ハイエイタス・カイヨーテのネイ・パームに新作の話を聞く。【後編】

世界各国のカルチャーが混在しているオーストラリア南東部の都市メルボルンから登場した、唯一無二の音楽世界を創造し続けるハイエイタス・カイヨーテ。グラミー賞に3度のノミネート、日本でも2019年、22年とフジロックフェスティバルに登場したことで知名度が増し、ジャズやヒップホップを超越した先にあるフューチュアソウルと呼ばれる、魔力的な音楽に魅せられているファンはますます増えている。最新アルバム『Love Heart Cheat Code』について、ネイ・パーム(Vo,G)にインタビューした。

>>前編はこちら


直感的に良いと感じたものをピックアップし、後から意味を探る。

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(左から)ペリン・モス(Dr,Per,Key,Ba)、サイモン・マーヴィン(Key,Per)、ネイ・パーム(Vo,G)、ポール・ベンダー(Ba,G,Key,Prog)。photography: ROCKET WEIJERS

――これまで以上にループであったり、歌詞のリフレインであったりが耳に残ります。この感覚も宇宙的に感じます。ドラム奏者のペリン・モスが元々トラックメイカーだったこともあるのでしょうが、演奏している方も、歌う場合も、この回る感じ、繰り返す感じは心地よいのでしょうか?

私はさまざまな種類のアートから喜びや心地よさを感じる。でも多くの場合アーティストは、人々を感心させるためにいろいろとやり過ぎてしまいがちだし、もしくは、自分自身を感心させるためかもしれないけど、自分の技を見せびらかすのよ。でも自分に自信があれば、曲に必要のない要素は無理に入れなくなると思うの。ファースト・アルバムから私たちのサウンドはヒップホップのサンプリングやループに影響を受けているけれど、反復は確かに今回のアルバムの方が顕著に聴き取れるかもしれない。ヒップホップのビートの多くがループで出来ているけれど、私たちはMPCやサンプラーを使わずに、それをライヴで可能にしている。それって、素晴らしいことだと思うの。サンプリングされたもののように聴こえるけれど、実際はライヴ演奏だったなんて、すごくおもしろいことだと思う!

――だからこそ、ハイエイタス・カイヨーテの世界観に引き込まれてしまうんですよね。 

話しておきたいのは、私は制作活動に飽きることは一生ないと思う。アイデアが尽きることはないし、ライターズブロックなんて一度も経験したことがない。この世界には、夢中になるもの、大好きになるものがたくさんあって、そこに制限はないから。以前だったら、自分が作る音楽は「ディープで複雑でパーソナルなものでなくちゃいけない」と思っていたけれど、最近では、「直感的に良いと感じたものをピックアップして、後からその意味を探っていけばいい」と思うようになったの。

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自分を愛し、大好きなことをして、愛情を持って進めば、人生は楽になる。

――それはあなたの生き方にも通じるような気がします。では、曲名でもある"Love Heart Cheat Code"を、アルバムタイトルにした理由を教えてください。

"Love Heart Cheat Code"は、言葉を組み合わせた時の響きがいいなと思って、気に入っていたフレーズなの。最初はそんな感じだった。でも、その奥にある意味がわかってきた。「チートコード」とは、ゲームで先のレベルに早く進みたい時に使える、裏技コードのこと。"Love Heart Cheat Code"というのは、私にとって、人生におけるチートコードだと思った。愛とともにこの世界を生きて、自分を愛し、自分が大好きなことをして、愛情を持って進んでいけば、人生は楽になる。そうすれば、心を閉ざして生きていくよりも、もっと良いところまで進むことができる。

――大切なことですよね。

先ほど、「テーマは何ですか? 愛ですか?」といった質問があったけれど、愛は全ての中心にあるものだと思う。音楽やそれ以外においてもそうだし、全ての人に当てはまる。この世界の全てのものの核を成しているのが愛だと思う。困難に苛まれることは多々あると思うけれど、自分を守り、愛とともに生きていけば、人生はより充実したものになる。だから、『Love Heart Cheat Code』の意味は、人生におけるチートコードは、愛とともに前進するということ。これってすごく陳腐でシンプルに聞こえるけれど、先ほども話したように、これを実践して上手くなるのは結構難しいことなのよ(笑)。

