートの中では異色となるモノトーンのダイナミックな絵柄に引き込まれる、香港人アーティストKristopher Ho(クリストファー・ホー)だ。彼が制作に用いるのは、油性マーカーのみ。Molotowというドイツのストリートアート用画材を扱うブランドによる8mmサイズのものを使っている。
『Forgiveness(許し)』と題された壁画と作者のKristopher Ho。過去の辛い経験や思い出を手放し、許すというテーマを描いている。場所はPMQが面するHollywood Road脇のShing Wong Street。photography: Miyako Kai
キャンバスに描く絵画とストリートアートの違いについて聞くと「ストリートアートでは、大きなスペースを使って描けるのがいい。地面が水平ではなかったり、配水管が壁を伝っていたり、その場で調整しながら仕上げるので、描く側の柔軟性が必要になります。今回いちばん大変だったのは、これを描いていた3日間、ずっと雨が降っていたこと。それから電柱の後ろのスペースが狭かったのも苦労しましたね」
ディテールが繊細なクリストファー・ホーの壁画。油性マーカーは環境に優しいリフィル式を使用しているそう。photography: Miyako Kai
ストリートアートのアーティスト名や作風を覚えたら、香港各地にある同じアーティストの作品を見て歩くという楽しみ方もできる。クリストファーの作品には、油性マーカーによるモノトーンの色調、徹底した繊細さと流れるような躍動感が共存した作風のほかに、ちょっとしたトリビアがある。
「子どもの頃、父親がドラえもんなどの日本の漫画を揃えていた影響で絵を描くことへの興味が生まれたんです。僕の作品にはあるキャラクターのオマージュが必ず含まれているんだよ」とクリストファー。ぜひ現地を訪れて探してみて。
そしてここのスポットには、壁画ではない別のストリートアート作品が潜んでいる。日常のアイテムを模したアートで知られる香港人アーティストGo Hung(ゴー・ハン)は、香港で長年使われている"Good Morning"とプリントされたタオルが干からびて放置された姿と実物そっくりな彫刻を作り、中環と上環のあちこちにさりげなく設置した。
有名ストリートアーティスト、Go Hungによる干からびたタオルのアート。作品によってはそのエリアを使う人へのメッセージが描かれていることもある。photography: Miyako Kai
クリストファー・ホーの壁画の左上にあるエアコンにへばりついている干からびた3枚のタオルこそ、ゴー・ハンのストリートアートなのだ。こちらも意外なロケーションで見つかることがあるから、それにも目を光らせていてほしい。
中環の屋外エスカレーターには、2018年にあの香取慎吾が香港を訪れて自ら描いたストリートアートもある。Hollywood Roadとエスカレーターが交差するエリアをチェックして。ちなみに「大口龍仔」とは広東語での彼のニックネーム。photography: 香港政府観光局
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漫画的作風に幻想を取り入れた人気作家
作品を紹介しに訪れてくれたふたり目の香港人アーティストが、Bao Ho(バオ・ホー)。
左が香港人女性アーティストのBao Ho。バオは香港各地に壁画を描いているほか、バッグブランドのTUMIなど有名ブランドとのコラボも。友人でもあるKristopher Hoと一緒に。photography: Bao Ho
「日本の漫画やアニメに強い影響を受けて育ちました。中でもいちばん影響を受けたのは宮崎駿とスタジオジブリの作品」と語るバオ。カラフルでキュートなキャラクターや動物を描くことが多い彼女の作品も、香港各地の商業施設の壁画や、有名ブランドとのコラボなどで引っぱりだこだ。
2021年のHKWallsフェスティバルは漁業とビーチで有名な郊外の街、西貢で開催された。Bao Hoは海の女神や生き物を鮮やかに描いている。photography: Courtesy of Bao Ho
バオに、アーティストとしてストリートアートを描く喜びについて聞いてみた。
「外で壁画を描いていると、通行人が興味を持ってくれるのはもちろん、『きれいな絵を描いてくれてありがとう』と家主や近所の人が、老若男女問わず何度も見に来て喜んでくれる。そんなふれ合いの中で作品を描けるのは本当に楽しいです」
さまざまな事情や経年劣化で、ストリートアートはどんどん消されたり、書き換えられたりしていくものだが、「それはストリートアートの宿命だし、仕方ないことだからね」と笑う。
バオの有名作品のひとつは、前回の記事で紹介した黄竹坑にある。AR(拡張現実)のメーカーとのコラボによって、作品の中央にあるドアをスマホの画面で見ると、扉が開いて幻想的な生命の森と女神の姿が現れるという仕組みだ。
黄竹坑の4 Heung Yip Road近辺にあるBao Hoの壁画。photogpraphy: Bao Ho
神出鬼没のストリートアーティストInvader(インベーダー)が世界中で作ったアートを記録した無料アプリ「Flash Invaders」を使って、香港の作品をチェックできる。写真はPMQの広場で。photography: Miyako Kai
