パリジェンヌ、仕事の情熱:陶器を作るマリオン・グロー。

Paris 2020.07.31

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マリオン・グロー。自宅にて。photo : Mariko Omura

マリオン・グローが作るお皿は何色とも名状しがたいポエティックな淡色で、そしてとても薄い。ソースたっぷりの料理やヘビーな肉料理よりも、いまの時代が求める味わい深い野菜料理や自然の滋養を大切にしたシンプルで健全な料理を盛ってみたくなる魅力にあふれている。

彼女が陶器の販売を始めたのは2013年。すぐにギィ・マルタン、シリル・リニャックといったビッグシェフたちからうつわのオーダーが入った。

「私は当時気付いていなかったのだけれど、シェフたちが新しいお皿の提案を求めていた時代だったのね。デビューのタイミングがよかったんです。それに以前の仕事の関係で、デビューするや雑誌で紹介される幸運にも恵まれました」

いま、3人目の子どもをお腹にかかえているマリオン。はにかむような笑顔が魅力的な女性だ。彼女が情熱を傾ける陶器作りについて語ってもらおう。

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イレギュラーなフォルムと繊細な色をしたマリオンのお皿。彼女のインスタグラムより。

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釉薬の魔法で生まれるグレイッシュな色が魅力だ。日本ではアエルが彼女の陶器の一部を販売している。©Marion Graux

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うつわ作りを始めたのは……

マリオンはリセの後モード学校へ進んだ。しかし学ぶ間に、自分の服への興味は流行を介してではなく、時代を超えたところにあるということに気が付いた。モード学校を選んだのは進む道を探していた時期のこと。卒業後はファッション誌でインテリアスタイリストの道を歩み始めることに。

「アシスタント時代は楽しかった。素晴らしい人たちから多くを学び、それに自分で選ぶわけではなかったから。でもジュニアスタイリストとなってからは、たとえばヨーグルトの広告とか、美の世界へと導いてくれるおもしろい仕事ではないし、スポンサーありきで。それに私は若かったから戦わなければならなくって。居心地はあまりよくなかった。私は静かなのが好きなんです」

25歳。まだ夫と出会ってはいず、いささか迷いのあった時期に自分の生き方を決めるのだ。陶の食器を作りたいという欲求があった彼女。オブジェを作るのはとても満足が得られる、当時、こう強く感じたことをいまでも覚えている。アトリエでの仕事は他人の視線にさらされないので、平静でいられる……。陶芸の仕事は子ども時代の夢ではなく、彼女がこうして選んだことだ。

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マリオンのうつわにはどことなく日本的な佇まいが。アトリエにて。 ©Marion Graux

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食器だけでなく花器も作る。©Marion Graux

「うつわ、その中で人がものを食べる。ここに生命のサイクルがあります。岩石が風化し、鉱物が川を流れ、堆積して粘土となって、それでお皿を作って、子どもたちに食べさせて……。そういったことに言葉に尽くせない美しさを感じ、涙が出るほど。日本的な哲学があるようにも思う。デッサンをして美しさを探すことはせず、私はろくろをくるくると回し、エネルギーをもって次々とお皿を作る中から美しさが生まれるのに任せています。山の鉱物から始まり、ここに至るまでのリズム! さあ、ゆくわよ、というように作っています」 

こうした思考は陶芸を始めた時点で、そのように発展させなければ、そうしなければ、と頭の中にあったそうだ。

「でも自分の頭の中にあることを表現するには、ろくろが回せ、炉について知る、といった手段が必要です。素晴らしい師匠から1年間、指導を受けました。その間はひとつも焼いていません。釉薬も学んでいません。毎日7時間、ろくろを回して回して……。1年後、CAP(職業適性証)を得ました。これは鉛管工などと同じカテゴリーの技術の証書です。先端をゆく雑誌の世界で過ごした後に、知的な証書ではなくこうした実技の証書を手にできた、というのが気に入っています」

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マリオン・スタイル

これはマリオン・グローの陶器だ、とすぐにわかる彼女のスタイル。それはごく最初の時期から変わらず。

「大切なのは製造の工程。いかに可能な限りシンプルに作れるか、という。私のお皿、まるで土の紙みたいでしょ。もし森に行って、ナイフだけでお椀を作るとしたら……こんな感じに、できる限りナチュラルに、素材に近くと、私は作っています。結果を求めず、子どもが本能的にオブジェを作る感じですね」

