自らの失恋体験を投影させた、北欧フォークロアのスリラー。
アリ・アスター|映画監督
トニ・コレット主演のホラー『へレディタリー 継承』(2018年)で、鮮烈なデビューを飾ったアリ・アスター監督は、2作目の『ミッドサマー』でさらにその真価を発揮した。スウェーデンの人里離れた村で行われる祝祭に参加した、アメリカの大学生5人の悪夢のような体験を描いたブラックコメディ・スリラーだ。「スウェーデンでアメリカの若者が次々に殺されるというホラー映画を作ってほしいと依頼があった時、最初は興味を持てなかった。でもちょうど恋人と別れたばかりで、失恋の経験をメタファーとして描くにはこの枠組みはぴったりだと思った。恋愛における人間関係、特に共依存関係や何かを得ようと思えば犠牲を払わなければいけないこと……そういったさまざまな要素を詰め込めると思ったら、ワクワクしたんだ」
土着的な物語に影響を与えた日本人監督。
監督自身を投影したという主人公は、天涯孤独になった大学生ダニー。恋人のクリスチャンに不満を抱きながらも彼の旅に同行し、スウェーデンの奥地の村ホルガで古くから伝わる祝祭に参加することに。美しい自然や草花、白い衣装……白夜の楽園で行われる儀式はおどろおどろしいが、こうした土着的な考察には今村昌平が影響しているという。
「今村昌平は、僕にとって最も重要な監督のひとり。ファインアートと土着的な物語を融合させ、いつの時代も容赦なく、時代を見据えてテーマを突き詰めた。『神々の深き欲望』(1968年)や『楢山節考』(83年)からの本作への影響は大きい。ホルガの人々の死や性への価値観は、アメリカから来た人々には違和感があるけど、彼らのコミュニティは我々が失った絆を持っているともいえる。ダニーが欲していたものを、まさに提供してくれたともいえるんだ」
盲目的になってしまった私たちの価値観に疑問を投げかけ、目を覚まさせることこそ、この作品の真の目的だ。暴力や殺人もあり、ある意味恐ろしい映画なのだが、「ホラーではなくフェアリーテール」と語る。寂しさと不安のあまり未来のない恋愛にしがみついていたダニーは、荒療治を経て再生へと向かうが、果たして監督自身も、この映画製作を通して失恋から立ち直れたのだろうか。
「自分の経験を反映させて脚本を書いたことは、セラピーになったとは思う。けれど、実際に撮影が始まると技術的な問題で頭がいっぱいになって、題材とは少し距離を置くようになるんだ。だからこそ、辛い体験を克服できたとはいえるのだけどね」
1986年、ニューヨーク生まれ。アメリカン・フィルム・インスティチュートで美術博士号を取得。短編映画を経て、『へレディタリー 継承』(2018年)で長編デビュー。多くの映画賞にノミネートされ、興行的にも成功を収めた。
両親と妹を亡くしたダニーは、恋人のクリスチャンとの別れに怯えていた。彼が友人たちと出かけるスウェーデンの旅に同行。人里離れた村ホルガでは、90年に一度の祝祭が9日間にわたって行われようとしていた。幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。
『ミッドサマー』はTOHOシネマズ 日比谷ほか全国にて公開中。
*「フィガロジャポン」2020年4月号より抜粋
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interview et texte : ATSUKO TATSUTA