ドロテ・ジルベールの思い出が詰まったヌレエフ版『くるみ割り人形』を映画館で。

毎年末、世界多数の都市で、チャイコフスキーが作曲した3大バレエのひとつ『くるみ割り人形』にのせて踊られる同名のバレエが上演される。パリ・オペラ座のこの作品は1985年に発表されたルドルフ・ヌレエフ版だが、毎年末にこの作品を踊る習慣はない。最後に踊られたのは2023年で、その前は2014年。9年ぶりという待望の公演だったのだ。そのシリーズ中、ドロテ・ジルベールとギヨーム・ディオップによるファーストキャストの舞台が映像に収められた。1月23日から29日まで、その貴重な映像を日本国内12カ所の映画館の大画面で鑑賞できるというのは朗報である。

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ルドルフ・ヌレエフ版『くるみ割り人形』。クララ役はドロテ・ジルベール、ドロッセルマイヤーとプリンス役はギヨーム・ディオップ。©Agathe Poupeney/OnP

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第1幕の最後に踊られる雪の王国。パリ・オペラ座が誇るコール・ド・バレエの見事なステージに注目を!©Agathe Poupeney/ OnP


ドロテ・ジルベール、『くるみ割り人形』の思い出。

来シーズン、10月15日に『マノン』でアデュー公演を行いパリ・オペラ座を去るドロテ。彼女にとってルドルフ・ヌレエフ版『くるみ割人形』はダンサーとしてのキャリアにおいて、重要な作品のひとつだ。12月というのはパリ・オペラ座において昨年末もガルニエ宮での公演『Contrastes』がその煽りを受けて、中止に追い込まれたように、裏方で働く人々が賃上げや労働環境改善を求めてストをする季節である。2007年の年末もストが続き、オペラ・バスティーユでの『くるみ割り人形』の6公演がキャンセルされてしまったのだ。11月19日にやっと初日。もっともこの公演にしても、クララ役のドロテ・ジルベールとドロッセルマイヤー役のマニュエル・ルグリという2名の主人公だけが衣装をつけて、ほかのダンサーは稽古着で。照明も舞台装置もなし、という公演だった。

「この日の公演のことはよく思い出すわ。こうしたコンディションで踊るって、忘れられない体験をしたのだから。それに、この晩、私はエトワールに任命されたんですもの!」と、24歳の時の思い出を語るドロテ。確かにスト中での公演においての任命は前代未聞だろう。なお、2007年の年末公演はオペラ・バスティーユで『くるみ割り人形』があり、またオペラ・ガルニエでは『パキータ』というプログラムだった。ドロテとマニュエル・ルグリの組み合わせは『パキータ』の後半に踊ることになっていて、実はこちらで彼女は任命の予想がされていたそうだ。

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2007年に『くるみ割り人形』のクララ役を踊りエトワールに任命されたドロテ・ジルベール。©Agathe Poupeney/ OnP

ドロテには『くるみ割り人形』にまつわる思い出がもうひとつある。オペラ座のバレエ学校に4エム・ディヴィジョンで入学する前、彼女は研修生として1年を過ごしている。この年に『くるみ割り人形』の公演があり、子ども役として発表されたリストに自分の名前を見つけたのだ。

「研修生は選ばれないのが通常なので、うれしかったのよ。ところがリハーサル直前に出たリストからは私の名前が消えていたの。それで生徒の監督担当者のところに行って、名前がないけどリハーサルに行っていいかどうか?と。私、かなりしつこかったんだと思うの(笑)。じゃあ、行っていいよ、ということになって......。現場ではまず女の子たちを配置して、さあ男の子たちの配置を決めるという時に大きすぎたり小さすぎたりでうまくゆかなくて。じゃあ女の子の中から誰か、ということで私も選ばれたのね。ステージでは男の子用の赤毛のかつらをかぶったわ。その当時の芸術監督ブリジット・ルフェーヴルに似ているって、みんなにからかわれたのだけど......。いまはオペラ・バスティーユだけれど、この頃はガルニエで踊られていた時代。子どもの配役はひとつだけなので全公演を踊ることができて、すごくうれしかったのを覚えてるわ」

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パートナーはギヨーム・ディオップ

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男性の最年少エトワール、ギヨーム・ディオップ。2023年3月、パリ・オペラ座の韓国ツアーで『ジゼル』をドロテ・ジルベールと踊ってエトワールに任命された。