彼女のインスタグラムにあげられているうつわの数々。灰色がかった独特の淡色が魅力だが、なかでもピンク色のバリエーションが多い。

「これがいちばん売れる色というのではありません。私の偏執の色というだけです。バラ色というのは、私には肌の色に結びついています。怒りとか、感情が透けて見える肌の色です。 感動で赤く染まる頬とかいまは美しいと思えるようになったけれど、20歳の頃の私は不透明でいたかった。裏側に隠れていたい、と思っていて……年をとるにつれて、学びますね。釉をひとつだけ使うということはなく、私は複数重ねて使っています。そこに感動が生まれるのだと思います」

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ピンクのバリエーション。©Marion Graux

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陶器作りという職業について

「これが自分の職業だ、と確信できるようになった裏には夫の力があります。母を亡くした年に彼と出会って大恋愛をし、私の人生がそれによってガラッと変わりました。彼が愛、家庭の幸せ、心の平静をもたらしてくれて……。それまで大志とか将来の予測などなく不安にあふれる暮らしに慣れていた私だけれど、彼がすべてを満たしてくれました」

現在、病院の臓器移植部門で働くご主人。ふたりが出会った当時、先を考えず自由に任せてマリオンが作っていた陶器に彼はおおいに興味を持ち、関心を抱いた。

「それも、臓器移植に比べれば陶器作りなんて大したことではない、という視線ではなく、真剣に。そして、彼は私がしていることを信頼し、利益が出なければ続けられないから会社を作らねば、と。当時私が設定していた売値では減価償却に見合う程度。それでも売れることが私にはうれしかったのですけど……。こうして彼が会社を組織してくれたんです。彼が私を信頼してくれるので、私も自分が信じられるようになって……」

陶芸の仕事を目指す人へのアドバイスを彼女に尋ねた際の回答は、次のようなものだった。

「特別な秘密はないわ。自分を信じること、私はそれに導かれてここまできました。うまくゆくかとか、あまり頭の中で考えすぎないようにし、確信で前進。そして企業家魂が必要ね。作ることは仕事の一部にすぎず、売ることもしなければなりません。私には会社の手綱は引けないけれど、幸いなことに夫がいたので……」

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アトリエにて。photo : Mariko Omura

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ろくろを回す幸せな時間

「会社が大きくなったので経理やらアポイントメントなどあいにくとあるけれど、陶器を作ることは幸せそのものです。たとえば80歳とか人生最後まで私にはこれがあると思える幸せ! ゆっくり静かに進んでいくという安心感、ウェルビーイングの源が私には常にあるわけです。ろくろを回すことは喜びでしかありません。基本的にはノン!と言いますけど、5歳の娘もやりたがるんですよ。彼女、ろくろに手を入れて土が手の下で滑る感覚を味わってるの。ろくろを回す時の私は、自分だけの世界に浸りこんでいて、瞑想状態ですね。ふぁー、なんて快適なんだろうって! とても感覚的だけど、すごい肉体仕事なんですよ。エネルギーがお腹から湧いて、それが力となって……そうじゃないととんでもない出来になってしまう。バカンス中は力を失わないように、腕立て伏せをします。がっしりとした力強さが必要なので、動物的なパワーをキープするようにしているんです」

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アトリエで彼女がろくろを回す姿を通行人は眺められる。photo : Mariko Omura

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うつわを並べた通りに面したウィンドウ。photo : Mariko Omura

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色褪せた花をなぜ販売するのか

昨秋、9区のダンケルク通りにアトリエを設けたマリオン。通りに面していて、夜など、アトリエの明かりの中で彼女がろくろを回す姿が通行人の目をひきよせる。彼女の陶器はパリではボン・マルシェも販売しているが、このアトリエでもストックがあれば購入することができるそうだ。アトリエを目指してゆくと、“Fleurs(花)”と縦長の看板が掲げられた建物に“陶器/色褪せた花”と書かれたピンクのファサードが見つかる。ここは花屋の営業権を持つ商用物件であることから、花を売らねばならないのだそうだ。

「でも私の仕事ではないので生花は売りません。それに私が好きなのは、時間を経て物語が込められたブーケなんです。でも、いまどきのドライフラワーってまるでボトックスされたようでしょ(笑)。かっちりつっ立って、それに色も変えられていることもあって……。ドライフラワーには過ぎ去った時間の跡が見えなければならないのです。私たちには老いる、枯れる、色褪せる権利があり、それによって美しさを得られるのです。夏、バカンスからの帰り、車の中がいっぱいになるほど野の花を摘んで、冬はビオの生花を業者から買って、地下の倉庫で乾かしています。枯れた花って、我々は不死ではないというヴァニテを告げる絵画の頭蓋骨のようでもあり、どこかマルグリット・デュラス的世界でもあるわね。ドリス・ヴァン・ノッテンとデュラス、この2つの間のどこかに位置したいというのが私の夢なのよ」