――非常に深いお話ですね。ところで、"Longcat"は日本に滞在していたことが曲作りのきっかけになったそうでうれしいです。

(笑)。

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ヴァリナワ族や動物たちと共生の時間を過ごし、すごく癒された。

――質問はガラリと変わるのですが、現代はAnthropocene (人新世)と呼ばれる一方で、multispecies(複数種の生物を含む)やsymbiosis(共生)といった、人間が人間以外の生物と共生するヴィジョンが人文社会科学のさまざまな分野から提唱されていますが、そのような学問動向の重要な震源地としてオーストラリアに注目が集まっていると、知人の大学教授から聞いています。その一翼を担うアメリカの人類学者エドゥアルド・コーンはアマゾンに住むルナ族と一緒に森の中で生活するなかで、人間のみならず森に棲む多種多様な生物たちはみなそれぞれの仕方で「考え」ており、全体として「森は考える」のだという結論に達したのだそうです。あなたもヴァリナワ族と交流して、人間主体ではないヒューマニズムというか、人間vs他の生物種ではなく、みな共生しているという感覚になりましたか?

ヴァリナワ族と時間を過ごして、はっきりとわかったことは、人間が自然の一部であるということ。ヴァリナワ族は薬草を使ったり、熱帯雨林という自然な環境で、自然と共生したりするという並外れた認知能力と知性を持っていて、この世界の均衡に対する直感的な理解がある人たちだった。もしこの世界が、植民地支配的な組織に管理されていなくて、原住民たちが環境問題についての決断ができるとしたら、この世界はずっと良い状態にあると思う。原住民と呼ばれる人たちが、私たちほど進化していないという考えは、非常に間違っている。私はヴァリナワ族と時間を過ごしたことで、そういう思いが特に浮き彫りになったけれど、このことは、それ以前から自分でわかっていたことだと思う。私は都心部で育ったけど、母が亡くなった後、田舎に引っ越して、野生動物を保護している団体と一緒に育ったの。国立公園の裏で暮らしながら、母の死を悼んでいた。そこで動物たちと一緒にいることが自分の心のリハビリにもなって、すごく癒されたの。

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『Love Heart Cheat Code』ボーナストラック追加収録 ¥2,860/ビートレコーズ

――そのあたりのお話、もっと伺いたいです。

私たちは、知能をIQ(知能指数)として測っているけれど、その方法は、すごく馬鹿げていると思う。私は、感情的知性(Emotional Intelligence)こそが最高な進化の形だと思うから。 動物は生き残るために常に周囲を察知しているから、人間よりも共感能力が高い。私はいままでに野生動物と興味深い体験をたくさんしてきたし、歴史を振り返っても共生に関する例はたくさんあるのよ。いま、私たちが作っている曲もこのテーマと関係があるわ。アフリカ東南部かどこかに住んでいる種族の話で、その種族はある鳥たちの鳴き声を学び、代々受け継いでいるので、彼らがその鳥の鳴き声をすると鳥がやってくる。そして鳥が飛び立ち、その後を追っていくと、鳥は蜂蜜のあるところまで人を連れて行ってくれるの。でも鳥は自分だけでは蜂蜜を得ることができないから、人間の助けを必要としている。そこで人間が蜂蜜を取り、鳥と分かち合うの。これはともに採取をするという共生の一例よ。

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私にとって最大のインスピレーションになっているのは自然。

――興味深いですね。他にも例はありますか? 

