南仏ヴィラ・カルミニャックの展覧会『めまい』と大阪・関西万博のトランク・ミュージアム。
Travel 2025.07.01
大阪万博に南仏から届くトランク・ミュージアムとは?
ヴィラ・カルミニャックのトランク・ミュージアム。© Fondation Carmignac
7月31日から9月1日にかけて大阪・関西万博のフランス館で、Villa Carmignac(ヴィラ・カルミニャック)の旅行鞄美術館を意味する"ミュゼ - ヴァリーズ"が展示される。スーツケースに過去の展覧会を収納して世界を旅させるというのは、南仏の小さなポルクロール島に2018年に生まれたコンテンポラリー・アートのためのスペースであるヴィラ・カルミニャックのユニークかつ画期的なアイディアだ。コンテンポラリー・アートの豊かさとポルクロール島の感覚の旅に、病院の入院患者や監獄の囚人といった外出できない人々も触れる機会が得られるという一種のミニチュア美術館であり、また移動劇場ともいえるものだ。すでにパリの精神病院、リヨンの病院でその役目を果たしている。
トランクには2021年にヴィラ・カルミニャックで開催された『La Mer imaginaire』展が詰められている。© Fondation Carmignac
折りたたみ式のトランクには多数の作品が格納されている。© Fondation Carmignac
このトランク・ミュージアムに詰められているのは、2021年にクリス・シャープのキュレーションによってヴィラ・カルミニャックで開催された『La Mer imaginaire(空想の海)』展の凝縮バージョンだ。ミケル・バルセロ、イヴ・クライン、ドラ・マール......複数の木製額が折りたたみ式に収納されていて、額のそれぞれに作品が閉じ込められている。鑑賞者は折り畳みを開くごとに、南仏で開催された展覧会へと引き込まれてゆくことになる。
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11月2日まで、南仏のヴィラ・カルミニャックで『めまい』展
さて、そのヴィラ・カルミニャックを訪れるのはどのように? まずパリから列車で南仏イエールへ。そこから小さな船で20分くらい波に揺られてポルクロール島に渡る。この時、面白いほどに風が吹いたらしめたもの。船は揺れ、波をかぶって......凪の旅よりはるかに自然と向き合えるのだから。4月末から11月2日まで、ヴィラ・カルミニャックは『Vertigo(ヴェルティゴ/めまい)』展を開催中だ。キュレーションを担当したマチュー・ポワリエが『めまい』展を企画するきっかけとなったのも、思いもかけずこんな船旅を経験したことによる。
『めまい』展を開催中の大自然の中に立つヴィラ・カルミニャック。島の言い伝えに登場する海の怪物アリカストルにインスパイアされてミケル・バルセロが財団のためにクリエイトした「Alycastre」(2018年)が、エントランスでヴィラを守っている。photography: 左 © Fondation Carmignac、右 Mariko Omura
カルミニャック財団が創設されて、今年は25周年。2018年に生まれたヴィラ・カルミニャックでは、毎年キュレーターを招いて、財団所蔵のコンテンポラリーアート350作品をベースにポルクロル島という土地に結びついた展覧会を企画している。こう語るのは財団創始者の息子シャルル・カルミニャックで、同時に抽象の言語を展覧会を介してシェアしたいとも。彼はヴェニスで見て気に入った展覧会のキュレーターだったマチュー・ポワリエにこの記念すべき展覧会を託した。
マチューはこう説明する。
「自然や風景というのは絵葉書に見られるような静止したイメージではなく、ダイナミックで生き生きとした現象なんですね。とても活気があって感覚を目覚ませるものです」。
こう説明するマチューは、地中海の眩い太陽、吹きまくるミストラル、海のしぶき、地球の奥深くの地力、空の広さ......具象や外観を超え、自然体験から引き起こされる方向感覚の喪失や浮遊感、驚きなど目眩がするような感覚を映し出したアーチストたちを会場に集めた。展覧会を構成するのは1950年からいまに至る人間の知覚に訴える50点の抽象作品。カルミニャック財団の所蔵品がメインだが、他処からの貸与、またこの展覧会のために制作された作品も含まれている。自然現象の知覚とアブストラクションの関係を紐解くこの展覧会。あらゆるタイプの来場者がめくるめく体験をできる、とマチューが語る。なおヴィラ内にはミケル・バルセロやブルース・ナウマンなど、ヴィラのオープンに際して招かれたアーティストたちによるパーマネント作品も展示されているので、併せて鑑賞を。