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Marion Graux Poterie Fleurs Fannées(46, rue de Dunkerque 75009 Paris)。www.mariongraux.com

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通りがかりにアトリエが開いていればストック次第で購入は可能だが、アポを取って行くのが望ましい。photos : Mariko Omura

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ウェディングの装飾を依頼したいという女性が現れるほど、マリオンのドライフラワーには独特な魅力がある。photo : Mariko Omura

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インテリアへと広がる仕事

初夏、マリオンは初めてレストランの壁のための陶製タイルを手がけた。グラン・ピガール・ホテルの1階にオープンした「フレンチー・ピガール」の内装を任された人気室内建築家ドロテ・メリクゾンからのご指名だった。以前からマリオンのうつわを使っているグレッグ・マルシャンがこのレストランのシェフで、

「ドロテは料理と内装に一貫性があるのがいいからと、私と仕事するのを希望したのね。レストランの壁を覆うタイルのパズルのようなモチーフは彼女のデザインらしくジオメトリック。このかっちりしたフォルムに、私のアイデンティティである釉薬のバイブレーションをもたらしたのよ。彼女と私の間にやりとりがたくさんあって……この仕事、とても気に入りました。以前からインテリアには興味をもっていたものの、アルチザンとしての私は注文帳が満杯なんです。生計のためにはたくさん働かなくてはなりません。私のうつわを待っているお客さんを、ほかにやってみたいことがあるからといってさらに待たせるわけにもいきません。ドロテからのこの依頼は一種メセナのようで、別の場所に私を導いてくれるものでした。いまはブティックのメルシーが買い取って改装中のアパルトマンのために、10㎡くらいの小さいスペースですがセラミックの床を準備しています。こうして仕事の幅が広がってゆくって……私の職業、素晴らしいですね」

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フレンチー・ピガール(Frenchie Pigalle/29, rue Victor Massé 75009)の陶の壁。セラミックが美しい輝きを見せる。photos : Karel Balas

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さばききれないオーダーの解決策は?

「このアトリエで陶器を作っていますけど、私ができる以上のオーダーが入ることがよくあって……。断るのも残念ですよね。ブランドを成長させる機会にもなるので、私のうつわを作ってくれる製陶所を長い時間をかけて探しました。私の望む通りに作ります、と希望してくれたのがブルゴーニュ地方に古くからあるディゴワン製陶所。私が作った型に流し込むことで大量生産ができますが、釉薬は私の指示のもと手作業でしてもらっています。というのも不均一にかける必要がありますから。最初、職人たちは私のお皿を見て、“欠陥があるよ!”って(笑)。手を感じさせたい、それが素晴らしいのだから、と彼らには説明しました。製造所は釉薬をかける機械も持ってるけれど、車の塗装のようにピストルで均一に、なんてしてほしくありません。だから、量産といっても作業は昔ながらのアルチザナルなものです。期待どおりの仕上がりが得られたことには満足ですが、唯一不可能だったのは、価格を抑えることです。もちろんこのアトリエで作るより少しは安くできますけど、願ったほどは下げられなかった。仕事の価値、職人たちのサラリー、素材……。安価な服を見た時もそうだけど、どうやったら3ユーロでお皿ができるのかしらって思ってしまいます」

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母から子どもへ伝えること

「私には美の概念があります。うつわを作るのは食べることが好きなこともありますが、私は視線、目の喜びを求めています。私のお皿には缶詰のラヴィオリなどは似合いませんね。このお皿には美しい野菜を買います。季節の野菜を買います。このように続いてゆく一貫性、かちっと連動することがあるのです。自分たちの身体を気遣うことへの誇りがあります。私には子どもが2人いて、もうじき3人に。キッチンで時間をかけて食事の準備をする余裕はありません。だから子どもたちは自宅では美しいお皿に盛られたおいしい野菜を食べさせます。それだけでも学び取ることは彼らには十分にあると思うのです。亡くなった母は私にクオリティの大切さを伝えました。何ごともおざなりにしないことを私たちに求めました。それは食卓だけに限らず、暮らし全体について言えることでした」

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自分のうつわに合うビオの野菜や果物は、9区のHumphrisで購入する。©Marion Graux

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自宅の裏手の中庭、美しいテーブルセッティングを実践する。©Marion Graux

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réalisation : MARIKO OMURA

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