フィガロジャポンでは写真家として「齊藤工 活動寫眞館」を連載中の俳優・映画監督、齊藤工。その監督11作目となる『フードロア:Life in a Box』が2月15日、スターチャンネルにて日本独占放送される。
『フードロア』は、ケーブルテレビ局HBOアジアでシンガポールの映画監督エリック・クーが製作総指揮を務めるドラマシリーズ。アジア8カ国の映画監督が、「食」をテーマに作品を製作。齊藤は前回のホラーシリーズ『フォークロア:TATAMI』に続き、日本代表監督として招かれた。放送を前に齊藤と、メインキャストのひとりである安藤裕子に話を聞いた。
『フードロア』に日本代表の監督として参加した齊藤工(左)と、本作でメインキャストを務めたミュージシャンの安藤裕子(右)。
心に届く、日本らしい「食」の体験とは。
日本ならではの「食」を表現するのに齊藤が選んだテーマは「弁当」。「TATAMI」と同様、ピタリと当てはまる翻訳のない、日本語がそのまま世界で使われている言葉であることが理由のひとつだった。そしてオファーを受けた当時、齊藤が広島でボランティアをした際に、幼稚園の食堂で用意された塩むすびに感銘を受けたことに端を発している。作ってくれた人たちの温かさを感じるとともに、労働した後の身体に合わせた塩加減にもメッセージを感じたという。さらにロケ地である高崎で、物語の主題に関わる大切な出会いがあった。
「高崎市に奈美さんという、40年くらいひとりでお弁当を作っている方がいて、そのお弁当がめちゃくちゃおいしかったんです。作り手の愛情が詰まっていて、その奈美さんを本作のモチーフにしています。実際に奈美さんのお店の壁に貼ってあったものをお借りして、劇中でも使っています」
『フードロア:Life in a Box』より。実在する奈美さんを、劇中では松原智恵子が演じている。
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演じるのが必然だったかのようなキャスティング。
キャスティングにおいても、今回は「神がかっていた」と齊藤が言うように、メインキャストたちは脚本に描かれた人物と実体験が重なる部分があったという。スランプに陥った絵本作家を演じる安藤裕子は、オファーを受けた当時をこう回想する。
「このお話をいただく前の日に偶然、齊藤さんにばったり道で会ったんです。お願いしたいことがあるんです、とおっしゃったので、私はミュージシャンだから曲の依頼かな?と。でも、明日オフィシャルにご連絡がいくと思います、と言って内容を教えてくれなくて(笑)」
何かに引き寄せられるようにオファーを受けた安藤は、台本を読んで2度目に驚くことになる。
「まるで自分に当て書きされたようでびっくりしました。私は音楽を作りながら、絵を描くことも仕事の一環でした。これまで常に何かを作りながら生きてきたし、それが楽しいからここまでやってきたはずなのに、ある日突然、曲が作れなくなってしまった。技を知っているから依頼されたものは作れるけれど、何ひとつ胸が騒がず、ワクワクしない。あ、終わったな、って思ったんです」
電車に偶然乗り合わせた3組4人の乗客たち。左から、引退したプロレスラーを演じるザ・グレート・カブキ、川床明日香と安田顕演じる父娘、絵本作家役の安藤裕子。緊急停車してしまった車内にお弁当屋さん(松原智恵子)が現れて……。
安藤は2年ほどの「休業」の中でこう感じていたという。「これが噂に聞く“枯渇”というやつか、と思いながら(笑)、ぼんやり休めども休めども、色褪せていくしかなくて」
安藤が演じる絵本作家は“本当に創りたいもの”と“世間が求めるもの”との間で葛藤し、スランプに陥っている。思いを込めた作品を担当編集者にやんわりと否定された時に飲み込んだ思い、机に向かって思い詰めたようにペンを走らせながら抱く焦燥感が、彼女の繊細な眼差しから伝わってきて胸が締め付けられる。
「ちょうどこのお話をいただいた頃、ようやく曲を作り始めたところだったんです。新しく出会った人に協力してもらって、作るってやっぱり楽しいな、って思えるようになっていった。だからこの役を演じられることは、非常にありがたいチャンスだと思いました。もう一度名前を呼んでいただくことで、『あ、私ここにいるんだ』と(笑)。人と交わることってすごく力になるし、楽しいものが生まれるって感じられました」