「特にこの作品で、というのではないけれど前々から私はギヨームと踊りたいというように希望を出していたの。それまでに私の予定されていたパートナーが怪我をした時とか、稽古日数があまりない状況でも彼が代わりに踊ってくれたことが何度かあったので、最初から一緒にリハーサルできる作品で彼にお礼をしたいという気持ちがあったから。彼って素晴らしいパートナーよ。稽古熱心だし、仕事面で自分にとても厳しい。だから公演中に自分の持てる力を失うことがなく、ステージで一緒に良い結果が出せるってわかるの。舞台上でパートナーをあてにできるって、とても大切なこと」

彼女が初役で踊った時、メートル・ド・バレエがコーチをし、さらにパートナー、マニュエル・ルグリからもたくさんの秘訣を教えてもらったそうだ。

「これって最高よ。彼は足をどこに置くかなど、正しい位置をわかっているのでパ・ド・ドゥの稽古が2倍速で進められて......。私も若いダンサーが相手の時は、自分が感じることも含めて早く進むように相手にいろいろと伝えるようにしてるわ」

ギヨームはまだ若いので演劇面は今後ますます磨かれてゆくものにしても、音楽性も高く、ステージで光を放つダンサーだとドロテは彼を讃える。

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ルドルフ・ヌレエフ作品を継承する

現在パリ・オペラ座のストリーミングサイトであるPOP(Paris Opera Play)では、ドロテとギヨームによるグラン・パ・ド・ドゥのリハーサルを6つのエピソードで見ることができる。今回映画館で見ることになる2023年の公演のための稽古で、その指導に当たるのは元エトワールのフロランス・クレールだ。

ドロテが最後にクララ役を踊ったのは2014年。つまり、この作品に取り組むのは9年ぶりである。

「仕事を一からやり直す、という感じがあったわね。たとえ振付けが身体に残っていると言っても、忘れていることも少なくなかったし。それにこのグラン・パ・ド・ドゥはとにかく難しい。ルドルフは自分が好むあらゆる小さなステップ、身体がねじれるような複雑なステップを盛り込んだのね。これを可能な限り完璧に踊るには、基本がしっかりしていないとならないの。ピアノにたとえるとショパンやラフマニノフを弾いていたのが、音階練習へ戻る、という感じで、この稽古はとてもハードだったわ。でも、こうした作品があるおかげで私たちはレベルを保つことができるの」

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第2幕のほぼ最後に踊られるグラン・パ・ド・ドゥ。この後、クララは夢から覚めるのだ。©Agathe Poupeney/ OnP

フロランス・クレールは、ルドルフ・ヌレエフから直接指導を受けた''ヌレエフ・チルドレン''と呼ばれるダンサーたちのひとり。彼女は細部にいたるまで正確さを求めることで知られている。日本で2023年夏に公演が行われた「オペラ座ガラ ―ヌレエフに捧ぐ―」のアーティスティック・ディレクションを任されていたので、日本でもおなじみの名前だろう。ヌレエフがオーガナイズして世界各地を巡ったガラ「ヌレエフ&フレンズ」の一員であり、また『くるみ割り人形』の創作時には彼をパートナーにクララを踊ったダンサーである。

「彼女にコーチしてもらえたのは素晴らしいチャンスだったわ。ヌレエフと一緒に仕事をしたダンサーの彼女からは、彼が言ったことをダイレクトに伝えてもらえるのだから。私はどの作品でも、稽古の時に言われた訂正点は毎回ノートに書き残すようにしてるの。書くことによって頭に刻み込むことができる。夜寝る前に復習すると、翌日はうまくゆくのよ」

フロランス・クレールによるマスタークラスがもたらした素晴らしい結果は、映画館で堪能できる。壮麗なオーケストラの演奏に乗せてふたりのエトワールがヌレエフの振付けを鮮やかなステップで踊るグラン・パ・ド・ドゥは、まさに夢の時間だ。アダージョの後、ギヨームがヴァリアッションを踊り、ついでチェレスタの澄んだ音にステップを踏むドロテのヴァリアッション「金平糖の精」、そして飛翔・回転のコーダへと。この作品の大きな見どころであるグラン・パ・ド・ドゥを踊るふたりに、映画館の客席に座っていながら劇場のように思わず拍手を送りたくなるだろう。

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映画だからこその醍醐味を

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ドロッセルマイヤーから贈られたくるみ割り人形と踊るクララ。©Agathe Poupeney/ OnP