ヴィラ内の常設作品から。左はブルース・ナウマンの『one hundred fish fountain』(2005年)、右はミケル・バルセロの『Not yet titled』(2018年)。photography: Mariko Omura
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テーマ「流動的混乱」から始まる『めまい』展。階段を降りると、このために制作されたフローラ・モスコヴィッチ作『A la poursuite du rayon vert/Romancing the light』(2025年)の壁いっぱいの揺らめく色彩に迎えられる。このテーマで次の部屋で展示されているのはゲルハルト・リヒターの抽象画やアレクサンダー・カルダーのモビールなど。
展覧会は地下会場からスタート。階段には常設のジャナイナ・ミロ・ランディーニが船に用いられるロープで製作した作品「Ciclotrama50(Wind)」(2018年)が。会場に降りるや、フローラ・モスコヴィッチ作『A la poursuite du rayon vert/Romancing the light』(2025年)の2面の壁を埋める色彩に埋もれることになる。photography: Mariko Omura
「流動的混乱」のセクション。手前の上にカルダーのモビール、左の壁にはフランク・ボウリングの『Hello Rosa New York』(1973年)、奥の壁にゲルハルト・リヒターの2009年の抽象画。© Fondation Carmignac / Thibault Chapotot
次の「出来事の地平線」では天空、宇宙で起きる現象にインスパイアされた作品を扱っている。ここでは、イヴ・クラインのバーナーで厚紙の表面を照討する「火の絵画」のシリーズの作品、キャロリーヌ・コルバッソンのまるで巨大な黒い幽霊のような作品に不安と同時に美しさに心打たれ......。
「出来事の地平線」のセクションは、前の会場に比べて展示作品はダークな色調が多い。左はアンス・アルトゥングの『T-1967, H22』(1967年)、右はキャロリーヌ・コルバッソンのセリグラフィー『Collapse』(2017年)。© Fondation Carmignac / Thibault Chapotot
オットー・ピーネの没入型インスタレーション。複数の光源から次元様々な幾何学的形状が空間に投影される。ピーネが光を振り付けたこの仕事は"ライト・バレエ"とも呼ばれる。Otto Piene「Lightroom with Mönchengladback Wall」(1963〜2013年)©Fondation Carmignac /Thibault Chapotot
「大気中の乱気流」の最初の作品は、オプアートとキネティックアートの先駆者と言われるヘスス・ラファエル・ソトの『Esfella Amarillia』(1984年)だ。ヴィラの有名なガラスの水の天井に吊り下げられた453本の黄色い金属がなす球形は、見るものの動きに合わせ脈動しているかのよう。視差効果の遊びにつられて、見る者は球体の周囲を何度も回ることに......。ブリジット・ライリーの『For Genji』(1995~96年)のように風景の視覚的体験から光学的抽象表現が引き出された作品など、このテーマの部屋にはリズムと色彩が豊かなセレクションが並んでいる。
左:地上階のヴィラの姿を映す「ウォーターミラー」が、その下の展示会場に水景色を描く。 右:ウォーターミラーのガラスの天井に下げられたヘスス・ラファエル・ソトの『Esfella Amarillia』(1984)。photography: Mariko Omura
「乱気流」のセクション。展示は他に比べてカラフルでエアリーな印象の作品だ。photography: © Fondation Carmignac / Thibault Chapotot
続く「境界、蜃気楼、そして深淵」というテーマでは、自然現象のダイナミズムを表現する作品が並んでいる。それらを前に海底、月のない夜、まばゆい太陽......見る者はこうした体験を思い出すことになるのだ。北欧の光と星の強い輝きを想起させるアンナ=エヴァ・ベルグマンの銀箔で覆い尽くした作品や、ピグメントを壁に何層も直接噴霧したイザベル・コルナロの青いグラデーションにクロード・モネのパレットが思い浮かんだり......。
