生態系保護か、農家保護か。フランス人の10人に6人が撤廃を求める「デュプロン法案」とは?

Paris 2025.09.23

エコロジーVS.農家保護。
反対署名200万以上を集めたデュプロン法案の行方は?

ヴァカンス中のフランスで、珍しく政治の話題がメディアを賑わせた。7月8日に国民議会で可決されたデュプロン法案が、200万を超える反対署名を集めたのだ。

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1カ月で212万という記録的な数の署名を集めた法案に反対する文章は、無名の学生がアップしたもの。

この法案は気候変動の影響や外国産農産物との価格競争に苦しむ農家の救済を目指して規制を緩和するものだが、農薬アセタミプリドの再導入が象徴的な争点となった。フランスで2018年以来使用が禁止されているこの殺虫用農薬はEUで33年まで使用が許可されており、国内の生産者が不公平感を募らせてきた。ことに代替対処法がないとするビーツとヘーゼルナッツ生産者の訴えが法案に反映されたのだ。だが、虫の神経システムに働きかける同薬はミツバチを殺し、生態系を破壊するとされ、人体に害を与える可能性が危惧されている。

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8月7日、「ストップ・殺虫農薬」の横断幕を掲げて憲法評議会の決定を待つ「怒りの癌」のメンバー。(フランス・テレビジヨンの討論番組「C dans lʼair」より)

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害虫被害にあったナッツ。一方で養蜂業者は法案賛成派で、農業従事者の間でも意見が分かれる。(フランス・テレビジヨンの討論番組「C dans lʼair」より)

法案可決の2日後、国民議会の公式署名プラットフォームに、ある反対文章が寄せられた。「この法案は国民の健康、生物多様性、気候変動政策の一貫性、食糧の安全性と良識を真っ向から攻撃するもの」とし、「いまこれを書いている私はひとりだが、こう考えているのは私だけではない」と署名を募った。このプラットフォームは行政に紐づく個人アカウントを通して署名するシステムで、ほかよりもハードルが高い。にもかかわらず10日で100万超、1カ月で212万もの署名を集めたのだ。

「ル・モンド」ウェブ版の意見記事ラ・トリビューンにもいくつもの文章が寄せられた。なかでも「我々は人に食を提供するために働く。毒を盛るためではない」と題した、クロエ・シャルルやサラ・マンギーら400人もの料理人による署名記事が話題を呼んだ。だが、可決された法案を署名で再審議に持ち込むことは制度上不可能。法の合法性を審議する憲法評議会の判断が注目を集めることになった。

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憲法評議会の決定を報じた「リベラシオン」紙の1面は、頭を抱える農業従事者の姿。

8月7日19時。憲法評議会は、05年に憲法に導入された環境憲章「誰もが健康を尊重し、バランスの取れた環境で生きる権利を有する」に鑑み、アセタミプリドの使用を認める条項など、法案の一部に違憲の判断を示した。集まった反対派は勝利に沸いた。とはいえ憲法評議会の決定は法に基づく判断であり、世論の力とは別物だ。フランス人の10人に6人が反対とされるデュプロン法案だが、違憲判断を受けた農薬関連の条項を除いた法律はすでに施行されている。ヴァカンスが開けた9月半ば、国民議会の経済委員会は、本議会でデュプロン法についての討論を行うと決定した。討論は審議とは別物であり再投票につながる可能性は一切ないとはいえ、署名の力で可決済みの法案が再討論されるのは史上初のことだ。一方、左派政党の間ではデュプロン法を廃案に追い込む新たな法案提出の動きが出ている。エコロジーを標榜する市民団体もまた、農薬に関する市民会議の招集を求めるデモを行ったばかり。デュプロン法の行方から、まだまだ目が離せない。

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マルシェに並ぶ農作物はフランス産ばかりではない。スペインやモロッコ、南米から廉価な作物がやってくる。

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農薬散布の映像。TF1局の13時のニュースより。

髙田 昌枝/Masae Takata
1992年渡仏、2017年より「フィガロジャポン」パリ支局長。久しぶりにパリから一歩も動かなかった今年の夏、小型扇風機1台で猛暑を乗り切りつつ、地球温暖化を実感。

*「フィガロジャポン」2025年11月号より抜粋

text: Masae Takata (Paris Office)

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