アボリジニ族がいるオーストラリアでも、アボリジニ族の狩人たちが、シャチと協力して魚を獲り、シャチに獲った魚の一部を与えていたという話がある。アボリジニ族とシャチはそういう関係を築いていたのに、イギリス人がやってきて魚を獲り始めると、彼らはシャチに分け前を与えなかった。だからこの協力関係は消滅してしまった。この例を見ても、原住民の方が地球と共生する直感的能力にはるかに長けていることがわかるわ。また、人間が、自然とは別物で、自然よりも優れているという考えは間違っている。自然と深い繋がりがないひとでも、人々が気づきもしないところで、人間は直感的に自然と繋がっているのよ。たとえば、キャンプが好きじゃないひとで都市に住んでいる人でも、公園や海に行けば、神々しさを感じたり、リラックスできたりする。海洋生物学者でも、ビーチを散歩している人でも、誰でも、自然に対する身体的な反応は必ずあるものなのよ。

――それはすごくよくわかります。

この世界で私が最も敬愛するものが自然なのかもしれない。それは、自分の世界観にも顕著に表れていると思うし、自分が作る音楽でもよく取り上げられている。1枚目のアルバム『Choose Your Weapon』に収録されている「Making Friends With Studio Owl」という曲では、私がフクロウと歌っているの。他にもそういう例はたくさんあるわよ。私にとって最大のインスピレーションになっているのは自然だと思う。クリエイティヴな人でなくても、たくさんの人がそう感じていると思うわ。アーティストじゃなくても、夕陽を見たら、何か感情に訴えてくるものがあると思うから。とても良い質問だったわ!

――ありがとうございます。とてもうれしいです。自然が最も大きなインスピレーションと話していましたが、それ以外にもあれば教えてください。

中心となっているのはバンドの仲間だと思う。この活動はコラボレーションだから。私は、世界的に有名なミュージシャンたちとコラボしないかというオファーをよく受けるけど、私のモチベーションはそういうところにあるわけじゃない。バンド仲間とケミストリーを見出せた私は、とても恵まれていると思うし、私がいちばん大好きな作曲家が彼らだし、いちばんのインスピレーションを受けているわ。私には作りたい音楽が膨大にあるけど、制作ペースはそれに全く追いついていない。大病を患ったことによって時間には限りがあるとわかり、作曲することに対していままで以上に貪欲になった。実際、私は音楽を作るのがいちばん好きなのよ。ツアーして、世界中を旅して、いろいろな世界を見ることも大好きだけど、レコーディングが大好き! アルバム完成後に達成感を感じる時期がわずかにあるけれど、私は常に次の制作に取り掛かる準備ができている。クリエイティヴな人ならそう感じる人はたくさんいると思う。

――とても貴重なお話をありがとうございました。来日公演を楽しみにしています!

*人新世:2000年にオランダ人の大気化学者で、1995年にノーベル化学賞を受賞しているパウル・クルッツェンが地質時代の区分のひとつとして提唱した時代。完新世(Holocene)後の人類の大発展に伴い、人類が農業や産業革命を通じて地球規模の環境変化をもたらした時代と定義される。

インタビュー協力:青木絵美さん

 

2022年にフジロックフェスティバルに出演した時の映像。

過去のインタビューはコチラに
>>新世代の音楽シーンを牽引するハイエイタス・カイヨーテに直撃取材!(前編)(2016年9月9日公開)
>>新世代の音楽シーンを牽引するハイエイタス・カイヨーテに直撃取材!(後編)(2016年9月16日公開)
こちらはネイのソロアルバムの時のインタビュー
>>異能の歌手ネイ・パームを生んだ、波乱の人生。(2018年4月25日公開)

来日公演情報
■東京公演
開催日:2024年10月30日(水)
会場:豊洲PIT
OPEN 18:00 START 19:00(全席スタンディング)
前売り:¥9,000(ドリンク代別)
問い合わせ:
SMASH
03-3444-6751

■大阪公演
開催日:2024年11月1日(金)
会場:大阪城音楽堂
OPEN 18:00 START 19:00(全席指定)
前売り:¥9,000(ドリンク代別)
問い合わせ先:SMASH WEST
06-6535-5569

公演詳細は下記まで
https://smash-jpn.com/live/?id=4203

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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