そんな安藤について、齊藤はこう語る。「安藤さんは役をご自身でアレンジされて、絵も安藤さんが描いてくれたものなんです。彼女のクリエイションの瞬間というものが、自然に訪れていて。僕らが作る映画もそうですけど、自分の作りたいものと、時代のニーズみたいなものとのギャップって、表現の仕事をする人はみんな感じていて、安藤さんもそういった部分で、この役と近いものを感じると言ってくださった。すべての作品にこういう奇跡が起こっているわけではないけれど、この方たちに演じていただくことが前々から決まっていたような、結果的にすごく必然が詰まった作品になりました」
「東洋の神秘」という異名を持ち、アメリカでも成功を収めたプロレスラー、ザ・グレート・カブキもメインキャストのひとり。台本を読み、腹が立つくらい核心を突いている、といった感想を齊藤に伝えたという。そしてもうひとり、妻を亡くし、娘を連れて実家へ向かう男を演じた安田顕には、実際に劇中で川床明日香が演じる少女と同年代の娘がいる。そして撮影の前年、せめてこれくらいは作れるようになってほしいと妻に言われ、物語の鍵を握るお弁当の中のある一品を、彼女に教わって作ったのだとか。
安田顕(右)演じる男の回想シーンには、板谷由夏(左)が妻役で友情出演している。
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かつて食べたお弁当に、込められていたメッセージ。
『フードロア:Life in a Box』はHBOアジアのオリジナルシリーズとして海外でも放送される。自身の監督作を携えてさまざまな都市での映画祭に参加してきた齊藤は、海外では「自分が何者であるかではなく、作品がすべて」と言う。そんな齊藤がアジア8カ国の食が表現される『フードロア』において、日本ならではの食を描くうえで大切にしたことは何だろうか。
「僕の通っていた小学校はシュタイナー教育という、当時としては少し変わった教育方針で、食事がマクロビ(*)だったんです。お弁当が真っ茶色で、揚げ物の茶色というよりは、もう素材のままというか。インゲンにゴマがかかっていることも、子どもにはビターだったりするんですよね。おやつも煮干しで、いま思うとありがたいけれど、そのお弁当の景色というのはちょっと苦しい記憶だったんです。でも、あれはとても幸せな親からのラブレターだったんだなっていうことに、年齢を重ねて気付いてきた。いまならわかるよお母さん、っていう(笑)」
*マクロビ:マクロビオティック。玄米や全粒粉を主食とし、野菜や漬物、乾物などを副食にすることを基本とした、独自の食材や調理法のバランスを考える食事法。
日本のお弁当には、作り手から受け取り手へのメッセージ性があると齊藤は語る。自身の実体験だけでなく、スタッフやキャストも、母親が作ってくれたお弁当や、自分が誰かに作るお弁当など、お弁当にまつわる物語を少なからず持っているのではないかと考えた。安藤ももちろん、そんな物語を持つひとりだった。
「幼稚園にお弁当を持っていったある日、蓋を開けたら肉の佃煮のようなものがご飯にかかっていたんです。恥ずかしくて蓋をしながら食べていたら、みんな食べ終わってわーっと校庭に出ていっちゃって。ひとりで残って食べてたら、いじわる集団が現れて『ねえ、何で蓋して食べてるの?』と言われて。開けたら『何これ、茶色〜!』って(笑)。すごくショックで、その話を親にしたら、申し訳なかった、と言われました。その後、4年生頃の遠足で、お弁当箱の蓋を開けたら、チューリップの形に切り抜いたノリでおにぎりが巻いてあったんです。それはそれで蓋を開けられない!って思ったけど(笑)、私の気持ちを思いやってくれてるんだ、って子どもながらにすごく感じましたね。このふたつのエピソードはセットで覚えています」
『フードロア:Life in a Box』はお弁当を作る奈美さんの台所のシーンで始まる。神々しいほど艶やかに炊かれたお米、迫力ある音を立てて切られていく糠漬け、軽快に混ぜられる玉子焼きの卵……。齊藤はこの冒頭シーンで食材の中にマイクを仕込み、繊維が切れる音も収録することで、食の記憶を想起させる音にこだわったという。
そしてもうひとつのこだわりは、お弁当の色味。「白米のおにぎりではなく、五穀米や雑穀米、野沢菜で包んだおにぎりなど、比較的僕の小学校の頃の茶色いお弁当に近い(笑)」
冒頭のシーンでは、実在する奈美さんの食堂に張ってある、食べた人たちからのお礼の手紙などが小道具として使用された。
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みんなが役としてそこに存在してくれていた。
本作では安藤やザ・グレート・カブキなど、本業が俳優ではない人たちがメインキャストを務めていることも特徴だ。
