シャンゼリゼ通りの片隅で、スニーカー観を変えた「MEXICO 66」に出合った話。

2024年、日本でオニツカタイガーの「MEXICO 66」がすごく流行ったと聞いた。数年来愛用してきた私としては「ずっと流行っていた」と認識していたのだけど、おしゃれな友人が「2024年に流行った」と言い切っていたのでそこは頷くしかない。調べてみると確かに、ネット上では「2024年日本で大流行のMEXICO 66を買いました」というような購入報告がたくさん見つかった。

そんな私がはじめてオニツカタイガーのスニーカーと出会ったのはパリであった。
昔から、スニーカーというものについては1足手に入れたらそれを延々と愛用して履きつぶす癖が私にはあり、それをどうしても許せない人から「新しいスニーカーを買うべき」と強く主張されたのがきっかけだった。

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こうして私は半ば強引に連れ出され、シャンゼリゼ通りの裏側にある小さな店に有無を言わさず放り込まれた。店の名前も、そもそも看板が出ていたのかどうかさえ思い出せない。とにかく白くて、こじんまりとして、余計な装飾は何もない、しかし店内は佃煮のごとく大量の客でごった返していたことは覚えている。シンプルに、繁盛していた

その佃煮の一部となった私は、しばし呆然としていた。店内にはナイキとかプーマとかそういった有名ブランドのスニーカーが申し訳程度にあって、しかし店のほとんどを占める商品は圧倒的に"オニツカタイガー"であった。お恥ずかしながらそのときオニツカタイガーを知らなかった私は、「なんだか日本っぽい名前だなあ」と思いながら、スニーカーに群がるたくさんの客たちを前にどうしたらよいのかわからず立ち往生した。

のちに「ヨーロッパで火が付いた人気が日本に逆輸入された」と事情を知ることになり納得したが、このときはシャンゼリゼ通りの裏にあるこの名もなき店で、なぜこんなにオニツカタイガーとそれを求める人があふれかえっているのか、それが不思議でしようがなかった。

ただ、私も自分のスニーカーがすでに外を歩くのも恥ずかしいレベルまで薄汚れていたことは気が付いていたので、言われるがままここで新しいスニーカーを買うことにした。

あの特徴的なラインの入ったスニーカーをいろいろ眺めているうち、鮮やかな色合いでハッと目を引いた1足を手に取った。すると店主の男性が佃煮の1部であった私をすかさず見つけ出し、「それきれいだね。そんなのここにあったっけ? 買うべきだと思うよ!」と言った。わざわざ遠くから私にだけそう声をかけたから、本当にそう思ったのかもしれない。それと同時に私をここへ放り込んだ張本人も店の中へ入ってきて、「それいいね! すごくきれい!」と言うので、もうあらゆるタイミングがパタパタと重なってそうなるしかないという流れを感じ取り、「これください」と店主の男性に告げたのだった。

この出来事はいまから10年くらい前のことだったと思う。それが私にとって初めてのMEXICO 66であった。

このスニーカーは本当に評判が良く、パリを歩き回る私はいたるところで、知人からも全然知らない人からも「それいいね!」と褒められ続けた。「スニーカーは履きつぶす」主義だった私は、たぶんこれをきっかけにスニーカーを何足か買い集め、それぞれを(私にしては)きれいに長く履き続けるようになった。なにしろいろんな人が褒めてくれるのだから、やる気も出るというものである。

そしてオニツカタイガーはさすが日本のブランドというべきか、ごついスニーカーがどうしても似合わない私にぴったりで履きやすく、何度洗ってもなかなかへたれないところも良かった。それですっかり気に入ってネットで2足目を購入したのだけど、あの謎の店ではかなりお値打ち価格で売っていたことがわかってびっくりしてしまった。

あのシャンゼリゼ通りの裏にあった謎の店は、いったいなんだったのか? ある日ふと思いついて店があったところをのぞいてみると、何となくそんな気はしていたのだけどもう跡形もなく消えてしまっていた。私を謎の店に放り込んだ張本人に聞いてみても、「うんうん、あそこね。そりゃもうないだろうねえ。あの立地だからねえ......」などと、とぼけた調子である。

私とオニツカタイガーとの出会いから10年が経ち、日本は円安ですっかり観光客が増え、メイド・イン・フランスのブランドアイテムをフランスより日本で買った方が安いとわざわざ買っていく旅行者が現れるまでになった。私も昨年はひさびさに日本のザ・観光地に降り立ち、"観光客が街に寿司詰め"といった状態を目にして信じられない気持ちだった。

そして、そんな"観光客でぎっしり"な街でABCマートから親族らしき数人のフランス人が出てきたとき、全員が今まさに買ったばかりと思われるお揃いの"MEXICO 66"を履いているのを見て、あのシャンゼリゼ通りの裏にひっそりとあった幻の靴屋のことが頭に浮かんだ。

ヨーロッパから人気が逆輸入されたオニツカタイガーを、あの時パリでお得に購入した日本人の私。今度は日本で買った方が安いからとフランス人観光客が日本で買っている。なんだか不思議な気がするが、いまはもうないあの謎の店は、私にオニツカタイガーを啓蒙する蜃気楼のようなものだったのかもしれないね、とそう考えることにしている。

text: Shiro

パリの片隅で美容ごとに没頭し、いろんな記事やコラムを書いたり書かなかったりしています。のめりこみやすい性格を生かし、どこに住んでもできる美容方法を探りつつ備忘録として「ミラクル美女とフランスの夜ワンダー」というブログを立ち上げました。

パリと日本を行き来する生活が続いていますが、インドアを極めているため玄関から玄関へ旅する人生です。

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