「境界、蜃気楼、そして深淵」には無限を感じさせる作品が並ぶ。壁の黒い部分は、ジェームス・タレルの『Prado,Red』(1968年)のプロジェクション室の入り口だ。photography: Mariko Omura
階段を上がり、リン・チャドゥイックによる渦巻くように揺れているモビールを頭上に感じながら地上階の展示へと。テーマ「地底のビジョン」では具象を表現を拒否した作品に対して、私たちは自然との接触によって得た視線と想像力で向かい合うことになる。例えばベルナール・フリーズの『Rami』(1993年)を前に、我々の視線は険しい峰と地形の曲線が織りなす、精神に宿る広大な空間を果てしなく漂う、というように。
左:ベルナール・フリーズの『Rami』(1993年)。photography: Bernard Frize, RAMI, 1993 Acrylique, encre, nacre et résine sur toile, 205 x 194 cm Courtesy de l'artiste, Galerie Perrotin et Marian Goodman © Bernard Frize / ADAGP, Paris, 2025 右:ラファエル・フェフティの4連作『Exit, persuade by a bear』(2025年)。photography: Mariko Omura
地上階フロアの展示には、外の景色があって成り立つ作品も含まれている。phtography: Mariko Omura
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最後の会場の展示テーマは「大渦巻き」。展覧会のメインビジュアルに使われているオリヴァー・ビアの『Resonance Painting(Lovesong)』(2024年)をここで鑑賞できる。波打つ水面のように見える作品で、これは彼の"共鳴絵画"シリーズの1つ。クロード・モネが大気による光の変容を解釈した作品にインスピレーションを得ている。水平においたキャンバスの下にスピーカーを設置し、それがうむ振動が作品に形を与えるのだ。つまりキャンバスの表面に波打つ青い模様は、音が筆となって描いたものだ。このテーマでは5月に亡くなってしまったギュンター・ユッカ―の、キャンバスに斜めに打ち付こまれた細かい釘が渦巻く作品にも引き込まれるだろう。会場の一部の窓は屋外に面していて、展示作品の中には、オラファー・エリアソンの作品のように周囲の自然環境と共鳴するものも含まれている。
右の壁にはオリヴァー・ビアの「Resonance Painting(Lovesong)」(2024年)、左の壁にはギュンター・ユッカーの「Spiral I」(2000年)。両側から攻めくる大きな渦に巻き込まれそうな錯覚に陥る。photography: Mariko Omura
展示されている3点のオラファー・エリアソンの作品から。左は「Your vanishing」(2011年)、右は「The Collective consequences of focus on focus」(2022年)photography: Mariko Omura
たった5ヶ月半で準備されたとは思えない、充実した内容の展覧会だ。コンテンポラリーアートや抽象作品に日頃馴染みがなくても、感覚で鑑賞するので誰でも大いに楽しめる。サイズの大きな作品が少なくないけれど、入場者を30分ごと50名に限定しているヴィラ・カルミニャックなので、作品を見るために後ろに下がっても、人にぶつかったり、前の人が邪魔になったりということがあまりないのが嬉しい。なお館内は素足か靴下で鑑賞を、と、会場の入り口には靴箱が設けられているので驚かないように。さて展覧会を見終わっても、ヴィラ・カルミニャックの旅は続く。15ヘクタールの庭、そしてそこに点在するアート作品も見所なのだ。これについては、次の記事で紹介しよう。
展覧会の最後、ヴィラ・カルミニャックの地上階の窓から見える庭に心誘われる。photography: Mariko Omura
開催中~11月2日
Villa Carmignac
Piste de la Courtade
Ile de Porquerolles
83400 Hyères
開)10:00~18:00(4~6、9~11月)、10:00~19:00(木~22:00/7~8月)
休)月
料)16ユーロ(庭へのアクセスを含む)
https://www.fondationcarmignac.com/fr/
★Google Map
editing: Mariko Omura