「本当に作品を作り続けている安藤さんや、カブキさんがそこにいてくださることで、もうすべてが本当だった。終盤に安藤さんが呟く言葉も全部アドリブなんです。その空間で安藤さんの役柄の心が動いたのを、そのまま表情や言葉に表してくれて、すごく利いていた。安田顕さんとの会話も台詞なのか、素のふたりなのかわからないくらいナチュラルで、演じるというより存在してくれたという感じ。僕がいち役者として入れない生きた空間、生きた人たちというものが詰まっている、とっても素敵なお弁当のような作品ができたと思っています」
こう評する齊藤に、安藤が尋ねる。「ああいう素に近い振る舞いをちゃんと切り取ってくださっている監督、優しいなって思いました(笑)。ちなみに私は食材にたとえると何でしょう?」
かつてある大物俳優が、誰かに食材にたとえられて怒ったというエピソードを話し、それを聞いて以来人を食材にたとえることは控えている、と前置きしつつ、齊藤は少し考えてからこう言った。「難しいけれど、安藤さんは彩りを感じるので、あのお弁当の中ならやっぱり卵焼きかな。カブキさんはおにぎりじゃないかな。安田さんは……実はゴマをいっぱい使っているお弁当なんですが、現場で見えないところにまですごく愛情を注いでくださったという意味で、ゴマ(笑)」
安田のそうした優しさを、安藤も感じていたようだ。「安田さんは、私がどんなトーンで喋ったらいいだろう、と台本を眺めていた時、おもむろに台詞で話しかけてきて、練習させてくださったんです。私が顔の寄りを撮る時も、ご自身の演技をカメラの後ろからずっとしてくれて。本番では泣いていないのに、カメラの後ろで感極まってぽろぽろと泣いていたり(笑)」
「安藤さんも同じように、映っていないシーンでもしっかりそこにいてくださった。ほかの皆さんもそうでしたが、なんて美しい、健全な現場なんだ、と。僕に与えられた最大の能力、“人運”というものを最大限活用させてもらいました」
奇跡は撮影中にも起きた。高崎での唯一の撮影日が大雨だったにもかかわらず、撮影の時間だけは晴れたのだという。天候にも人にも祝福されるようにして生み出された、優しく滋味深い『フードロア:Life in a Box』。観れば食にまつわる自分自身の大切な記憶が呼び起こされて、誰かに感謝を伝えたり、幸せな思いをおすそわけしたくなるはずだ。
『フードロア:Life in a Box』
●監督/齊藤工 ●出演/安田顕、安藤裕子、ザ・グレート・カブキ、川床明日香、松原智恵子、板谷由夏
●2019年、シンガポール・日本作品
©2019 HBO Pacific Partners, v.o.f. HBO and HBO Asia Originals are service marks of Home Box Office, Inc. FOOD LORE is a service mark of HBO Pacific Partners, v.o.f. Used with permission. ©2019 HBO Asia. All rights reserved.
2月15日(土)12時より、BS10 スターチャンネルで独占日本放送。
2月16日(日)より、スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-にて配信スタート。
シンガーソングライター。2003年、ミニアルバム『サリー』でデビュー。バンドセットとアコースティックセットの2形態で全国にてライブを行うほか、多くの映画やドラマ、CMの曲も手がける。14年、映画『ぶどうのなみだ』ヒロイン役に抜擢され、初めての本格的演技に挑む。デビュー15周年を迎えた18年、初のセルフプロデュースアルバム『ITALAN』を発売。2020年5月には久々となるオリジナルアルバムのリリースを予定。
齊藤工 TAKUMI SAITOH
移動映画館cinéma bird主宰。長編初監督作『blank13』(18年)が国内外の映画祭で8冠獲得。18年、パリ・ルーヴル美術館のアート展にて白黒写真作品が銅賞受賞。19年も出品。日本代表として監督を務めたHBO Asia “Folklore”『TATAMI』、同企画第2弾“Foodlore”『Life in a box』が各国映画祭およびBS10スターチャンネルにて放送。企画・制作・主演の『MANRIKI』が公開中。企画・脚本・監督・撮影の『COMPLY+-ANCE』が2月21日に公開。21年公開予定の『シン・ウルトラマン』では主演を務める。
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