激動の中国を見つめてきた、巨匠が描く切ない男女の愛。
ジャ・ジャンクー|映画監督
ヴェネツィア国際映画祭で最高作品賞である金獅子賞を受賞した『長江哀歌』(2006年)をはじめ、劇的に移り変わる現代の中国社会で生きる人々を見つめてきた、映画監督ジャ・ジャンクー。その新たなる傑作ともいえる作品が最新作の『帰れない二人』である。
17年間、中国を舞台に移動距離7700キロの物語。
「前作の『山河ノスタルジア』(15年)は、私の母や故郷との関係から派生した物語。ある家族を長い時間の中で捉えたけれど、その中でもっと人を描いてみたくなりました。当時すでに私は40歳を越えていたのだけれど、年齢も関係していると思う。『帰れない二人』は、若い頃に激しく愛し合った男と女が主人公。今日の中国の社会は、発展とともにより複雑さを増している。情報量も多い。そんな中で、人々は真実を見失う。長いスパンで男と女を見ることは、マクロな視点で人間を観察するうえでとても興味深い体験だった」
恋人であるヤクザの男を助けたばかりに5年も服役した女チャオは、出所後、すっかり変わってしまった男に再会する。時の流れは残酷で、人の気持ちも縛れない。女の激情、情念、やるせなさ、諦め……北京オリンピックの開催決定などで活気付く、01年からの17年間。カメラは、変わりゆく中国の中で漂う女の感情に寄り添う。町から町へ、その総移動距離は7700 キロ。ジャ・ジャンクー作品の中でも最もロマンティックなラブストーリーだ。愛に裏切られた女の痛みを力強く演じたジャ・ジャンクーのミューズ、チャオ・タオの演技も絶賛に値する。
「恋愛においても、伝統的な価値観と新しい考え方がせめぎ合っているのが今日だ。男に尽くすチャオは、古いタイプの価値観を持っているともいえる。また、ふたりが生きている裏社会は、“人情”と“義”で人間関係が成り立っている。誠実に尽くし、裏切らず、自己犠牲を惜しまない。ただ、そうした古い価値観は過渡期の中で失われつつあり、人々は戸惑い、そこに悲劇が生まれるんだ」『一瞬の夢』(1997年)で、衝撃のデビューを飾ってから20年あまり。チェン・カイコーやチャン・イーモウに続く、中国の第6世代を代表する監督ジャ・ジャンクーも巨匠という年代に入ってきた。
「20年間、映画を撮り続けてきた。もっといえば、49年間生きてきた私自身の経験や実感が、この作品に映し出されている」
そう語る言葉からも、この作品に込められた想いが伝わる。
1970年、中国山西省生まれ。北京電影学院の卒業制作『一瞬の夢』(97年)で長編監督デビュー。『長江哀歌』(2006年)でヴェネツィア映画祭金獅子賞を、『罪の手ざわり』(13年)でカンヌ国際映画祭脚本賞を受賞。
2001年、中国・山西省の大同。チンピラたちに殺されかけたヤクザのビンを救ったことによって、服役した恋人のチャオ。5年後、出所した彼女は奉節にいるビンを探し当てるが、彼にはすでに新たな恋人がいた。傷心のチャオは世界で最も内地にある新疆ウイグル自治区のウルムチを目指す。『帰れない二人』は、Bunkamuraル・シネマほか全国にて公開中。
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interview et texte : ATSUKO TATSUTA