たとえカメラが壊れても! ? その脱・常識的なアプローチに感嘆。
スティーブン・ギル|写真家
写真の常識を超えた瑞々しいアプローチで日常を切り取り、美しいイメージへと昇華させる、写真家のスティーブン・ギル。長年にわたってロンドンを拠点に、実験的アイデアにあふれた数々のシリーズを発表してきた。カメラを水に浸けたり、エナジードリンクを現像液にするなど、その発想はどこまでも自由でDIY精神に満ちている。なかでも、道ばたのアリや雑草をカメラに入れて撮影した作品は、水中や無重力空間のようにスケールや方向感覚を混乱させながら、思いがけない新鮮な透明感を湛えている。
自然と向き合うことは、新しい体験の連続。
「子どもの頃、父はカメラをとても大事にしていたけれど、自分にとって写真はツールだから、リスクを気にせずに手法を模索している。ときには高価なカメラを壊すこともあるけれど、むしろ中に閉じ込められたアリが無事か気になってしまう。カメラの内部に浮遊する生き物たちの至近距離の囁きは、琥珀に膨大な遺伝子情報が封印されているように未知の領域であるミクロコスモスについて語りかけてくれるんだ」
2014年には、意識改革を求めてスウェーデンに移住した。新作の『Night Procession』では、森の奥に暗視カメラを設置し、生命が躍動する夜の森を露わにした。都会で育った彼にとって、スウェーデンの自然は想像力を駆使して立ち向かうほかなく、「何も付け加えることができない世界」だという。
「森でイノシシに遭遇してしまった時は、心臓バクバクで、走れ!と脳から指令が来る前に木に登っていたよ。ある時には、6本脚のエイリアンみたいな動物の死体を見つけた。よく見ると、子鹿を産みかけて死んだ母鹿だったんだ。いままでの都市生活はパラレルワールドで、人間の住む世界が唯一の世界ではないと知ることができるような、新しい体験の連続だよ」
かわるがわる杭に止まる鳥の姿を自動撮影で捉えた新作『The Pillar』にも見られるように、被写体に対峙するポジションにはこだわらず、ほどよく手を離す距離感も絶妙だ。
「対象となるものが、息をしやすいように耳を傾ける。こちらの考えで決めつけず、被写体にガイドを委ねて接点を探るんだ。幸いにも動物とは相性がいいみたいで、鳥になった気持ちで構図を予測できることが多いかな」
自身の実験精神と対象の持つ力を信じる謙虚で柔らかな確信は、彼の詩性の拠り所なのかもしれない。
1971年、イギリス・ブリストル生まれ。出版レーベル「Nobody」を運営し、自身の作品集を多数発表している。ロンドン東部のハックニーを舞台にした『ASeries of Disappointments』や『Hackney Flowers』が有名。
雑誌「IMA」のスティーブン・ギル特集を記念して、新作シリーズの『The Pillar』から厳選されたオリジナルプリントがセットになったボックスが登場。サイン入りで、限定100部のみの発売となっている。5月29日から6月29日には、IMAギャラリーで展覧会が開催された。オリジナルプリントスペシャル限定ボックス(IMA Photobooks/アマナ刊)¥38,880
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*「フィガロジャポン」2019年10月号より抜粋
interview et texte : CHIE SUMIYOSHI