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香港のストリートアートとともに生まれたUMA NOTA。
レストランのコンセプトをストリートアートで表現するという潮流を作った先駆者として、2017年にオープンした中環のレストラン「UMA NOTA(ウマノタ)」。香港で最もインスタ映えすると言われた壁画を、2023年にアップデートしている。
オーナーは、香港で育ったフランス人の姉弟であるLaura Offe(ローラ・オッフェ)とAlex Offe(アレックス・オッフェ)。南米旅行中に「ブラジル×日本の料理が融合したニッケイ料理」にインスピレーションを感じて、「ふたつの異なる文化が混ざり合った料理は、香港にとても合っていると思いました」と話すのが、姉のローラ。
UMA NOTAオーナーのLaura Offe。photography: Miyako Kai
「外観に壁画をあしらったのは、ニッケイ料理という香港では新しいコンセプトを道行く人に直感的に理解してもらえるのではないかと思ったから」。香港在住フランス人アーティストのElsa Jean de Dieu(エルサ・ジャン・デゥ・ディウ)に依頼した壁画は、その美しさからエリアを象徴するストリートアートとなった。
UMA NOTA初代のストリートアート。photography: Courtesy of Elsa Jean de Dieu
実はこの壁画、2023年のHKWallsフェスティバル中に刷新されている。「色がくすみはじめるなど経年劣化していたこともあり、コロナ禍が明けたいま、新たなスタートを切ろうと思い切ってアップデートをしました」。再びエルサ・ジャン・デゥ・ディウが担当し、「前回よりもブラジルと日本の食文化の融合というコンセプトがより明確になったと満足していますし、道行く人にも好評です」
フランス人アーティストElsa Jean de Dieuにより、ニッケイ料理を表現するために、ブラジルと日本というふたつの文化圏の女性や花、鳥などが組み合わせて描かれている。photography: Miyako Kai
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爽やかで健康的なニッケイ料理。
開店以来、ブラジル伝統の味を守りながら、湿気が多い香港の気候や食の好みに合わせたアレンジを加えているというUMA NOTAのメニュー。「たとえば本来は海鮮シチューである伝統料理モケッカなら、シチューはソースにして焼き魚に添えるなど、風味は残しながら食べやすくする工夫をしていて、香港在住ブラジル人の常連にも好評です」
肉中心のブラジルと比べてシーフードを増やし、味付けはブラジル風にしながら野菜をたっぷり食べられるようにしたヘルシー志向のメニューで、女性客を中心に根強いファンが多く、店の栄枯盛衰が激しい香港ですっかり安定した人気を誇っている。
平日ランチセットでは前菜が食べ放題。そばサラダ、なすとズッキーニ、シソと味噌のドレッシングのサラダなど。メイン1種を加えて195香港ドル。photography: Miyako Kai
ランチコースのメインは、シーバスやチキンのローストなどから1品選ぶ。photography: Miyako Kai
「パリにも2018年にUMA NOTAをオープンしています。こちらは屋内ですが同じくエルザが描いた壁画を主役にしたカラフルなインテリアと、ニッケイ料理が自慢の人気店になっているんですよ」
日当たりのいい空間で気分良く食事ができる。向かいのビルの壁画もまるでインテリアの一部のような借景に。photography: Miyako Kai
ストリートアートがレストランの個性そのものになったUMA NOTA、中環でのストリートアート巡りの日にぜひ訪れてほしい。
香港を拠点とする航空各社の航空券を全世界で約50万枚プレゼントする「ワールド・オブ・ウィナーズ」航空券プレゼントキャンペーンが、世界各国で開催されています。
日本では2023年6月に実施が予定されています。詳細は、本キャンペーンを主催する香港国際空港のホームページをご覧ください。(※ 燃油サーチャージや空港税等の諸費用は、当選者による負担となります)
https://wow.hongkongairport.com/lang/jp/tickets
第1回:新しい香港の顔! アジアの現代美術館「M+」へ
第2回:好奇心を刺激する「香港故宮文化博物館」の魅力。
第3回:香港愛、文化、アートに触れるふたつの地元美術館。
第4回:アートバーゼル香港が主役の華やかアート月間。
第5回:多彩なギャラリー巡りでアートの楽しみを広げよう。
text: Miyako Kai
2006年より香港在住のジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、英国人と結婚し、ヨーロッパ、東京、そして香港へ。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港とマカオの情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。