ルドルフ・ヌレエフ版『くるみ割り人形』は、あどけない少女が初恋に目覚めるという主人公のクララの心理面の成長の物語でもある。

「だからパーソナリティを考える上で、興味深い仕事ができるのよ。顔だけでなく、身体の動かし方......振付けにしても成長が感じられるようになっているの。最初のクララとグラン・パ・ド・ドゥでは全然違う。初役で踊った時は幼いクララを演じるのが簡単で、成長後のクララを演じるのが難しかった。でも、この2023年の舞台ではそれが逆で小さなクララが難しくなって......」と、大笑いするドロテ。"女優ダンサー"と称えられる彼女である。彼女の顔や身体の豊かな表情の微妙な変化がアップで捉えられた映画では、劇場で見る以上にストーリーに引き込まれることになる。なお、映画のための撮影日の公演ではアクセントの強いステージメイクではなく、薄めにするそうだ。

「クリスマスツリーを始め舞台美術も綺麗だし、コスチュームやジュエリーがキラキラ輝いて......映画だとディテールがアップで楽しめるのがいいわね。また『雪の精のワルツ』は正面だけでなく上からも撮影されてるのでコール・ド・バレエのフォーメーションをいろいろな角度から見られるの......とても綺麗よ」

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雪の精を踊るコール・ド・バレエ。ドゥミ・ソリストはエロイーズ・ブルドンとロクサーヌ・ストヤノフ。©Agathe Poupeney/ OnP

ドロテの思い出が詰まったバレエ作品のひとつ。娘のリリーは9歳の時にこの作品を初めて観たそうだ。ネズミやコウモリといったいささか不気味に感じる生き物たちは本物ではないとわかっているので怖がることもなかったとか。学校の生徒たちもステージで踊る作品なので、子どもと一緒に一家で映画館に見に行くと良い時間が過ごせるのでは?とドロテは提案する。

なお、この2023年12月に撮影された公演は主役以外の配役も見所である。2024年12月にエトワールに任命されることになるロクサーヌ・ストヤノフがアラブの踊りと雪の精のソリストを踊り、ピアンカ・スクダモアとアントワーヌ・キルシェールというプルミエ・ダンスールがクララの姉と弟役だ。さらにエロイーズ・ブルドン、イネス・マッキントッシュ、マリーヌ・ガニオ、トマ・ドキール、ジェレミー=ルー・ケールといったプルミエ・ダンスールたちも......と実に豪華である。ドロテが去った後のオペラ座を背負ってゆくダンサーたちの踊りを見る貴重な機会でもある。

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ガルニエ宮のパブリックスペースに展示されたドロテ・ジルベール着用のコスチューム。衣装デザインは舞台美術とともにニコラス・ジョージアディスによる。映画館ではパリ・オペラ座のクチュール部門が仕上げた美しいコスチュームのアップも楽しみのひとつだ。photography: Mariko Omura

パリ・オペラ座 IN シネマ 2026 バレエ『くるみ割り人形』
1月23日(金)〜1月29日(木) TOHO シネマズ 日本橋ほか1週間限定公開
https://tohotowa.co.jp/parisopera/

音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
振付:ルドルフ・ヌレエフ
指揮:アンドレア・クイン
舞台美術・衣装:ニコラス・ジョージアディス

【出演】
クララ:ドロテ・ジルベール(エトワール)
ドロッセルマイヤー/王子:ギヨーム・ディオップ(エトワール)
ルイーザ(クララの姉):ビアンカ・スクダモア(2026年1月よりプルミエール・ダンスーズ)
フリッツ(クララの弟):アントワーヌ・キルシェ―ル(プルミエ・ダンスール)
母:ファニー・ゴルス(スジェ)
父:セバスチャン・ベルトー
雪のソリスト:エロイーズ・ブルドン(プルミエール・ダンスーズ)、ロクサーヌ・ストヤノフ(エトワール)
アラビア:ジェレミー=ルー・ケール(プルミエ・ダンスール)、ロクサーヌ・ストヤノフ(エトワール)
アクロバット:アントニオ・コンフォルティ(スジェ)、トマ・ドキール(プルミエ・ダンスール)、レオ・ド・ビュスロル(コリフェ)
パストラル(葦笛):マリーヌ・ガニオ(プルミエール・ダンスーズ)、イネス・マッキントッシュ(プルミエール・ダンスーズ)、チャン・ウェイ・チャン(スジェ)

editing: Mariko Omura

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